77.断末魔の農場、決戦2
漆黒の鎧、ホロウナイトが全力で駆けてくる。
投石紛いの攻撃ではその勢いは殺せないだろう。
「全員撤退ッ。ステージから散って!」
自身の指示とは裏腹に鉄鉱岩のステージを駆け上がりながらリマロンが叫ぶ。
最上段まで駆け上がり、そのままの勢いでステージ先の中空へ身を乗り出す。
「喰らえっ」
軸足で180度回転すると、リマロンは全体重を乗せて、岩のステージを蹴り飛ばす。
ステージはゆっくりと、蹴られた側の接地面が地面から浮き上がる。
徐々に傾き、転がるようにホロウナイトへ覆いかぶさった。
岩と金属の衝突音が耳を劈く。
大量に舞う土埃。
岩から飛び降りたラビブリンたちが、土埃で視界の悪い中必死に辺りを見渡して現状把握に努めている。
自然と中央で瓦礫の山と化したステージの様子に注目が集まる。
一瞬にして土埃が晴れた。
多くのラビブリンが呆気に取られていると、次の瞬間瓦礫と一緒に吹き飛ばされた。
一薙ぎ。
そこには魔剣を振るったホロウナイトの姿があった。
鎧も武具も汚れは目立つが傷はない。
「あちゃあ。やっぱ、スカスカの岩じゃダメだったか」
妙に落ち着いた口調でリマロンが呟く。
「本当にずるい。だって、こっちの攻撃ぜんぜん効かないじゃん」
ホロウナイトはゆっくりと、しかし隙なく基本の構えに戻る。
じりじり、とリマロンとの距離を詰める。
「でも、ね。これだけ畑を荒らされたらこっちも黙ってられないのです。私だけじゃないよ。畑の作物たちだって、ほら」
瓦礫が散らばった畑で土埃を被ったマンドラゴラの葉が揺れる。
いや、それは植物の葉ではない。
獣の耳だ。
「新しいコブン共! さっきのでくたばってないよね。動ける奴からぶっ放せぃ。 全員ッ! 土波ィだ!」
地中からラビブリンが飛び出し、土波の魔法を放つ。
それが畑のあちこちで起こっている。
衝撃波の先は中央の漆黒の鎧。
いつの間にかホロウナイトの包囲網が完成していた。
円の内側へ向かって衝撃波がとめどなく収束していく。
ホロウナイトは一瞬動揺したように見えたが、すぐに平常に戻りどしりと構える。
全方位から迫る衝撃波は回避できないと踏んだのだろう。
万全の態勢で受け止めるつもりのようだ。
「畑中のマンドラゴラ全てに【ラビブリン】。そのまま地中に待機させることで戦力を誤認。誘い出した先で集中砲火。作戦は見事に決まったのさ。まさか兵士が獲れる畑があるなんて夢にも思わなかっただろうね。さぁ、僕らもいくよっ」
ピエターが立て続けに3本の矢を放つ。
ホロウナイトは盾を構え直す。
矢は盾へと飛んでいく。
緩やかに、少しずつ、減速していく。
そして、飛んでるのさえ不思議な程にまで速度が落ちる。
「クコケッ」
助走をつけたガリアが全身を使って風の刃を放つ。
ガーゴイルを両断したこともあるあの巨大な鎌風だ。
勢いに乗った風は、矢を追いかけ、追い越す。
矢に合わせて出していた盾が予期せぬ衝撃に襲われる。
盾があらぬ方向に向き、正面ががら空きになる。
「矢が合図、だったわね。これが今撃てる最高火力! はぁ!」
ソイが火の玉を放つ。
両手で抱える程大きな炎の塊が鎧の肩に直撃する。
爆炎が視覚と聴覚を支配する。
白い世界。
破裂音。
それ以外は何も感じられない。
そんな感覚は一瞬で終わる。
感覚が戻ってくる。
既に土波は止んでいる。
鎧は動かない。
表面はボロボロで煤まみれ。
土と炭が混ざった黒々とした煙が所々から昇っている。
爆炎が直撃した肩は未だ赤熱し、その火力の強さを物語っていた。
「やったか……?」
しかし、鎧の手から武具は落ちていなかった。
鋭い剣も、歪な盾も、本体とは対照的に新品同然の様子でその手に握られている。
ピエターの呟きに反応するように鎧がピクリと動く。
そして、ガタガタな動きで盾を前、剣を脇に構え、真っ直ぐにリマロンへ体を向けた。
「噓でしょ。これだけやってまだ動くの?」
「まずいね。誰も彼も魔力切れさ」
「いや、リマロンがいるでしょ? 指揮に専念してたから魔力の温存はばっちりよね? さぁ、早く止めを刺しちゃって!」
ソイがリマロンに顔を向けると、そこには苦しそうに膝をつくリマロンがいた。
嚙みちぎられたドクダミの葉が地面に落ちる。
「【ラビブリン】を畑中のマンドラゴラにかけたということは、それと同じ本数のマンドラゴラを食べたということ。彼女は今、マンドラゴラの急性中毒に苦しんでいる。自らの毒耐性を超えた量の毒を摂取してしまったさ」
「そんな……」
「本当は大声を張るのもしんどかったはずさ」
ホロウナイトはぎこちない足取りで一歩、また一歩とリマロンとの距離を縮める。
「近接戦闘は避けるべきなんだけどね。うちの大将を取らせるわけにもいかないな。ガリアッ、いけるよねッ」
ピエターがガリアと共に鎧へ駆ける。
ガリアが突進。
それをホロウナイトは盾で受け止める。
その隙をついて大きく跳んだピエターが赤熱する肩へ、いつの間にか持ち替えていた木鉈を叩きこむ。
「腕力は自信はないけどね。ここなら通るだろう? さあ、砕けなよッ」
砕ける木鉈。
鎧は盾の角にピエターを引っかけると振り払うように地面に叩きつけた。
エルフの少年は俯いたまま動かない。
再度ガリアが突っ込むも、頭に盾を合わせられそのまま伸びてしまった。
ソイが火の玉を絞り出して飛ばずも、威力が足りず届く前に消えてしまう。
いずれの妨害もホロウナイトは気にしていない。
ただ、真っ直ぐとリマロンを見据えて一歩一歩と距離を縮めていく。
「リマロン、逃げて!」
ソイの悲鳴にリマロンは体を動かすも、とても動作は鈍い。
このままじゃ追いつかれる、そう思った時、ホロウナイトの動きが止まる。
「あれは……?」
鎧の足に何かしがみついている。
それは地中から伸びた赤く爛れた巨大な手だった。




