76.断末魔の農場、決戦
マンドラゴラのダンジョン。
オリジンルームから南に一部屋。
ここは通称・畑部屋。
マンドラゴラやマポテージョを中心に多くの作物を育てており、普段であれば時折マンドラゴラの悲鳴が聞こえる以外は長閑な空間であるが、今は緊張感で部屋中の空気が張り詰めている。
強大なボスモンスター・ホロウナイトの襲来まで猶予はない。
戦火を舞逃れないことが決まっている作物たちにはお構いなしに防衛陣の建設が進んでいた。
そこへオリジンルーム側から一人の少女が入ってくる。
「どうやら間に合ったみたいね」
「ソイ君。待ちくたびれたのさ……おや? 助手君は一緒じゃないのかい?」
「ええ、いろいろありまして。ところでリマロンはなにしてるのかしら、アレ。畑にうずくまってるように見えるけど」
「作戦の仕込みさ。ホロウナイトがうちのダンジョンに侵入したという情報が入っている。早速だけど説明をきいてほしい」
ソイは頷く。
主の意志からはボスモンスターを撃退するということしか聞いていなった。
「全体の指揮をリマロン君が行い、細々したフォローは僕が入れる。ソイ君はあの岩山から得意の火炎魔法を放ってくれたまえ。タイミングはこちらから指示する」
「ええ、戦闘は素人だからそこは任せますわ。とりあえず、強火のをぶち込めばいいのよね」
「理解が早くて助かるのさ」
部屋の中央に岩のステージが出来ていた。
南に向かって段々になっている構造でどの段にもにシャベルをもったラビブリンたちがずらりと待機している。
最上段にはコッコグリフのガリアがいるが、まだ広々と空間が空いている。
そこが自分の立ち位置だとソイはすぐに理解できた。
コツコツと乾いた音に違和感を感じながらステージへ登っていく。
「リマロン君。準備は終わったかい」
「むぐむぐ、うん。今終わったよー」
「では、ラビブリンたちの指揮権を君に戻すのさ」
ピエターの呼びかけにがってん、と元気よく返事した後にリマロンは配下へ向けて声を張り上げた。
ドクダミの葉を咥えながらも、器用に叫んでいる。
「よっしゃコブン共、武器を持て! マナを練ろ! 狩りの時間だぁー! 大物を狩るぞぉー」
「「「「「ウサーーッ」」」」」
ダンジョン中から集められた多くのラビブリンたちが得物を掲げて歓声を上げる。
その数は50匹以上。
マンドラゴラにも負けないほどの大声量で植えられたままの作物たちも震えているように見える。
「たとえハイランクのモンスターと言えど、この数の暴力には流石に敵わないのさ」
「数だけじゃないわ。火力だって十分ですわ」
「ボスの作戦はきっとうまくいく。戻ってくる前にやっつけて驚かせちゃおう!」
各々が鼓舞し合っているところに奴は現れた。
がしゃり。
鎧の擦れる音が聞こえる。
ダンジョン中のモンスターが南口に注目する。
漆黒の鎧。
歪な盾と鋭い剣。
柔らかな土に足が沈むがお構いなしに反対の足を前に進める。
ゆっくりと、着実に、漆黒の騎士・ホロウナイトは侵略してきた。
「第1、第2投石隊ッ。 ってー!」
リマロンの号令と共にシャベルを持ったラビブリンたちが次々と泥団子を飛ばす。
放物線を描いて飛んだ泥団子はホロウナイトにぶつかると粉々に砕けた。
ホロウナイトは気にせずに黙々と歩き続ける。
その様子を見てソイがピエターに問い詰める。
「ちょっとあれ泥じゃない。あんなのじゃオークも殺せないんじゃなくて?」
「狙いはホロウナイトじゃないのさ」
「はぁ? 敵は単身でしょう」
ホロウナイトが歩みを止める。
小刻みに震えて鎧の隙間から白煙が噴き出す。
「うそ。効いてるの?」
「精霊様の推論通り! あの泥玉の中にはマッドスライムがはいっているのさ」
「説明になってませんわ」
「スライムは鎧の隙間から中に入れる。あの中にはダンジョンが入っているのさ。分かるかい? 中のダンジョンにダメージが入ってるんだ」
ソイはピエターの解説が腑に落ちず訝し気な表情だ。
「投石やめー! 続いて第3投石隊。 ってー! 前線部隊は魔法準備!」
リマロンの号令で投泥速度が落ちる。
ホロウナイトは盾を構えて泥団子を躱す。
ホロウナイトは歩まない。
代わりに後ろからぞろぞろリビングアーマーが現れた。
「あれが証拠さ」
「モンスターの召喚。なるほど、普通のモンスターにできない芸当ね」
柔らかい地面を固く踏みしめながらリビングアーマーの群れが迫りくる。
「コブン共! まだだ。十分引きつけろー」
「ワタクシが手伝えば一撃よ」
「冗談はやめてほしいのさ。ソイ君は温存してくれたまえよ」
「今だ! ってー!」
一斉に地を這う衝撃波が放たれる。
それらは混ざり合い、一つの強大なうねりとなってリビングアーマーを撥ね飛ばした。
「爆炎の方が好みだけど、こういうのもアリね」
「実に爽快な光景なのさ」
「ただ……」
「ただ?」
「相手の召喚、いつまで続くのかしら……」
リビングアーマーの残骸を踏み越えて後続がぞくぞくと進軍してくる。
地面が踏み固められたためか、その速度は先程よりも上がっている。
ラビブリンたちはリマロンの号令で第二波を準備していた。
マナも十分練られている。
次のリビングアーマーも問題なく一掃できるだろう。
ただ、ラビブリンたちの表情は苦しそうだ。
すぐに次は放てないだろう。
最初の投石ならぬ投泥隊が交代要員として控えている。
先程の合体魔法は1部隊2発が限度。
そして交代部隊は2部隊。
あと5発はさっきの大波を放てるだろうとソイは試算する。
それでも、敵の召喚が衰える様子がない事にソイは不安を覚える。
「ねぇ、この戦術、じり貧じゃないの? 相手が召喚を続けるってことは、このまま物量で圧し潰せるってことじゃない?」
「ああ。そうだろうね」
「ちょっと! どうゆうことなのよ!」
「わわ、やめるのさ! これも作戦ッ。作戦の内なのさ」
思わず胸倉を掴んで持ち上げてしまったピエターを降ろすソイ。
しかし、その目は不満の色で染まっている。
「いいかい? 相手からすればこのままの状態が続けば勝てる、つまり、ボスモンスターは無理にこちらへ突っ込んできたりしないはずだろう?」
「そうでしょうね。このまま鎧の大群に踏み潰されておしまいよッ」
「落ち着きたまえ。何のためにここに一番重要な戦力がいないと思ってるんだい?」
「そうよ、ダンジョン! お化け! あいつは一体何をしてるの!」
「原理よくわからないが、敵のオリジンルームに侵入出来れば敵ダンジョンを倒せるそうだ」
「つまり、それを狙って敵ダンジョンへ? ということはそれまでこのまま粘るのね」
「疑ってるのかい? 精霊様を信じたまえ」
「別に信じてないわけじゃありませんわ。説明不足のせいで無駄にハラハラさせられたのが気に食わないだけよ」
2回目の土波が放たれる。
リビングアーマーの群れは吹っ飛び、後続の姿が見える。
3回目の土波が放たれる。
リビングアーマーの群れは吹っ飛び、後続の姿は先程の大きい。
「ねぇ、これ交代間に合うかしら? 敵の接近速度がどんどん上がってますわ」
「これは想定外だね。ソイ君、準備できるかい。 ガリアもいけるよね」
「ええ」
「カケッコォ!」
「流石に精霊様でもまだ攻略に時間はかかるだろうし、想定よりちょっと早いけど、僕らも参戦させてもらおうか。ここを落されたら元も子もない」
ソイが火球を育て、ガリアが風を纏い、ピエターが弓を番える。
「葉の氏族ほどじゃないが僕は弓もいけるのさ。では、矢が合図だ。二人とも、いいね」
2人と1匹に緊張が走る。
ラビブリンたちが間に合えばそれでよし。
でも、もし準備が遅れれば……。
敵の位置、味方の状態。
極限の集中力を以てタイミングを見極めるピエター。
「おや?」
リビングアーマーの群れに変化が起きる。
訓練された兵士のように連携の取れた動きが急に取れなくなっていた。
前進をやめる個体や背を向けて逃げ出す個体が一定数現れた。
そして、どんどん増えている。
「もしかして」
ホロウナイトを確認すると、変わらずに盾を構えていた。
しかし、その背後から出てくるリビングアーマーは途絶えている。
鎧の隙間から白い靄が上がり、上空で一つに纏まると玉の様な形となった。
「さすが精霊様。もう成し遂げてくれた! 敵ダンジョンを落したのさ」
ピエターが嬉しそうに叫ぶ。
対称的に鋭い声色でリマロンが大声を上げる。
「コブン共、全員構えて! ピエター達も油断しないで。こっからが本番」
「すまない、リマロン君」
「ねぇ、この状況、これって相手からしたらもう攻める理由はないんじゃなくて? 普通は逃げ帰ると思うのだけど……」
「そうはならないよ。自分もボスモンスターだからわかる。私がもし目の前でボスを殺されたとしたら……」
ホロウナイトは盾を構え直すと、一直線に突撃してきた。
「怒り狂って暴れ回るから」




