75.豪雨の城廃墟2
鎖の男の観察をすると決めた途端、妙に心が落ち着いた。
そうだ。
俺は見つかる訳がないのだから、慌てる必要はない。
冷静に。
そう、冷静に、分かる情報を一つ一つ確認していこう。
【トレジャリーミミック】
【ランクA-】
【世界最大のミミックの上位種。宝物庫に化けて侵入してきた冒険者丸呑みにする。原種の高い戦闘能力を犠牲にした代わりに特殊な魔法を多く覚える】
先程からわかっている事実。
それは奴がボスモンスターではないということだ。
そのためダンジョンの意志である俺を視認できていないようだ。
とはいえ、なにかの拍子でぶつかれば奴の纏う敵ダンジョンの支配領域によって俺の身体は削れてしまう。
安全策をとって石像の陰に身を隠しながら観察を続けることにする。
容姿について。
モンスター情報が流れてきたことからあれがミミックの上位種であることは間違いないが、その見た目はどこからどう見てもヒューマの男だ。
しかしこれには心当たりがあった。
うちのダンジョンに獣人に化ける獣鬼がいる。
おそらくはそれに類似した魔法を使って容姿を変えているのだろう。
情報にも特殊な魔法の記述がある。
確証はないが可能性は高い。
「あー……、そういえば手出しちゃダメとか聞いたような……? ま、いいや。ツケをを払うのはどうせダンジョン様だし……。あー……さっさとガキから貰うもん貰って帰ろ……」
南京錠の観察に飽きた男が思い出したかのように頭をポリポリと搔きながら呟く。
ガキ。
先ほども出てきたワードだ。
子供というと真っ先に連想されるのは俺たち、未熟なダンジョンの意志だ。
考えてみると敵のボスモンスターより高ランクのこのモンスターがここのダンジョン、仮にリビングアーマーの意志と名付けるが、その配下のわけがない。
推測するにこのモンスターは他のダンジョンから派遣されてきたのだろう。
納得もいく。
ホロウナイトの装備は明らかにランクが高かった。
先輩ダンジョンから提供されたと考えた方が自然だ。
しかし、ランクA-をボスモンスターとしないほどのダンジョンとは一体どんなダンジョンだろうか。
……ん?
見たことろ、この部屋の中には鎖の男以外の敵性モンスターはいない。
あの男がここのダンジョンのモンスターでないのなら、オリジンルームを支配できる条件は整っているのでは?
おまけに相手は俺を知覚できてない。
さっさと支配領域を拡張すれば任務達成じゃないか!
俺は力を込めて四方に自身の支配領域を伸ばしていく。
もう何度もやったおかげで展開スピードも速くなっている。
この侵食速度ならばものの数分でこの部屋を完全に支配してしまえるだろう。
「あー……? なんか空気が変わったな……。あのウサミミゴブリン共がなにかしたか? ちょっくら見回るかな……」
男がじゃらじゃらと鎖を揺らしながら部屋の徘徊を始めた。
違和感を持たれた?
展開スピードを緩めるか?
いや、逆だ。さっさと支配してしまおう。
既に持ってしまった疑念を打ち消すことができない。
今は知覚されないと言えど、相手は特殊な魔法を使うランクA-のモンスター。
未知の手段でこちらを発見する可能性はゼロじゃない。
余計な時間は与えたくない。
「あー……ガキの対戦相手の可能性もあんのか……。ダンジョンは裸だと肉眼じゃ見えないっけか。だいたいみんな人着てるから忘れがちよな……。ええと、眼鏡眼鏡ー……っと」
鎖を激しく揺らし体中に垂れ下がった南京錠をまさぐる男の姿を見て緊張が走る。
どうやら知覚手段があるようだ。
俺は死ぬ気で領域の展開スピード上げる。
もし肉体があれば鼻血が噴き出す程力んでいるはずだ。
眩暈がする。
「あったあった。これだ。開錠っと」
男が南京錠の一つを掴むと高級そうな眼鏡に変化する。
それをかけると男は満足げに頷く。
「これがあればゴーストだろうがダンジョンだろうが見落とさねーわ。やっぱ、お宝最高……。お、あっちになにか居そうよな……」
男は真っ直ぐこちらに向かってくる。
畜生。知覚された。
しかし確信がないのか、他所も気にしつつゆっくりとした足取りだ。
それでも、部屋の支配には数秒足りない。
あれに見つかれば終わりだろう。
ダンジョンの特性を知っているような口ぶりだった。
攻略し方も間違いなくわかっている。
何か仕掛けるなら見つかっていない今しかない。
どんなモンスターを召喚しても効果はないだろう。
しかし、俺はダンジョンだ。召喚者ではない。
強引にでも地の利を得る。
ダンジョンの迷宮スキルは自分の支配領域で効果を発揮できる。
それはモンスタースキル以外も例外ではない。
「【池】! からの【鉄鉱岩】」
「あばっ?」
男が踏みしめる石床は水面に変わり、その鎖だらけの身体を引き込んだ。
間髪入れずにその穴を巨大な岩が塞ぐ。
よし。今だ。
領域展開に部屋の隅まで押し広げ、部屋を完全に自身の支配領域で満たした。
もう黒い靄はどこにも残っていない。
岩が小刻みに揺れている。
表面に少しずつヒビが入ってきた。
予想はしていたが、この程度では死なないか。
となれば。
俺は一目散に部屋から飛び出した。
ひとまず、このエリア期の戦いの勝敗は決した。
後は暴走するボスモンスターをどれだけ被害を抑えて食い止められるかの勝負だ。
鎖の男も気になるが、正直に言って相手にしたくない。
もう二度と会わないことを祈ろう。
俺は戦場と化しているはずの畑部屋を目指して全速力で朽ちた石廊の上を飛び抜けた。




