73.ホロウナイト
【ホロウナイト(BOSS)】
【ランクB-】
漆黒の鎧の騎士は不気味に、そして静かにこちらの様子を窺っていた。
構える大盾は二角獣の横顔を想起させるデザインだ。
片側のみ湾曲した角の飛び出した左右非対称な形状が不気味さを増幅させている。
その反対に握られた剣は盾の反対側の角を折ったか如くそっくりである。
全体に赤錆びたようなシミがまだらに広がっており、この剣は多くの命を奪ってきたことを物語っていた。
【ビトレイアルコーン】 【インピュアリーコーン】
【ランクB+】 【ランクB+】
魔法の武具を構えたまま騎士は動かない。
眼光すら見えない暗闇の兜の中から真っ直ぐにリマロンを捉えている。
兜の闇の中から何か靄のようなものが寒空の下で吐く息の様に出ている。
部屋は緊張感に支配され、静寂が続く。
動く者は誰一人としていなかった。
その静けさを破ったのは大仕掛けが動く轟音だった。
西側の壁が下がり隣の部屋への道が現れる。
「ボスを倒したのが鍵だったか」
轟音に紛れてピエターが呟く。
「オリジンルームへの道が開けてしまった。ここを退くことはできない。覚悟を決めるのさ。リマロン君」
問いかけにリマロンは答えない。
騎士から目が離せないようだった。
騎士が動く。
ゆったりとした歩みで一直線に空いたばかりの部屋の出口へ向かっていく。
いままでの対応が嘘のようにこちらを気にする様子もない。
行かせないのさ、と言いながらマナを練るピエターをリマロンが片手で制する。
リマロンの行動に戸惑うピエター。
しかし、妨害を試みたのは彼だけではなかった。
鶏頭のグリフォンが雄たけびと共に鎧目掛けて風の刃を飛ばす。
刃は無防備な鎧へとぶつかり、霧散した。
傷一つついていないようだった。
騎士が歩みを止める。
がしゃり、という音と共に薄汚れた全身鎧の戦士がとこからともなく落ちてきて立ち上がる。
【リビングアーマー】
【ランクC-】
戦士の数は3人。
ブロードソード、メイス、スピアをそれぞれ構える。
戦士たちが臨戦態勢になると騎士は再び歩き始めた。
「まさかノーモーションで召喚を? 足止めってことかい」
ピエターが戦利品の槍を構え、ガリアが翼でマナを練る。
そしてリマロンはその二人を後ろから抱えた。
「え?」
リマロンは騎士が目指す出口は反対の出口目掛けて一目散に走りだした。
先頭から逃げ出したのだ。
「おい、リマロン君。何をやっているんだ。離したまえ。ここままじゃダンジョンがとられるぞ」
「ウサ、ウサウーサウシャア」
リマロンの声色はいつになく真剣だったが、ピエターは彼女が何を言わんとしたか理解できなかった。
ピエターたちは抵抗したが獣鬼のリマロンに力で敵うわけがなく、彼女に抱えられたままダンジョンを去ることになった。
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取り急ぎピエターから事情は聞いた。
彼は作戦が失敗したことを悔いているのか表情が暗い。
「次はうまくやるなんて言っときながら情けない限りなのさ……」
「そうでもない、ピエター。有益な情報を無傷で持ち帰った。そのことには価値がある」
敵のボスモンスターのランクはB-、前回の仕留めきれなかったワーヒポポタマスと同格だ。
さらに本体よりも高ランクの装備品がある。
こんなバケモノ戦わなくて正解だ。
「むしろ交戦の択をとらなくて本当によかった。早々に逃走の判断を下したリマロンに感謝だな。で、そろそろ回復したか? リマロン」
「むぐむぐ。復活だよー。いや~久々に本気で走ったら動けなくなっちゃった」
「獣鬼の姿だからだ。獣人の姿よりスタミナ消費も早ければ、放熱機能も劣る。最近獣鬼の姿で活動してなかったからペース配分を間違えたんだろう」
そだね、と短く答える彼女の言葉は心なしか元気がないように聞こえた。
「ホロウナイト、奴を見た感想を教えてくれ」
「やばい。前のカバなんかよりずっとやばい。なんか戦い慣れてる感じ。とにかく隙がなくていやらしいって思った」
前回のピポポタマスの意志との戦いでのリマロンの戦績は実はよろしくない。
ボスのワーヒポポタマスには力負けをし、複数の配下モンスターの討伐時もマンドラゴラを使ってやっと相打ちだった。
相手は同ランクのB-のボスとC-の配下モンスター。
同等の戦闘能力を持っていると考えていい。
さらに問題が一つ。
ホロウナイトの正体は配下モンスターがリビングアーマーであると考えるとその上位種か希少種だろう。
ということはホロウナイトはゴーレムなどと同じ魔導生物ということになる。
つまり、マンドラゴラの叫びも毒も今回は効果は薄いということだ。
俺のダンジョンの得意戦法が通用しないのは痛すぎる。
相性は最悪。力量差は歴然。
それをひっくり返すには小手先の工夫ではダメだ。
大規模な仕掛けが必要だろう。
そのためにもまずは敵の戦力分析だ。
「ピエター。攻略中に他のリビングアーマーは見たか?」
「いや、見てないのさ。報告したモンスター以外は見かけなかったのさ」
「東のダンジョンの攻略にも出会わなかった。敵はソウルをボスモンスターと装備に集中させているのかもしれない。速攻で他のダンジョンを攻略した戦略的にもありそうな話だ」
きっとモンスタースキルが少なく、装備スキルが多い構成なのだろう。
だとしても、あの高ランクな装備品はなんだ?
武器スキルの変異か?
例えば、100人斬りを達成したら変異する武器のスキルとか?
いくら考えても妄想の域を出ない。
奴の戦力にはまだまだ謎が多い。
しかし謎明かしの材料を探しに行く時間は残されていない。
既に分かっている情報から攻略の糸口を見つけなければならない。
「精霊様、ホロウナイトは配下を召喚してきたのさ。森にはそんなモンスター居なかった。ダンジョンではそれは常識なのかい」
黙って考えをまとめていた俺へピエターの質問を寄越した。
答えはノーだ。
召喚魔法は人、モンスター共に簡単に扱えるものではない。
なぜなら召喚魔法は闇の魔法だからだ。
闇のマナとは即ち瘴気。
生体には毒となる魔素で、直接扱うことはできないのだ。
人が召喚魔法を使うには魔法陣、贄、闇のマナの供給源の3つを揃えて儀式をする必要がある。
モンスターの場合はそもそも扱える種がほぼ確認されていない。
よく召喚魔法持ちと勘違いされるモンスターもいるが、スライムキングは自身の身体から分裂だし、ゴブリンキングも群れが膨れ上がったゴブリンの群れの長が変異するものであって因果が逆である。
唯一の例外はヴァンパイアの眷属召喚だが、奴らは自領に引きこもりダンジョンで発見されていない。
そもそも今回の相手はホロウナイトであり、さらに言うならその主であるダンジョンの意志である。
「リビングアーマーの上位種は召喚魔法は使わない。答えは簡単だ。主の意志が近くにいたのだろう」
「でも近くにいなかったよ。もやもや」
リマロンの一言に少し悩んだが、すぐに合点がいく。
「なるほど、そういうことか」
「何がなるほどなの? ちゃんと教えてよー」
ボスモンスターへの戦力の集中とダンジョンの意志の同行。
こちらの反撃手段はあの手で行こう。
問題は防衛手段だが……相手が相手だ、こちらも持てる戦力を全て投入するしかない。
「畑部屋へ行こう。ホロウナイトはそこで迎え撃つ。作戦は現地で説明する」
「もったいぶらなくてもいいじゃん、もー」
「二人とも速いね。 置いてかないで欲しいのさ」
決戦の場にまた参加できないのが少し心苦しいがこれしない。これが正解のはずだ。
作戦の説明にいくつかの仕込み、ソイへの伝令。
やることは山積みで時間もあまり残されていない。
俺は畑部屋へと急いだ。




