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72.パトロール2

 チビキビ原をフルーツバロメッツが歩く。

 ここはコッコの放牧地。

 本来は冒険者用の通り道でありフルーツバロメッツが居る場所ではない。

 他ダンジョンとの抗争の激化によりコッコやラビブリンが活発に動いているとはいえ、やはり攻撃性能の低いこの羊がいるのは場違い感が否めない。

 では、なぜバロメッツが歩いているか。

 理由はその上にくつろぐ植物の魔物にあった。

 地上に出ても泣き叫ばないマンドラゴラの亜種、アルラウネの魔法によって操られているのだ。


 「ふぁーあ、パトロールとか退屈よね」


 アルラウネが欠伸交じりに独り言ちる。

 彼女は主であるマンドラゴラの意志によって警備巡回の仕事を与えられていた。

 現在ダンジョンの防衛力は初めて巡回を行ったあの夜よりも落ちている。

 なにせ、迷宮の意志もボスモンスターも、さらには他の強力なモンスターさえすべて留守なのだ。

 残っているホブラビブリンの二匹と協力して外のダンジョンと繋がる3つの出入り口を中心に警備を行っていた。

 同室にはアルラウネ以上の戦力がいない。

 その事実にアルラウネは不意に不安を覚え、だらけた姿勢をちょっとだけ正した。


 「ま、まあ、やばそうな東口と南口はホブたちに押し付けられたし、実際、一番安全なのはこの北口よね。冒険者なんて滅多に来ないって聞いてるし」


 コツコツコツ、とダンジョンの外から聞こえてくる。

 ダンジョン間を繋ぐトンネル内で響く音はどうゆうわけかモンスターたちの耳によく届く。


 「まじ? このタイミングでくるわけ!? あぁもう緊急事態じゃない! そこのアンタ、東口のホブを呼んできなさい! その他は茂みに隠れて。 合図するまで出てくるんじゃないわよ」


 リマロンやラビブリンたちの食欲を刺激してきた誘惑魔法は多少の練習結果、()()()効果に調整することに成功していた。

 この魔法を器用に使いこなし、うまいことリーダー代理を務めている。

 そんな彼女の号令により部屋中のモンスターが一斉にチビキビ原に身を潜める。

 チビキビはラビブリンが隠れるには少し背が低いが、高低差が多い地形が冒険者の通り道からの死角を作っていた。これなら冒険者側からはモンスターが見えないはずだとマンドラゴラは満足げに頷く。

 

 「うんカンペキ。 可愛いアルラウネちゃんは血生臭い戦闘なんてNG。 冒険者は臆病だって聞くし、適当に脅かして帰ってもらいましょ」


 そう呟くと頭部の葉っぱを震わせて粉を振りまく。

 幻惑と誘惑の魔法を孕んだ粉が部屋中にふわりと広がりる。

 微かに発光するも目視で確認できないほど細かい粒子が怪しげな雰囲気を作り上げる。

 部屋全体にかかっていた怪しげな魔法の効果は一段階高まった。

 そんな部屋へと北口から侵入してきたのは男女の二人組の冒険者だ。


 「ヒューマ、まだ若い。男女の二人組。 従魔は子猿と……コッコ? 珍しいチョイスね。それにここのコッコたちに似てるような……」


 アルラウネは自身でも驚く程的確に種族と個体特徴を見抜いた。

 経験も浅く、幻惑の花粉にも気付いていないようだ。

 いける。化かせる!

 そう判断してアルラウネは人前に躍り出た。


 冒険者たちはアルラウネの姿を見て男冒険者は意気揚々と剣を抜く。

 その頭をばちんと叩くと女冒険者が怯えつつも男冒険者を後方に引っ張る。

 早口で武装を解くように説得する女冒険者の言葉の中にドライアドという単語を聞き取れた。

 どうやら冒険者たちにはアルラウネの姿が強力なモンスターに見えているらしい。

 ドライアドは美しい女性の姿をしていることで知られている。

 美麗な魔物に見られているという調子に乗ったアルラウネは冒険者たちに芝居がかった口調で声をかけた。


 「人の子よ。立ち去りなさい。ここからは自然の領域。貴方たちの来るべきところではありません」


 冒険者たちは互いに顔を見合わせた。

 男冒険者はコッコを指さして女冒険者に何か伝えているが、女冒険者はコッコを抱いて首を振っている。

 やはりそのコッコはうちでテイムしたようね。

 アルラウネは事情を察して冒険者たちに見えないように邪悪な笑みを浮かべた。


 「おや? その子は紛れもなく此間姿を消した我が眷属。 人の子よ、貴様らの仕業であったか!」


 冒険者がギクリという擬音が聞こえてきそうな反応を示す中、その答えを聞く前に捲し立てる。


 「しかし、返しに来たことは褒めてあげましょう。しかし、人の世に一度染まったその子はもうこちら側では生きていけない。貴方たちのしたことは取り返しのつかないことです」


 冒険者たちの顔は青い。

 アルラウネは笑い出したくなる気持ちを抑えて毅然とした態度で告げる。


 「本来であれば命頂くところですが、貴方たちの誠意に免じて捧げもので許してあげましょう。我々を満足させるものを捧げもの。それで手を打ちましょう」


 冒険者たちは荷物袋からいろいろと物品を取り出してこちらに提案し始めた。

 あぁ、これこれ、これよ。本来、私に向けられるべき態度は。

 アルラウネの気分は最高潮まで高まる。

 冒険者たちの態度といままでのダンジョンでの扱いの差を比べながら感慨に耽った。


 しかし、その幸せな気分は長くは続かなかった。

 冒険者たちの提案する捧げものの程度が低いからだ。

 低ランクの冒険者が宝物など持っているわけがなかったのだ。

 残念に思うアルラウネだったが、よくよく考えると金銀財宝より欲しいものがあった。

 少し思案した後、妙案が思いつく。

 冒険者に見えないように下品ににやける。


 「今の貴方たちには、その子を貰うことに釣り合うものを提示できないようです。しかし安心しなさい。この場で命で支払う必要はありません。猶予を上げましょう。男、手を差し出しなさい」


 アルラウネは男冒険者の手にチビキビの藁で作ったみすぼらしい指輪をはめる。

 冒険者たちにはドライアドが神秘的な魔法で蔦の指輪を作ったように見えていることだろう。


 「地上の土や花草の種をなるだけ多い種類を集めて私に捧げなさい。その指輪が朽ちるまでが刻限です。指輪が朽ちた時、貴方たちには災いが訪れるでしょう」


 もちろんそんな効果ないけどね、と心の中で呟く。

 アルラウネは地上の土や植物に囲まれた隠れ家にいる自分を夢想していた。

 もちろん、ダンジョンの主に隠れて、だ。

 私を慕う家来は誘惑の花粉で自分で用意できる。

 でも、私が住むにふさわしい城は未だダンジョンが用意してくれない。

 だったら、自分で作ってやるわ。

 小さな植物の魔物はそう意気込む。

 

 本来、このまま冒険者を追い返せばそれでダンジョン防衛は成功である。

 しかし、面白いまでに引っかかってくれた冒険者に気をよくして欲が出てしまっていた。

 アルラウネの頭にはこの冒険者たちにどうやって建材を運ばせるかしか残っていなかった。


 指輪だけじゃ甘いわね。

 幻惑魔法による暗示が解けちゃうかもしれない。

 そうだ、と茂みに隠れるラビブリンの一匹に合図を送る。

 アルラウネは咄嗟に思いついた案を冒険者へ告げた。


 「人の悪知恵は侮れないと聞きます。この子も連れて行きなさい。細工で指輪を外そうとしないようにこの子が見ています。では人の子。我々との約束、ゆめゆめ忘れることなきように。さぁ、行きなさい」


 ラビブリンを仲間に加えた冒険者一行は来た道を去っていった。

 その背を見送った後、アルラウネはにやけ顔で呟く。

 

 「くっくっく。これで冒険者が戻ってくればバラ色の生活が待ってるわ」

 「冒険者がどうしたんだ? 東口のホブが騒いでいたから急いでやってきたのだが」


 ひゃあ、と悲鳴を上げて振り向くとそこにはこのダンジョンの意志がいた。


 「お……お帰りなさいませぇダンジョン様。攻略は順調なの?」

 「東のダンジョンは制圧した。事情があってソイ達は残してきた。今から南のダンジョンの救援に向かうつもりだ、が……先に報告を聞いた方がよさそうだな」


 冷や汗が止まらないアルラウネは主の問いかけに一拍おいて返答した。


 「来たわよ、男女の二人組。けど私の幻惑魔法で脅かしたらビビッて帰っていったわ。仲間を連れてくるかもしれないから、念のためラビブリンに後を付けさせてるから戻ってきてもすぐわかるはずよ」

 「そうか。冒険者の再襲撃に備える行動は素晴らしい。ただ、その方法は今後やめてほしい。ラビブリンは地上では珍しいモンスターだ。認知されると冒険者を過剰に呼び寄せる恐れがある」

 「わかったわ。次はもっとうまくやるわよ」


 うまく辻褄の合う言い訳を思いつきアルラウネはほっと息をつく。

 神経質なここのダンジョン様はラビブリン1匹消えたことにも気付きかねないからね。

 アルラウネは心の中で呟いた。

 

 「引き続き襲撃者の警戒を頼む。では、俺は……」

 「ウサ~ウサウサウササ~。ハァハァハァ……」


 オリジンルーム側からリマロンが走ってやってきた。

 獣鬼の姿で右手にガリアを掴み、左の脇にピエターを挟んでいる。

 長時間走ったのだろう、疲労困憊と言った様子だ。


 「精霊様、申し訳ございません。南のダンジョンは奪われてしまったのさ」

 「……詳しい話を聞かせてくれ」


 ピエターが早口に起こった出来事を話し始めた。

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