70.串刺しの遺跡、再戦2
「よっしゃ。攻略の時間だぁ!」
「待て待て待て。待つのさ」
早速隠し扉へ突っ込もうとするリマロンをピエターは慌ててとめる。
「先に進む前に地形と作戦の再確認なのさ。今回の僕たちの任務はダンジョンの攻略ではないのだからね。いきなり交戦するのは悪手なのさ」
「おっと、そうだった。いままでボスが近くにいたからなーんか調子狂うなぁ」
精霊様の苦労がよくわかるのさ、と小声で呟きながらピエターは地図を広げた。
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□:踏破済 ■:石像部屋 ?:未探索
ー:出入口 →:扉
「きっと隠し部屋の先にはもう一つ部屋がある。この部屋も隠されてる可能性があるから西側の壁に要注意なのさ。トラップ使いは用心深いものだからね」
「そっかぁ」
「で、我々の使命は精霊様のためにここのダンジョンの主の居場所を特定すること。間違いないね」
「うん。ボス抜きでやっつけちゃうとダンジョンが手に入らないからね。敵さんが先に来たら横取りされちゃうよ」
「その辺りのルールがいまいちピンとこないのさ……。 まぁ、おそらくここの主は最奥の部屋にいるはずだから、僕たちの仕事は次の部屋の制圧と最深部への扉の確保というわけさ」
「よしっ! 作戦も確認したから、もう入っていいよね?」
「焦りすぎさ。ちょっと武器を新調するから待ちたまえ」
ピエターはそういうと腰に引っかけてある小袋の1つをひっくり返した。
辺りに土がばら撒かれる。
その土に別の子袋から出した種を埋めると、エルフの少年は両手でマナを練り始めた。
「なにしてるの?」
「鉈を育てるのさ。普通であれば大急ぎでも一日掛かりの仕事だけど、精霊様の四季土があれば……」
ピエターは種を埋めた土へマナの塊を放つ。
すかさず横笛を取り出し奇妙なメロディを奏でる。
すると土から芽が出て、背が伸びあっという間に1本のオリーブの木が育った。
「この通りあっという間さ」
リマロンの背とほとんど変わらない程の小柄な木だ。
背の割に幹も枝も太く不格好にも思える形だが、その印象を決定付ける決め手があった。
枝の一本が異様に太い。
楕円状に伸びるその枝は幹と変わらない太さで、まるで後から突き刺したかのようにも見える程不自然な生え方をしていた。
その枝の付け根付近をコツコツと古い木鉈の刀身の腹で叩くピエター。
何度か叩いたところでここだ、と叫びながら古い木鉈を振るい枝を落す。
「こんな風に鉈は収穫するのさ。あとは樹皮を剥がして、刀身を傷つけないように柄と鞘を切り離せば……このように完成さ」
「ほえ~エルフってそんな技が使えるんだね」
「これは根の氏族の神髄とも言える技術さ。植物と対話する能力、これを突き詰めるとここまで成果が出せるのさ。だけど、これだけ常識外れな速育をやったのは僕が初めてだろうね」
リマロンがいたずらな笑みを浮かべる。
「ねぇねぇ、植物が得意なのになんで東のダンジョンでボロボロになって帰って来たの? なんで?」
「う……なかなか痛いところを突くね。いいかい、動物だって鹿と熊ではぜんぜん違うだろう。例えるなら、この笛は鹿とは話せるが熊とは話せない。そういうことさ」
「コッコとは話せるのに食獣植物はダメと、ね。ふーん、そうなんだ。そういうことにしとこうか」
「なんで上から目線なんだい。言っとくけど、コッコたちとのセッションはこの力と関係なしだからね。それよりお待たせした。新しい武器の調子はばっちりさ」
ピエターの掲げる木鉈の刀身が光を反射する。
木目のない綺麗なその乳白色の刀身はこれが切り出し加工で作られたものではないことを証明していた。
「やっとだよぉ。ピーター遅い」
「それは精霊様と比べるから悪い。あの方は宙を浮かび軽やかに移動し、必要なものはすぐに召喚できてしまう。でも、誰もがそうはできないものさ」
「言い訳かっこわる」
「なっ」
「じょーだん、ひひっ。さ、いくよ」
準備を整えた一行は隠し扉をくぐった。
傾斜のある少し長めの通路の先にあった部屋は一見すると前室の石像の部屋とそっくりに見えた。
「ガーゴイル……だけ、かな?」
リマロンは呟きながら一歩進むと床から槍が飛び出す。
「早っ」
「大丈夫かい!? リマロン君!」
「へへっ、ちょっとかすっちった。いままでの部屋より勢いいね」
「罠の性能が上がっている。一体どんなカラクリが……」
「二人ともじっとしててね。こういうときは、駆け抜けるッ!」
部屋中央へ向かって駆け抜ける。
それに合わせて無数の罠が起動する。
しかし彼女のスピードに追い付けず、その切っ先に獲物が刺さることはなかった。
【串刺しスイッチ】
【ランクC】
「これは普通の罠だ。すべての罠が強化されてるわけではないのか」
「だったらラクショって、うわっ」
彼女の動きに合わせるより先回りして罠が起動する。
そしてそのその動きは鋭い。
リマロンはブレーキが間に合わず咄嗟に宙返りすることで串刺しになることを免れた。
その様子を見ていたピエターの頭に一つの情報が入っている。
【トリックスピア】
【ランクC】
「リマロン君。それは罠じゃない。床下に何かいる!」
「てことは……ボスモンスター?」
「おそらくは」
リマロンの足元から槍が生える。
紙一重でそれを躱す。
「長居してるとせっかくのオーバーオールがダメージモノになっちゃうかも」
「一旦戻ってきたまえ。作戦を練るのさ」
「作戦ならもう考えた。要は床下の敵を倒せればいいんでしょ。ひひっ」
リマロンが可愛らしく笑う。
しかしその瞳は獰猛な捕食者のそれであった。




