65.選手交代
「ワタクシからは以上よ」
「……ひとまず生きて帰ってこれたことを喜ぶことにしよう」
ソイの語った内容は探索報告としては非常にお粗末なものだった。
しかし考えてみればしょうがないだろう。
彼女は冒険者ではない。
ソウルを得て人から逸脱した力を得たとは言え、元は魔法学院の学生だ。
ダンジョンの歩き方など知るわけがない。
「一応聞いておく。マップは作ったか」
「……いいえ」
「何をもってボスモンスターがいないと判断した?」
「道中……会いませんでしたし?」
「分かれ道や隠し扉の可能性は?」
「……う。す、すくなくとも右ルートの前半はありませんでしたわ」
探索に送る前にレクチャーすべきだったか。
これは彼女のミスとは言い難い。
俺の人選ミスだ。
ひょっとするとホブラビブリンたちの方がまだうまく立ち回れたかもしれない。
しかし過ぎたことを憂いてもしょうがない。
得られた情報から推理していくしかない。
「ええっと。ピーターがボスモンスターを見つけて、ソイちゃんがボスモンスターを見なかったんだから、ボスが南のダンジョンで、私が東のダンジョンにいけばオーケーってことだよね?」
「早計だ。今回の調査では二組ともダンジョンを隅々まで探索できたとは言えない。もう少し情報を揃えないとなんとも言えない」
リマロンの問いに答えつつ俺は頭を働かせた。
ピエターの話で気になることがある。
「ピエター、おまえの見たボスモンスターにはボスの表記があったか?」
「表記? 何の話だい。精霊様、もっと詳しく説明をお願いするのさ」
「お前たちは敵ダンジョンのモンスターの名前が見れるようになったのだろう? ボスモンスターの名前にはそれがわかるように表記がある。そんな表記を見たか?」
「うーん。なかったと思うのさ」
「であれば、おまえが見たのはボスモンスターではない。ただの指揮官型のモンスターであればそれは攻略済みのダンジョンかを判断する材料になり得ないだろう。しかしそのモンスターの性能が高い場合、主を失いはぐれになったボスモンスターの可能性が高い。どうだ? そのモンスターになにかかわった感じはなかったか?」
うーん、と唸ったままピエターは答えてくれなくなった。
必死に考えているのがわかるが、そもそもの理解が追い付いていないようにも感じた。
それはピエターだけでない。ソイも同様だった。
そもそも彼らにはダンジョンの生態について簡単に一回話しただけだ。
細かいルールの共有は出来ていないしわからないのも無理はないと俺は思い至る。
「出発前に話した内容だ。ダンジョンの意志が死んでもそこのモンスターが全滅するわけではない。ボスモンスターが生き残るパターンもある」
「理論的にはわかるのさ。 わかるけど……精霊様の言葉を疑うわけじゃないけど、ボスモンスターは命がけでダンジョンを守るものだろう。そんなことが起こるかい?」
「理論と言うより経験則に近い。ダンジョンのルールが難解なのは当のダンジョンも同じだ。戦い方を間違えたダンジョンやボスモンスターたちを俺たちはたくさん見てきた。その結果、ボスより先に倒れたダンジョンは君が思うより珍しい存在ではない。だろう、リマロン」
「そうだねー。 ダンジョン攻略後にボス戦ってパターン割とあった気がするかも」
「な、なるほど。すまない精霊様、そこまで考えが至らなくて。次はうまくやるのさ」
ピエターが悪いわけではない。
むしろ、年齢の割にはかなりしっかりして、現状を正しく理解しようとし彼なりに頑張っている。
それでも理解が及んでないのは、やはりいままでの常識とは違った世界の話だからであろう。
「例の異臭の部屋、あそこの探索を完了してみないとどちらとも言えないな。ひとまず、東のダンジョンの判定は保留だ。続いて南のダンジョンだが……」
俺はソイの話から推定したマップを地面に書き出す。
↓
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□ □
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□-□-■-□
□:踏破済 ■:石像部屋 ー:出入口 →:扉
真っ直ぐに進んで入り口に戻ってきたのならダンジョンが環状になっていることは間違いないだろう。
後半の記憶は当てにならないが、それだけは間違いないはず。
「この地図は話を進めるための便宜上のものだ。マッピングしたわけじゃないから真に受けるな。さて、俺が引っかかったのは石像のある部屋だな。ここになんらかのギミックがあった可能性が高い。おそらくは隠し部屋だ」
「どうしてそう言えるの? これもダンジョンとしての経験則かしら?」
「いや、これは冒険者時代の経験だな。似たようなギミックに当たったことがある」
ふうん、と不満げな表情のソイが頷く。
いやに不機嫌そうにみえる。
命がけの冒険に行かせたのだ。
怒らせて当然なのかもしれない。
「罠メインのダンジョンって珍しいじゃん。壊しにくいから厄介だよね」
「ああ。壊さないとソウルに分解も出来ない。本当に厄介だ」
リマロンの意見に相槌を打ちつつ、俺は頭の中でいくつかの仮説を立てては崩し立てては崩しを繰り返す。
そして、一つの結論を出した。
推理と言うにはおこがましい、推論の類。
それでも、もう動き始めないと間に合わない。
これ以上遅れを取るわけにはいかない。
「ボスぅ?」
リマロンが心配げにのぞき込んでくる。
妙な緊張感が場を支配していることに俺は気付いた。
配下はみな急に黙った俺に委縮してしまったらしい。
「すまん、時間がかかった。方針は決めた。東のダンジョンは俺とソイ。南のダンジョンはリマロンとピエターで再突入をする。今回の目的は探索ではない、攻略だ。みんな、心してかかるように」
全員が静かに頷く。
俺は計画の詳細について話し始めた。




