61.蔦の迷路2
僕たちは順調にダンジョンを進んでいった。
とは言え問題がないわけではなかった。
壁、床、天井。
どの部屋もいたるところに蔦が張り巡らされている。
そのせいで歩きにくく道も分かりにくい。
【グレープアイヴィー】
【ランクD】
モンスターではないただの植物だが生えているだけだ。
そう思い、いままで踏み抜いてきたが、失敗だっただろうか。
思ったよりも体力を消耗している。
おまけに集中力もだ。食獣植物たちの待ち伏せがあるので気は抜けないからだ。
こちらはモンスターを見抜けるため苦戦こそしないが、怪しげなところを通る度に判定していると流石に疲れてくる。
余計なモンスターとの交戦は避けて進んだにも係わらず、僕たちの疲労は確実に蓄積していった。
無理はよくないのさ。一旦休憩にしよう。
僕は木鉈を振るって周囲の植物を根こそぎにするとガリアを座らせた。
「一旦、休憩がてらに道を整理するのさ。僕たちの仕事はダンジョンの調査。次回の本格的な攻略のために、マッピングはとても大事な仕事だからね」
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□:踏破済 ー:出入口 →:扉
地図を書き進めるうちに冷静な思考が戻ってくるのがわかった。
順調だと思っていたが、違った。
僕たちは苦戦していたようだ。
まだ4部屋ほどしか踏破できていなかった。
精霊様から今回はスピードが大事だと言われていたのに。
僕は蔦の迷路を舐めていた。
気付かぬうちにしっかりと足止めさせられていたのだ。
「ガリア、ここからペースをあげるけど大丈夫かい?」
「カケッコ」
元気な返事が返ってくる。
体も十分休まったみたいだ。
胸の内に焦りを抱えつつ僕たちは立ち上がり次の部屋へと進んだ。
部屋に入った途端、僕はむせ込んだ。
強烈な臭気が漂っている。
そして普段は待ち伏せしているはずの食獣植物たちが元気に動いている。
幸い、正面に出口が見える。
距離はあるが行けないこともない。
「一気に駆け抜けるよ」
魔法の風を足に纏う。ガリアにも同じ術を施すと一直線に賭け出す。
僕とガリアは進路を邪魔する最小限のモンスターだけを攻撃しながら突き進んだ。
その間も、周囲の観察は忘れない。
文字通りこんな臭い部屋、何かあるに決まっているのさ。
僕は右の壁際に咲く大きな花を確認した。
それは葉も茎もなく不自然に石畳の上に置いてあるかのように咲いていた。
【ラフレシアン】
【ランクC-】
おそらくはこの臭気の正体はこの花の匂いだ。
周りの食獣植物の活性化もこの花のせいか?
おそらくボスモンスターだ。ランクも高いしきっとそうだ。
しかし、このまま対策もなしにこの部屋で探索する訳にもいかない。
この臭気は危険だ。
僕は花を無視して正面の出口に向かって走り続けた。
臭気は次の部屋までは届かず、また部屋の様子も以前まで続いていた蔦の迷路と何ら変わりなかった。
多少ペースを上げて先へ先へ探索を続けたがとある部屋を抜けた時、景色が一変した。
それは廊下だった。
壁には窓があり、外は一面の海景色。
これが豪雨でなければ絶景だっただろうに。
環境がこれだけがらりと変わったと言うことは間違いない。
「東のダンジョンを抜けたということか。つまり、ここは精霊様を出し抜いた強敵のダンジョン」
今、この先に進むのは得策じゃない。
それより今は、途中で止まっていたマッピングを終わらせよう。
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↓
□:踏破済 ■:臭気部屋 ー:出入口 →:扉
部屋の中を迷路化してダンジョン自体は一本道。
冒険者を歩き疲れさせるにはこの構造がいいのだろうと僕は思った。
マップの出来に満足した僕たちは古城風の廊下に背を向け元の部屋へと戻っていった。
一度通った道だ。
帰り道は行き程苦戦しないだろう。
そう思っていたが甘かった。
蔦の迷路は変化していた。
行きと同じほど集中力を使って、待ち伏せする植物モンスターを避けながら出口へ向かう。
いけない。これじゃ、未探索の部屋と何ら変わらない。
臭気の部屋を抜けてからペースを上げたことがここで響いてきた。
気付けば僕もガリアも肩で息をしていた。
疲労でパフォーマンスが落ちているのを感じる。
そして次の部屋はあの臭気で満ちた部屋だ。
少し休もうか。
いや、予想以上に時間をかけてしまった。
精霊様が待っている以上、これ以上時間をかけるわけにはいかない。
行きと同じく一気に抜ける。
僕とガリアは大きく息を吸うと部屋の入り口に突っ込んだ。
「……!」
驚きのあまりに息を吐きそうになる。
なんと正面にあるはずの出口がなくなっている。
蔦に覆われた壁しかない。
絶望しかけたその時、なにかの気配を感じて振り返る。
それはウルフファングリーフの捕食葉だった。
バックステップで攻撃をかわす。
続いてアシッドスライムが次々と飛んできた。
ガリアが突風で撃ち落とす。
僕たちは敵モンスターに囲まれていることに気付いた。
あの花の指揮か? いままでと違い連携が取れている。
こちらを警戒しているのか、行きに見た場所に花はなかった。
隠れているのだろうか。
僕は一つの考えが浮かぶ。
指揮型のボスモンスターにここのダンジョンの意志が入れ知恵している。
この高度な連携、それなら説明がつく。それしか考えられない。
ビンゴ。きっとこっちが生き残っているダンジョンさ。
情報が得られたはいいものの、ここからどうしたものか。
包囲陣の突破は可能だが、出口がなくなっていて進む先がない。
戻るのが安牌な気がするが、ここまで僕たちが疲弊するのを待っていた敵のモンスターの性格を考えると絶対何か罠があるはず。
そして、臭気によってじわじわと気力が削られている。
意識もぼうっとしてくる。
この臭気を吸いすぎるのは危ない。悩んでいる暇はない。
ん。植物モンスターは実は動けた。蔦の迷路が行きと帰りで変わっていた。
つまりそういうことか。
「ガリア。前方にとっておきのやつを放つのさ」
「クコケッケー!」
ガリアが宙に飛び上がると、風を纏う。
そして矢のように飛び出し、前方の壁にダイブした。
蔦の壁は壊れて出口が露わになる。
壁が出来たわけではなく、蔦が隠していたのだ。
頭脳明晰な僕にこんなトラップ通用しないのさ。
僕は出口に全力で駆ける。
迫りくる捕食葉を切り捨て飛んでくるスライムの玉を撃ち落としながら、全力で走った。
無事に出口を潜れた僕は先に待っていたガリアの顎下を撫でる。
「はぁはぁ、よくやったのさ。さぁ、長居は不要。さっさと精霊様の所へ帰るよ。ふぅ……まだ動けるかい」
「……ケッケ」
「先回りで罠を張られる前にここからもずっと全力で行くのさ」
そこからは行きとは比較にならないペースで僕は精霊様のダンジョンへと帰っていくのだった。




