60.蔦の迷路
「ただいま戻ったのさ……。精霊様」
死んだ目をしたエルフの少年、ピエターが戻ってきた。
コッコグリフも一緒だが憔悴しているようだ。
見たところ傷などは少ないが体力の消耗が激しい。
「休ませてあげたいが今は時間が惜しい。ピエター、早速報告を頼む。リマロン、アースヒールをかけてやれ」
「りょーかい、ほいっ」
「あぁ、ありがとうリマロン君。さて精霊様。東のダンジョンはボスが残っていた。生きているのはこっちさ」
ピエターはダンジョンは詳細を話し始めた。
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僕はピエター・アルブロート。
ダンジョンから出られなくなったただのエルフのなれの果てさ。
故郷に現れた世界迷宮の入り口の調査していた僕だったが、ダンジョン内で道に迷い出られなくなってしまった。当時は初ダンジョンだったこともあり、地形が変化するなんて知らなかったのさ。
帰り道を探す旅の結末がまさかこんなことになるとは思ってなかった。
けど、不思議と悪い気はしない。
なにせ精霊様、そしてコッコに出会えたのだから。
精霊様は素晴らしい。
あんな素晴らしい光景は初めて見た。
植物も動物も仲良く生活していて、種族を超えた一体感を感じた。
自然の成り行きに身を任せていた僕の故郷では考えられない光景だった。
故郷の連中のことを思い出す。
奴らは無駄に年だけ喰った害悪だった。
ヒューマと共に魔王と戦う事を決めた枝の氏族を裏切り者と罵り、自分たちは臆病にも森の奥に引きこもった。
僕が生まれる前の出来事故にどうしようもなかったが、なぜ連中がこの選択を是としているかが僕にはわからない。
自然だって時と共に変化するのに、なぜ人の意志が介する変化を嫌うのか。
自然と共に生きると謳い、ただ現状の維持に努めるだけ。
それが行き過ぎて生物の進化すら嫌悪するようになったのはもはや悪趣味な冗句にも思えてくる。
本当に窮屈な故郷だった。
いけない。気分が悪くなってきた。
こんな時はコッコの事を考えよう。
コッコは素晴らしい。
恥ずかしながら僕はコッコに会うまでヒューマが生み出した家畜という動物たちを自然の生存競争から逃げだし強者にへりくだった弱者と見下していた。しかし、そうではなかった。
これは非常に高度な共生の形だったのだ。
武力を捨て、コミュニケーションと生産能力に特化することでこんなにも友好的な性格になるのか。
初めてコッコたちとしたセッションの感動を僕は生涯忘れないだろう。
「ガリア、先は未知数。蔦だらけで歩きにくいけど、あまり飛ばないように。こういうダンジョンはトラップに注意なのさ」
「クコッケ」
コッコ頭の小柄で凛々しいグリフォンが嬉しそうに返事を返す。
相棒は僕の付けた名前を気に入ってくれているようだ。
不穏な気配を察知し、僕たちは歩みを止める。
次の部屋への出口は見えている。
左には大きな二枚葉を持つ植物が群生していた。
その中からかさかさと何かが擦れる音がしている。
右には大型の縦長の実に葉が乗っかったような奇妙な袋を持つ植物があった。
垂れ下がった袋は重いらしく、わずかに揺れていた。
待ち伏せされている。
この部屋は低層にありがちな一般的な石造りであるが、あちこちに蔦や大型の植物が生えていた。
石畳から不自然に生える植物に不快感を抱きながらもここまで何の妨害もなく進んできたが、ようやく戦闘だ。僕は周りに聞こえないように小声で相棒に指示を出す。
「ガリアは右を」
僕はオリーブの木鉈を抜く。
出発前に収穫したばかりなので切れ味も最大だ。
足に風を纏って、大地を蹴る。
身体が軽い。
二枚葉の植物の茂みにあっという間に肉薄すると勢いに任せて鉈を横に振るう。
突風の如き一撃は一番大きな大きな二枚葉のついた茎を両断した。
茂みの中に敵がいる。
そう思わせて騙し討ちしようなんて無駄なのさ。
精霊様から受けた力でキミたちの正体は見破っているのだから。
【ウルフファングリーフ】
【ランクD】
撥ね飛ばされた二枚葉がトラバサミのように勢いよく閉じられるが、何も挟まることはなかった。
周りの葉が揺れ動く。風になびいたのではない。
その動きには意志があった。それはまるで獲物を狙う狼の口のように見えた。
慌てて反撃に転じた巨大なハエトリグサのモンスターたちの攻撃は届かない。
壁を蹴って勢いを反転し、既に彼らの攻撃領域から離脱していたからだ。
攻撃対象を失い、恨めし気にこちらを睨んでいるようにも見える。
「食獣植物ね。そんな速さじゃ僕は捕まらないよ」
「ケッケ」
ガリアも問題ないようだ。
風の刃で袋繋ぐ蔦を撥ね飛ばしていた。
落下して落ちた袋の中身がぶちまけられて、溶解液が飛び散る。
その液がうねうねと動いていた。
【ネペンテス・スライプール】 【アシッドスライム】
【ランクD】 【ランクD-】
ウツボカズラが巨大化した食獣植物だ。
捕獣袋にスライムを飼っていて、通りかかった獲物にスライムをけしかける厄介な性質を持っている。
ウルフファングリーフにしろネペンテス・スライプールにしろ、どちらも決してなめてかかっていいモンスターじゃない。否、なかった。
そう!
今の僕たちにはまるでお話にならない。
精霊様から力を得た僕たちにはね。
これはソイ君よりも早く仕事が終わるのは間違いない。
通行に邪魔なモンスターだけ手早く片付けると、僕たちは意気揚々と次の部屋に向かった。




