57.助言者のお仕事
「やあ、君か。なにか私に用事かな」
ここは世界迷宮の中層。
ダンジョンの名は翼獣の螺旋回廊。
このダンジョンの主であるグリフォンの意志は突然の来訪者に振り向きもせず対応する。
この部屋は並みの冒険者では見つけられない隠しエリア。
そんな場所に前触れもなく侵入できる人物は限られている。
「グリフォンさんはなかなかダンジョンにいないので探すのが大変でしたよ。こんにちは。助言者です」
怪しげなローブに顔が隠れる程深くかぶったフード。
助言者は耳障り良い声で話し始める。
「特にこれと言った用というわけではありません。定期面談ってやつですね。どうですか? 最近のダンジョン運営は」
「ああ、順調だよ。私個人としても、フレスベルグの爪全体でも」
「最近は下層からの侵略は少なめですからね」
「そうだとも。しかしなにやら影で動いているようだ。面倒なことを仕掛けてこなければよいのだがな」
「ニーズヘッグの牙、ですか?」
グリフォンの意志は作業をやめて向き直る。
「やつらには本当に困っているよ」
「ええ、そうですね」
「まったくランク主義なんて馬鹿げている。ラスボスを作って最奥に陣取った者が世界迷宮の主になれると信じ切っている。そんなわけないだろう。各々が“意志”を持って生きている以上、それをまとめ上げた者がリーダーになるのが当然の帰結なのだから」
グリフォンの意志はまるで演説をするかのような振る舞いで続ける。
「だいたい世界迷宮にラスダンもラスボスも必要ない。ここは複数のダンジョンが跨る複雑に入り組んだダンジョン群。重要なのは効率よく冒険者を呼び込み、ソウルを奪うシステムさ。それにはダンジョンごとの役割分担が大事になる。だがら我々は隣人と協力してダンジョンを運営していくべきなんだ。そうだろう?」
「おっしゃる通りですね」
「だから私は、いえ私たちフレスベルグの爪は、上層のダンジョンに協力を募り、冒険者にとって安全な入り口と魅力的な餌を用意したのだ。下層の連中が冒険者を狩るのは構わない。それが彼らの役割だからだ。ただ、同志であるダンジョンをこれ以上攻略されるわけにはいかない。私たちは安全な入り口を演じてくれている上層ダンジョンたちに報いる義務があるのだ」
「はい。助言者は優秀なダンジョンに協力しますよ」
助言者は大げさな動きと共に続ける。
「ダンジョンは冒険者のソウルを狩るための存在。そのためには冒険者の欲望を刺激して呼び込むことが大切です。グリフォンの意志さんはその辺りがしっかり分かっている方なのでいつも助かっていますよ。……おや、もうこんな時間ですか。そろそろお暇しますかね」
「まだ来たばかりだろう。もう行くのか」
「ええ、これでも周るダンジョンはたくさんありますからね。最近は未成熟なダンジョンへの干渉を行うダンジョンが増えてきていて手を焼いているんですよ。グリフォンの意志さんのことは信用していますが、くれぐれも行きすぎた行動は控えてくださいね」
それでは、という声と共に一礼した助言者は姿を消した。
「やれやれ釘を刺されてしまったな。でも、お咎めはなし、と。これは次の訪問は時間を空けなければなるまいか。いや、下層連中の狙いがそこである可能性も高い。ここは目立たぬように動くべきか……。いずれにせよ、既に関係を持っているスケルトンとは情報共有すべきだ。やれやれ、長く地上に戻らないとカバーストーリーを考えるのが大変なのだがな」
グリフォンの意志はそう呟くと元の作業に戻っていった。
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ここは世界迷宮の下層。
ダンジョンの名は石像の古尖城。
しかしこの名を知っている冒険者はいないだろう。
なぜなら、未だここから生還した冒険者がいないからだ。
「バジリスクさーん、こんにちは。助言者ですよー」
助言者は王座に座る男に声をかける。
人の石像を組み合わせて作られた、趣味の悪い玉座だ。
「なんだ助言者。俺に罰でも与えに来たのか」
「自覚があるようでなりよりです。未成熟ダンジョンへの過度な武力提供はご法度ですよ」
男は豪快に笑った。
「提供じゃねぇよ。取引だ」
「バジリスクさんが対象から何か受け取ったという事実は確認されていません」
「そりゃそうだろ。俺の先払いだ。気前がいいとは思わないか」
「それは屁理屈というのでは? ちなみに受け取る予定の物は何ですか。あの子に受け取った物と同等の価値のある品が差し出せるように思えないのですが……」
男は答えた。
助言者はその答えに訝し気な反応を示す。
「それなら……一応取引が成立しますが、本当に相手はそれを了承したのですか? 信じられないのですが」
「あいつは逸材だよ。報酬をもらいにきた俺を返り討ちにする気満々だ。実にダンジョンらしい暴力的な思想を持っている」
「まぁ、いいでしょう。それが本当ならば今回はお咎めなしです。しかし、そういう行為は今後控えてもらえますか?」
「何故だ。強くなるために努力する。周りの物なんでも利用する。それのどこが悪い?」
「いえ、だからですね。前にもお話した通り……」
男が玉座から立ち上がり怒鳴る。
「俺はァ! この世界迷宮を真のダンジョンにしたい。ここはダンジョンであるにも係わらず、ボスもいなければダンジョンマスターもいない。世界最大が聞いて呆れる。ソウル主義者共は人間の真似事で統治しようとしてるがそうじゃねぇだろうがッ!」
男の弁は次第に熱を帯びていく。
「ここはダンジョンだ! 最強のモンスターを召喚しラスボスとし、俺がここの最奥となる。そして地上へ這い上がるのだ。本来ダンジョンとは冒険者を滅ぼす場所だ。上層の連中はエサで呼び込んで狩っているようだが、そのエサで冒険者は繁殖している。それじゃ本末転倒だろうが。協力なんかじゃない、必要なのは圧倒的な暴力だ。力さえあれば、冒険者とモンスターの関係は逆転する。いずれ俺はモンスターを冒険者たちの住処に送って地上を攻略してやるよ」
「仰ることはわかりますよ」
まあまあ落ち着いて、と熱を帯びた男をなだめた後に助言者は続ける。
「ダンジョンとは冒険者のソウルを滅ぼすための存在。ソウル主義の上層ダンジョンたちのやり方は目的と手段の逆転が起きています。その点、ダンジョンの本懐を正しく認知しているバジリスクの意志さんやそのお仲間であるニーズヘッグの牙のみなさんは貴重な存在です。私もあなた方に協力したい気持ちはあるのですよ。ただですね……」
助言者は続ける。
「最低限の決まりは守りましょう。世界迷宮の規模を広げるというものまた大切なことなのですよ。今回の件はそれを妨げる行為です。今日のところは引きますが、次、このようなことをされると私もそれなりの対応を取らなければなりません。いいですか、私は貴方たちの味方ですからね。それを忘れないでください」
助言者は姿を消した。
「ふん、許可はもらった。あとは機を待つだけだ……」
王座の男はどさりと腰を下ろし静かに笑った。
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こつんこつんと靴音を鳴らし、助言者はダンジョン間をつなぐトンネルを歩いている。
「お二人とも扱いやすくて助かりますね」
助言者はお腹を抱えてクスクスと笑う。
「煽てれば勝手に動く鳥女とちょっと否定すればムキになって躍起になる蛇男。いや~私は駒に恵まれてますね」
両腕を胸の前でわくわくと動かす。
「量と質、どっちもまだまだ足りません。なので、どちらにももっと頑張って頂かないと。助言者はお二人の味方ですよ。両者の思想が相いれない点については今まで通り目をつぶってもらいましょう。まあ、その事実にお二人とも気付いてないようですがね」
助言者は肩を落とす。
「それにしても、今回の件がただの代理戦争にならないようには見張る必要がありますね。私も暇じゃないんですが……。まぁ、あの子たちには期待してますしそのくらいは頑張りますかね。さぁ、次のダンジョンを回りますかー」
こつんこつんと靴音を鳴らし、助言者はダンジョンへの扉へ消えていった。




