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56.外国冒険者のその後

 ここは世界迷宮(ワールドダンジョン)マカタ西口から入った2つ目のダンジョン。

 ダンジョンの名はスケルトン地下牢。

 ランクBの冒険者アルメリアは胸騒ぎがしていた。

 知り合いに貸していた小鳥の従魔が一人で帰って来たのだ。

 契約では喫茶店に返却することになっていたはずだ。

 直接帰って来たと言うことはそれは契約が不履行になるような状況に陥ったと言うことである。

 あの男は性格はあれだがそれなりに実力者だとアルメリアは評価していた。

 実力の釣り合う仲間も2人いた。バランスのいいパーティーだった。

 こんなダンジョン低層でヘマするとは思えない。

 アルメリアは駆けるようなスピードでダンジョンの奥へと進んだ。


 始めて来たダンジョンの出口。その先にあるのはトンネル。

 行先は少し前に見つかった新規ダンジョン。

 なにかが起こるならここだ。

 地上がメインの活動場所であるとはいえ、アルメリアは熟練の冒険者。

 基本的なダンジョンの知識はもちろん持ち合わせている。

 新米の時に訪れた時にはなかった出口を進み、トンネルを進む。

 肩にとまったフクロウの従魔が警戒の声を上げる。

 なにか……いる。

 それは遠目ではゾンビのようなアンデッド系モンスターに見えた。おおよそ健常な人間の挙動には見えなかった。暴れているようにももがいているようにも見える。

 しかし、近づくにつれそれが見覚えのある姿であることを確認するとアルメリアは一気に駆け寄った。

 地を這うように蠢く知り合いの男を抱き寄せると耳元で声を掛ける。


 「マルコ。大丈夫ですか? 話は出来ますか」


 マルコもその仲間たちもうわ言のように意味のない声を上げるだけだった。

 完全に正気を失っていた。

 一体どんなことをされたならこんなひどい状況になるのだろうと、アルメリアは思った。

 もう彼らは説明することはできない。

 しかし、アルメリアはそれを知る術を持っていた。


 「まさか貴方にこの魔法を使う機会が来るなんて、思ってもみませんでした。情景共有(サイコメトリー)。……な、こんなことって……」


 アルメリアは驚きのあまりマルコの体を落としそうになり慌てて支える。


 「いままでいくらでも酷い体験は見てきましたが、こんなことは初めてです……。ほとんどの記憶がなくなっている。本人が思い出せない記憶まで覗き見ることのできるこの魔法でも確認できないなると……」


 アルメリアは自身の血の気が引いていくのを感じた。

 情景共有サイコメトリーの魔法は対象者の体験を視覚情報として読み取る魔法である。

 しかし、その使い勝手は悪く、まず、その人が赤ん坊からいままで積み重ねた膨大な経験の中が一気に画像として頭に流れ込んできてから必要な情報を探すこととなる。

 その最初の過程で発生するイメージの洪水。今回これがなかったのだ。

 その人の持っているはずの記憶、経験、知識が失われていた。

 あったのは襲われたと思わる前後の記憶の断片のみ。

 これはただの記憶喪失などではない。言わば人生の記録喪失。人格すら失った彼らはいくら心臓が動こうがもう元の人物とは呼べないだろう。

 こんなひどい仕打ちがあっていいものかとアルメリアは静かに憤った。

 そして、幸か不幸か唯一残っていた最期の記憶を眺めてアルメリアは推理を始める。


 「彼らの依頼は、とある商会が開発した魔法薬のレシピを奪った盗人の記憶を探ってほしいという内容でした。この記憶に残っている彼らを襲った人物たちがその盗人である可能性は状況的に高いでしょう」


 依頼時、マルコは金に糸目を付けなかった。

 それだけ今回の件はやばい案件だったのではないかとアルメリアは予測を立てる。


 「盗人は学生という話でした。記憶に残っている彼らを襲った3名はいずれも若い。いえ、エルフの男の子に至ってはまだ幼いとも言える歳です。しかし、その戦闘力は高ランク冒険者に匹敵する者でした。あの者たちは決して見た目通りの年齢ではないでしょう。そして従魔。あれは人の手で手懐けられるレベルを超えているように思えます」


 アルメリアはいや想像が頭を過る。


 「若々しい外見に高い戦闘力、そして人の身でありながら眷属と称した魔物の召喚魔法を使いこなす。まさか、魔王国のヴァンパイア……。」


 アルメリアは3枚の羊皮紙を取り出すと火と風のマナを練る。


 「念写(プリント)


 微弱な炎が紙の上をちりりと音を立てて走ると焦げ目がアルメリアの記憶にあった3名の罪人の顔を描き出した。本物とも見紛う精巧な絵だ。


 フクロウの従魔にロープを渡すと指示を飛ばす。


 「マリチマ、私は先にギルドマスターに報告に行きます。貴方は彼らをマカタまで導いてあげてください」


 アルメリアはトンネルを駆ける。

 彼女がもたらした凶報にギルド職員は震撼することになる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「バニヤン様。本当にこんな手配書でよろしいのでしょうか」

 「がっはっは。いいんだよ、アルメリアちゃん。昔から冒険者にはカッコイイ二つ名、犯罪者にはふざけた二つ名って相場が決まってんだ」

 「しかし、これでは彼らの凶悪性が伝わりませんわっ!」

 「いいんだって。冒険者ってのは一歩間違えるとゴロツキに、もう一歩間違えると犯罪者になる。危なっかしいもんだ。強くて悪いモンに憧れる馬鹿ってのはいつの時代もいるものよ。そういう馬鹿が増えないようにこれでいいんよ」


 バニヤンと呼ばれた男はがっはっはと笑う。

 背が低めで、筋骨隆々。ドワーフにも間違えられることの多いこの男の名はバニヤン・アルブビートル。

 マカタの冒険者ギルドのマスターである。


 バニヤンとアルメリアはクエストボードの隣にある手配書の掲示板の前にいた。

 犯罪者はダンジョンの中で悪事を働くことも多い。

 そのため冒険者の目の止まりやすい位置に手配書も貼ってあるのだ。


 そこに新しい手配書が3枚追加されていた。

 犯罪者たちの本名は分からないらしく名前欄に二つ名が書かれている。


 〈百姓兎〉。

 オーバーオールに身を包んだ兎耳の獣人少女の絵だ。隣には飼い主に似た兎耳を持つオーガの従魔も描かれている。


 〈養鶏家〉。

 年端も行かない男児エルフの絵だ。隣に従魔と思われる鶏頭のグリフォンの従魔も描かれている。


 〈茸狩り〉。

 魔法学院の制服を着た人間の少女の絵だ。禍々しいバケマッシュの従魔と共に描かれている。


 「しっかし、こいつらがヴァンパイアねぇ……。本当かねぇ」

 「ヴァンパイアというのはあくまで憶測ですから、あまり間に受けないでくださいませ。しかし、彼らが凶悪犯であることは間違いありませんわ」

 「いやいや、熟練冒険者の勘ってやつは馬鹿にできねえかんな。でも、なんだかちぐはぐな印象だな。エルフはともかく、少女2人は力に対してガキ臭せぇ。老獪なヴァンパイアって感じじゃねぇんだわ」


 がっはっは、と豪快に笑うバニヤン。

 その後、すんと真顔に戻ると何気ない調子で問う。

 

 「で、敵討ち。するんかい?」

 「しませんわ。バニヤン様も良く言っていますでしょ。冒険者は自業自得、と。それに……」


 アルメリアは清楚に微笑む。


 「復讐なんかしたって名声は増えませんわ。さてバニヤン様、農村からのこびりつきの依頼なんてありませんの? やばすぎてクエストボードにも貼ってないようなとっておきですわ。今ならランクB冒険者のこのアルメリアが格安でお引き受けいたしますわよ。ああ、成功した時の農民が私を英雄だと褒めたたえてくれる姿が目に浮かびます」

 「がっはっは。やっぱアルメリアちゃんはそうでなくちゃな。じゃあ、とっておきを紹介してやるよ。適正の報酬でな。あんまり安く受けすぎんな。後輩共が泣くぞ。じゃ、俺の部屋までついてきな」


 二人はギルドの奥へと消えていった。

 この時、この手配書がやがてマカタに嵐を呼ぶことになるとは誰も思っていなかった。

 

エリア期・発展編はここで終了です。

幕間の話を少しした後、エリア期・攻略編に移ります。

面白い、続きが気になる、と思った方はブックマークや高評価を頂けると嬉しいです。


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