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55.禁則事項

 「お話聞かせてもらっていいですか」


 助言者が俺たちを見つめていた。

 しかし、その様子はいつもとは違う。

 いつものような耳障りのよい声ではあるものの語気に棘のようなものを感じる。

 ソイが助言者のプレッシャーに当てられて完全に固まっている。

 彼女が怒っている理由に一つ心当たりがあった。


 禁則事項。

 師匠が言っていた、人間を飼うなという警告。

 このシチュエーションは確かにそれに違反しているようにも見えるかもしれない。

 必死に言い訳を探そうとするが頭が働かない。

 このままだとソイが、そうだ、せっかく仲間になったソイが危ない。


 そうだ、気をしっかり持て。

 よく考えれば大丈夫だ。

 ちゃんと説明すればわかってもらえるはず。

 弱気な態度を見せると後ろめたさがあるのでは不審がられるかもしれない。

 普通の、いや、むしろ強気な対応を心がけろ。


 「冒険者ではない。ダークヒューマだ」

 「ダーク、ヒューマ?」

 「迷宮スキルを持っているだろう。彼女は変異で手に入れたれっきとしたうちのダンジョンのモンスターだ」

 「ふむふむ……なるほどぉ」


 助言者はソイの周りをうろつきながら品定めでもするかのようにじっくりと観察する。

 がくがくと震えるソイは今にも泣きだしそうだった。


 「マンドラゴラさんは嘘はついてないようですね」


 ほっと一息。なんとか大丈夫そうだ。


 「ただ、その態度。良くないです。どうにも禁則事項を知った上で行った行動のように思えます。これは由々しき問題です。ええ、マンドラゴラさんが思っているより大問題なんですよ」


 いつになく感情の乗った声を上げる助言者。

 静かながらも嫌悪や怒気がにじみ出る声がダンジョンに響く。

 前回シミになったワーヒポポタマスが思い出される。

 もし俺に体があれば、今頃滝のように冷汗が流れているだろう。

 助言者はいつになく真面目に言葉を続ける。


 「いいですか。ダンジョンの禁則事項は、意志の皆様に健全にダンジョンを運営してもらいたくて決められています。ちゃんと意味を理解して良心的に守って頂きたいのです。冒険者をモンスター化させること自体は禁止ではありません。しかし今回の様にルールの抜け穴を付くような方法はあまり褒められた行為じゃありませんよ。いい機会なので禁則事項を共有しときます。貴方ならどうせ私から言わなくても質問してたでしょうし、今回は特別です」


 助言者曰く、禁則事項は大まかに2つ。

 1つは冒険者と飼わないこと。

 既に知っている内容だ。禁止の理由としてはダンジョンの戦力を冒険者に頼りだすとダンジョンの質が下がるからだそうだ。

 その過程で助言者は迷宮スキル【宝箱】を冒険者と結託して不正利用したダンジョンが陰惨な死を迎えた事例を事細かく説明してくれた。【宝箱】は入れた装備品の質を向上させるがモンスターには開けることができない。本来は冒険者の呼び水に使うものだが、そのダンジョンは冒険者を金品で雇い、宝箱を空けさせる仕事をさせていたらしい。個人的には賢いと思ったのだが、今の助言者にその発言をする勇気はなかった。

 もう1つは世界迷宮(ワールドダンジョン)に繋がるトンネルを全て断つこと。

 言わば世界迷宮からの完全独立だ。禁止の理由は世界迷宮の戦力が落ちるため。

 現状で言えばそんなことをすればソウルの獲得手段がなくなり生きていけなくなる。

 禁止されるまでもなくやらないだろう。

 ただ気になることがある。


 「トンネルのつないだ先のダンジョンが禁則事項を破ったらどうなる? 決まりを破ったのは隣のダンジョンだが、俺も世界迷宮と切り離されてしまうだろう」

 「その場合も違反扱いになります。なので、いろんなダンジョンと仲良くなってトンネルをたくさん繋いでくださいね」


 なかなかに理不尽なルールだ。


 「おそらくはトンネルも迷宮スキルでつなぐのだろう。いつものようにスキルをくれないか」

 「申し訳ありません。このスキルは今の成長段階で渡せるスキルではありません」

 「なっ、それじゃどうやってリスクを回避すれば」

 「まぁ、スケルトンの意志さんは真面目な方なので、とりあえずは大丈夫じゃないですかね」


 禁則事項を守れと言う割には守らせる気があるのだろうかと思える態度だ。

 彼女の態度に苛立ちを覚える。

 しかし、ここで反抗しても自分の身にならないことは分かっている。

 ただでさえ助言者の機嫌を損ねているのだ。 


 「禁則事項についてはわかりましたか。これからは良識を持って正しく守ってくださいね。それと念のため……」


 助言者が瞬時ソイと距離を詰めて片手でその首を締め上げる。


 「おい!」


 ソイは地面に落された。苦しそうに抑える首元にはなにか金属のような光沢のある首輪がついていた。


 「次この方法で冒険者を仲間にしたら、その首輪が爆発するのでご注意くださいね。ああ、もう一人いるんですね」


 助言者がぱちりと指を鳴らすと遠くからピエターの悲鳴が聞こえた。


 「破ったわけでもないのにやりすぎじゃないか」

 「マンドラゴラさんに禁則事項を守ってほしい理由は他にもあるんですよ。私が冒険者嫌いなんですよね。ダンジョンと助言者。お互い良好な関係を築くためには相手の嫌がることしないことって大切じゃないですかね」


 あまりの対応に少しばかり口答えしてしまった。

 そしてその回答も傲慢で一方的だ。

 でも、これ以上は流石にまずい。

 ダンジョンの全戦力がまとめてかかってもこのローブの女には勝てないだろう。

 我慢だ。我慢すべきだ。


 「マンドラゴラさんには期待してるんですからがっかりさせないでくださいね。……あっ、本題を忘れるところでした」

 

 助言者がなんで今現れたか。

 前回の別れ際に彼女がなんと言っていたか。

 内容を思い出し俺は血の気が引く思いをする。

 心当たりが出来た途端、助言者が発する言葉を俺は聞きたくなくなった。

 しかし、無情にも告げられる。


 「ダンジョンの意志の1人が攻略されました。これで残り3人での戦いとなります」

 「なっ、早すぎる」

 「いや~、見事な電撃戦でしたね。攻略されなかった方も襲撃されていたようなので、もしかしたら隣のダンジョンは両方ともそっちのダンジョンの対応で手一杯で、マンドラゴラさんの所では戦闘が一切起こらなかったのかもしれませんね」


 俺と唯一繋がっていなかったダンジョン。

 こいつが大暴れしたのか。

 それの対処に精一杯で他のダンジョンは俺にちょっかいを出すどころではなかったと。

 どうやら俺は完全に蚊帳の外でゲームは動いていたらしい。


 「とはいえゲームはまだ終わりません。マンドラゴラさんだってそのおかげで妨害を受けることなく戦力を充実させることに成功していますしね。気に喰わない駒ですが有用です。上手に使えばまだまだ逆転の可能性は残っていますよ。頑張ってくださいね。では次はこのゲームの勝者になったときお会いしましょう。それではご健闘をお祈りします」


 お辞儀をした後、助言者は溶けるように掻き消えた。


 「大丈夫か。ソイ」

 「ふざけないでよ。巻き込んだ張本人でしょ? よくそんな口がきけ……っいたた……。なにあの女、いったいどんな火力してるわけ……」


 俺の知らぬ間にゲームは進行していた。

 もう変異の実験なんかやっている場合じゃない。

 ここから本気で攻めていかないと本当に攻略(ころ)される。


 偽物の夕日が沈む。

 ショックな出来事だったが、このままぼさっとしてるわけにもいかない。

 俺は余計なことを考えないためにも、ピエターやソイの家と食事の準備を始めるのだった。

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