54.最後の狂草魔法
俺は先程の騒動に関わる全員をオリジンルームに集めた。
リマロンに、エルフとコッコグリフ、少女とスカルバケマッシュ。
最後に捕縛された冒険者の3人組。今は気絶している。
そんな最中にリマロンが謝罪してきた。
「ボスぅ、あのぅ……ごめん。勝手に飛び出して」
「謝るのはこっちの方だ。一方的な都合で約束を破ってしまいそうになった。悪かった。結果論ではあるが問題は解決している。湿っぽいのは互いに嫌だろう。この話はこれでおしまいだ」
「ボスぅ」
「よせ。うるんだ瞳で見つめるな。おまえがそんなんだと調子が狂う。本当に終わりだ。やることが沢山ある」
ほんの一時とは言え、ボスモンスターとして仕事を放棄したことに罪悪感を感じているようだった。
本当はもっと丁寧にフォローしてあげたいが、今は二人きりではない。
「みんな聞いてほしい。おそらくここにいる全員が何が起こったかを完全に把握できてはいないだろう。もちろん、俺も分かってない」
一体どうしてこんなことになったのか情報整理が必要だ。
そのためにもまずは基本的なことから始めることにした。
「ひとまず自己紹介から始めよう。俺はこのダンジョンそのもの、マンドラゴラの意志だ。ちなみに生前はスライスと言う名で冒険者をしていた。これからよろしく頼む」
「精霊様は元人間なのか。興味深いのさ」
「なにそれ、やっぱりお化けじゃないの」
「そうなんだー」
ボスモンスター3名は各々の反応を見せる。
元冒険者という情報に意外と全員が食いついてきた。
そしてリマロンよ。一応、生前の話は前にしてたと思ったが、忘れていたようだな。
俺は少し悲しさを覚える。
「僕の名はピエター・アルブロート。由緒正しき根の氏族にしてアルブウッドの狩人なのさ」
「おじさんそんな名前だったんだ。改めてよろしくね。ペーター」
「リマロン君、発音を気を付けるように。ピエター、なのさ」
根の氏族とは聞いたことがない。
もしかすると王国出身のエルフではないのかもしれない。
しかしアルブウッドはわかる。
ダンジョンを除いた王国一の危険地帯。
トレントやドライアドなど知性の高く強力なモンスターが住む危険な樹海だ。
上級モンスターのテイムや珍しい素材の入手のため、それを専業とするアルブウッドの木こりなる組織があるのは知っている。しかし、アルブウッドの狩人などは知らない。勝手に名乗っているだけだろうか。
「もう、なんでワタクシが自己紹介なんか……ソイ・イソフランよ。見ての通り、魔法学院の学生。専攻は魔法薬学だったわ。もう戻れないんでしょうけど」
「へぇ、そうなんだ。ねぇねぇこれって薬の材料になる?」
「ちょっと待って。これマンドラゴラじゃない。そんな火力の高い薬草一体どこで……? 畑で山ほど育ててるって。詳しく話なさいよ」
少女の正体は思った通り学生だった。
薬学について知識があるならうちのダンジョンでは大きく貢献できるだろう。
なにせマンドラゴラは様々な魔法薬の増強剤として有名だ。
本来であれば毒性を取り除くのに難儀するが、マンドラゴラ耐性が高いうちのモンスターたちに使う分には問題ない。急に高性能の魔法薬の生成が現実的になってきた。道具や環境が整ってないなどの問題もあるが、製薬のノウハウに比べたら低いハードルだろう。
「はいはーい、私はリマロン。ここのダンジョンでラビブリンたちのオヤブンをやってるよー。コブン共、かもーん!」
リマロンの掛け声より、ラビブリンたちがわらわらと集まってくる。
「なにこれかわい……コホン、獣人のアンタが獣鬼の親分ってどういうわけよ?」
「リマロン君。魔性に堕ちた今の僕たちと同じように、君もただの獣人ではないんだね」
「そうだよー。これは仮の姿、第二形態があるんです。そのうち見せてあげるね」
これで最低限のあいさつは終えた。
「互いのこともわかったところで、そろそろ本題に……」
「精霊様。どうやら冒険者が目覚めそうなのさ」
リーダーの男がうなっている。
この場所を見せるといよいよ地上に返すことが出来なくなる。
戦闘時は殺すことも考えていたが、生け捕りに出来た今、わざわざ監視者を手に掛けたくはない。
「ボス、提案っ! いままで隠してきた最後の魔法を使いたいのです」
「最後の魔法とはなんだ」
「最後の狂草魔法! いいでしょ?」
そういえばずっと前にそんなこと言ってたと思い出す。
【獣人変化】と【ラビブリン】しか使わないから頭から消えていた。
「いいもなにもどんな魔法か分からなければ許可はできない。それにこいつらは殺すと少しまずいかもしれない相手だ」
「マンドラゴラがパワーアップしちゃう、そんな魔法だよ。興味あるでしょー」
「それは興味があるな。でもどうして今のタイミングなんだ?」
「発動するのに冒険者がいるからだよ」
いままで使わなかった理由はそれか。
使わなかったというか使えなかったのか。
「いい機会というなら試してみるといい」
「やったぜぃ。ボスのお許しもらったよー。コブン共、マンドラゴラいっぱい持ってきてー」
「ちょっと待て。そんなにマンドラゴラ必要なのか」
「多分。いつもみたいに1本じゃ無理だと思う。結構な大魔法なのです」
マンドラゴラを大量に消費してマンドラゴラを強化する。
イマイチどんな魔法かイメージ出来ないが、これだけ大掛かりなら変異を起こせるレベルの効果は期待できそうだ。
マンドラゴラの準備をしている間に冒険者たちが目を覚ましたみたいだ。
「じゃあ、新魔法お披露目の時間だよー。ボスぅ、男の前にテノールのやつ、女の前にアルトのやつを一本ずつ出して。パワーアップさせるマンドラゴラだよ」
俺は素直に召喚に応じる。
だんだんと意識がはっきりしてきた冒険者たちに向かってリマロンが話始める。
「冒険者のみなさん、貴方たちは今からこのマンドラゴラの栄養になってもらいます」
「おい!」
「えっ、ダメなの?」
「それは生贄ということか。殺すなと言っただろ」
「殺さないよ。それならいいんだよね」
「そうか。物騒な表現だったから勘違いした」
「もう、ボスってば早とちりだよねー」
リマロンが冒険者たちに手を翳しながら子分たちに準備させたマンドラゴラを口にする。
すると、冒険者たちの口から白い靄のようなものが漏れ始め、その靄が彼らの前に召喚されたマンドラゴラへ入り込んでいく。
「どお? 最後の狂草魔法マンドラマジック、【人草吸魂】は? ……ああもう。この技コスパ悪すぎ。コブン共、じゃんじゃんマンドラゴラ持ってきてー」
マンドラゴラを頬張りながらそう言うと、彼女の元へラビブリンたちがマンドラゴラを次々と運んでいく。こんなに使うとは聞いていない。一体いつになったら終わるのか。
「おお、これがリマロン君が精霊様から授かった力か。素晴らしい……」
「アンタねっ! その薬草の価値、わかってやっているわけ? 勿体なさすぎるわっ。と言うか、マンドラゴラを食べるとか頭おかしいんじゃないの。普通死ぬわよ」
俺たちはその異様な光景を見守り続けた。
靄を吸収したマンドラゴラに変化が表れ始めた。
テノール種はどんどん肥大化を始め、アルト種はオーラを纏い始めた。
【迷宮スキルを獲得しました】
【ダイオウマンドラゴラ】
【ランクC+】
【肥大化したマンドラゴラの希少種。原種より大声で鳴くことができる。魔力密度が低くなったため魔法材料としての価値は低下。】
【アルラウネ】
【ランクD+】
【魔力の高まったマンドラゴラが知性と言葉を得た上位種。幻覚の魔法が得意。】
終わったようだ。
「終わったー。もう食べられない。げぷー」
妊婦の様に腹を膨らませたリマロンが横たわる。
20分間で15本ものマンドラゴラを平らげた。媒体にしたマンドラゴラを含めると1人当たり6本ものマンドラゴラを使用していることになる。
準備、所要時間、コスト。いずれも重く気軽発動できないが効果は確かなようだ。
マンドラゴラの変異を起こすことに成功した。
養分にされた冒険者たちはわけのわからないことをうわ言のように呟いている。
生気を失い、目の焦点もあっていない。既に正気を失っているようだ。
見たところ、この魔法の効果は生きたまま冒険者のソウルを抜き取るものだと思う。
あの白い靄はダンジョンの意志の体にそっくりだった。
となればこれはいわば抜け殻。殺してもソウルは手に入らないし、こんな状態ならダンジョンのことも話せないだろう。監視官を再起不能にしたのはまずかったが、殺すよりましだと信じたい。後でダンジョンの外へ放っておこう。
「リマロン、よくやった。無事にマンドラゴラは変異に至った」
「やったね。えへへ」
「ただ、今後使用する時はこちらに相談してくれ。流石にマンドラゴラの消費量が多すぎる」
「言われなくてももう一時使わないよ。大好物でもここまで食べたらしんどいんだね。私、一つ学びを得た。大人になった」
さて早速新しいマンドラゴラの能力の検証といこうか。
「ピエター。ラビブリンたちと協力してリマロンを家まで運んでてくれ。ソイ、おまえは俺と一緒にこの新たなマンドラゴラの観察だ」
「お任せなのさ」
「命令しないで……って思ったけど普通に興味あるわね。参加させてもらうわ」
せっかく学者の卵も仲間になったのだ。彼女の知見も参考にさせてもらおう。
そう思った時、予想外の人物が声を掛けてきた。
「こんにちは、マンドラゴラさーん。……冒険者たちと仲良くやってますね。詳しくお話聞かせてもらっていいですか」
フードの女。
助言者がいつの間にか姿を現していた。




