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51.戦士と魔法使い

 「むぅ。頭が痛いわい」


 混乱が解けたハーフドワーフの戦士バッツは不機嫌そうにそう呟いた。


 「いるのは獣っこだけか。また邪魔されても敵わん」


 先に排除しよう。

 そう思い落していたクラブと盾を拾い、獣人娘の元へ向かう。

 娘は虚空に向かって何か話している。

 まだ混乱が解けていないのだろうとバッツは判断した。

 そしてそれは攻撃のチャンスであるとも。


 盾を置いて、全速力で接近し両手もちしたクラブで頭を狙う。

 クラブの先端を覆うように岩の刃が生える。バッツの土魔法による付与(エンチャント)だ。

 岩斧と化したクラブは空を切る。

 バッツ渾身の一撃を獣人娘は軽やかに攻撃を回避した。


 「むぅ。正気に戻っとったか」

 「うわあ。いきなり危ないじゃん」

 「余裕だな、獣っこ」


 バッツは岩の刃を剥がし、素早く2連撃を叩きこむが尽く避けられる。

 スピードで劣ると判断して身を引いて、置いていた盾を拾い構える。


 「ふん。すばしっこい奴め」

 「ボスに任されたからね。張り切っちゃうよ」


 獣人娘は槍のように長いシャベルをこちらに振るう。

 力任せの一撃だ。

 バッツは盾で難なく攻撃を流すと懐にクラブの一撃を入れる。

 胴に綺麗に入ったが、獣人娘怯むことなく反撃の動作に入っている。

 その反撃をいなしつつ、攻撃圏外へ脱出する。


 「うーん。やりづらいな」

 「当然。お主、人とやり合うのに慣れとならんな」

 「えっ、うん。そうだよ」

 「もう抵抗はよせ。わしらは対人戦闘のエキスパート。モンスター共とばかりやり合ってきた連中には負けんぞい」

 「そっか。冒険者には冒険者の戦い方っていうのがあるのかぁ……」


 バッツの狙いは時間をかけても確実に倒すことに切り替わっていた。

 本来の対人戦闘は斬撃や刺突で急所を狙うのが定石だ。

 しかし、戦闘能力が高い者と戦う場合、それをいきなりするのは難しい。

 よって、まず確実に打撃を入れる。

 打撃は刃を使った攻撃程大きなダメージにはならないが、鎧越しにも衝撃が通るし、胴体にあたればスタミナを削る。

 守りに徹し、長期戦へ誘い、スタミナ切れを狙う。

 相手の動きが鈍った時、土の付与(エンチャント)を使うことで武器を持ち替える隙をさらすことなく、止めの斬撃をお見舞いする。

 これがパーティでタンク役を務めるバッツの編み出した必勝法だ。

 それがハマった今、バッツは勝利を確信していた。


 ハーフドワーフの戦士の振るうクラブが一発、また一発と獣人娘へ打ち込まれていく。

 8回は攻撃が入った頃、さすがにどんな体力自慢でもそろそろ立ってられないだろうとバッツが思った時、獣人娘は何かを閃いたというような調子で呟いた。


 「ああ、そうだ。こうすればよかったんだ」


 獣人娘は肩紐の留め金をぱちりと外すとオーバーオールを脱ぎ捨てた。

 茶色の体毛と白い素肌の細くしなやかな体が露わになる。


 「なんだ? 色仕掛けか。生憎乳なしヒゲなしのもやしっこなんぞに欲情するわしじゃ……」


 獣人娘の体が膨張し始める。

 その細い体が太く厚く逞しく変化していく。

 変化を終えた獣人娘だったものはもはや人ではなかった。

 兎の頭を持つ大鬼(オーガ)がバッツを見下ろしていた。

 バッツは獣人娘のやりづらいという発言の意味を誤解していたことに気付いた。

 戦いづらいのは、戦略が巧みだからではなく窮屈な服を身に着けていたからだったのだ。

 

 「獣鬼(ワービースト)の類じゃったか。だが、ここで負けるわけには……。しまった。ここはまだ間合い」


 獣鬼はシャベルを手放し拳を振るう。

 攻撃圏まで逃げたつもりが、躱しきれない。

 バッツに染み付いた対人戦闘の技能が枷となって動きを制限していたのだ。

 咄嗟に盾で受けようとするが、当たる寸前に指が広がり盾を掴まれてしまう。

 そのまま力任せに盾をはぎ取られ、その勢いで地面に転がされる。

 体制を整えた先でバッツの目に飛び込んできたのは重鬼が奪い取った盾を振り下ろす瞬間だった。


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ガシャシャシャシャ」

 「ちょっとあんたやめなさい。その子にはまだ聞くことがあるのよ」


 女冒険者チェックは荒ぶるモンスターへ向かって叫ぶ。

 しかし、自身が襲われているわけではない。

 襲われているのは標的である女学生だった。


 今回の依頼は標的が盗んだ新薬のポーションのレシピを取り戻すこと。

 この依頼内容だと女学生の生死は問わないように思えるが、もしレシピを他の人物に渡していたり、転記して複製を取られている可能性がある。そうだった場合、標的が死ぬとそこで手掛かりがなくなってしまう。そのため、チェックはモンスターの攻撃から女学生を助けなければならなかった。


 「チィ、吹き飛びなさい」


 舌打ちと共に小さな爆炎をドクロの魔物にいくつも飛ばす。

 爆炎は器用にドクロの魔物の触腕を弾き飛ばした。

 女学生に組みつこうとしていた魔物は支えを失って地面を転がる。

 

 「はい、その隙いただき」

 

 チェックが大きめの爆炎を飛ばす。

 轟音と閃光。

 手ごたえはありだ。


 「ふぅ。やばそうな魔物だったけど、なんとかなったわね。ポーション飲んだばっかりなのにもうマナがカツカツよ。さ、早く星を回収してマルコたちと合流しないと」

 「やめて……来ないで……」

 「あら~、怯えちゃってかーわい」


 怯える女学生へ一歩一歩とチェックは距離を詰めていく。

 まだ混乱が解け切っていないのか女学生の怯え方は尋常じゃない。

 もしや、私に怯えてるのではない。

 そう思いチェックは振り返る。

 モンスターの亡骸があるはずの場所には漆黒の卵のようなものがあった。

 その卵が割れると中から覗く妖しげな瞳と目が合った。


 「うそでしょ。さっきので死んどきなさいよ」


 爆炎を連発するチェック。

 殻をぶち破り距離を詰めてくる魔物。

 降り注ぐ爆炎の雨をカエルのように跳ねながら躱していく。

 最後に大ジャンプでチェックの頭に飛び乗って、そこから勢いよく女学生目掛けて飛び掛かる。

 うげっ、という叫びと共に踏み台にされたチェックは倒れ込んだ。


 「来ないで……いやぁ」


 ドクロの魔物は女学生からカバンをひったくると、口を開けてその中に頭を突っ込んだ。


 「やめてよ。だめ」


 ドクロがカバンの中に顔を埋め、吸う。

 その間、どんどんカバンは膨れ上がる。

 ガシャっという声と共にドクロが顔を上げるとその中身が一気に外へ流れ出た。

 衣服や食料、日用品。

 薬品瓶に薬草に調薬道具の数々。

 明らかにカバンの体積を超えた物品が山のように吐き出された。


 「ああ……マナが抜けちゃった……」


 かけられた魔法が解けてしまったカバンはもうこれらの物を収納することはできないだろう。

 そのことを悟り女学生は絶望の表情を浮かべる。

 対照的に満足げな表情をしたドクロの魔物がゆっくりと女学生に近づく。

 ドクロの魔物は自身の影から例の触腕を伸ばし、振り上げる。


 殺される。

 女学生はそう思い目を瞑るが、その時はなかなか訪れない。

 ゆっくりと目を開くとそこには嬉しそうに自分に頬擦りする魔物の姿があった。


 「えっ、なに」

 「ガッシャシャ♪」


 一部始終を見ていたチェックが思わず声を上げる。


 「うそでしょ。あんな強力なモンスターをテイムしたとでもいうの」

 「テイム?」

 「そう調教(テイム)。モンスターを従魔にすること。てかあんた魔法学院の学生でしょ。そのくらい知っときなさいよ」


 女学生は思い浮かんだ疑問を素直に口に出した。


 「ということはこのモンスターは私の言うことを聞くの?」

 「当然でしょ。それより」


 女学生は答えを聞くとチェックの言葉を遮って命令を出す。


 「あそこの女をやっつけて」

 「ガシャ」

 「あんたなに言っちゃってんの! こんなところで死ぬのはごめんよ」


 散らばった女学生の荷物を漁っていたチェックは全速力で部屋の出口へ向かう。

 マナの尽きた彼女にもはや戦う力は残っていなかった。

 無情にもドクロの魔物に追いつかれ、触腕で片足を鷲掴みにされてしまう。

 そのまま持ち上げられて、逆さまでの宙吊りになる。

 ドクロの魔物と目が合う。チェックにはニタニタと笑っているように見えた。


 「いやああああぁあああぁぁ」

 

 ダンジョンに女冒険者の悲鳴が木霊した。

 

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