表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/95

48.四季土

 「ボスぅ、どお? 似合ってるでしょ」


 リマロンがジーンズ生地のオーバーオールに麦わら帽子のファッションでポーズを決めている。

 スケルトンの意志からの取引の品にあったものだ。

 彼女との取引で武器や防具が入手できると思っていたのだが、届いたほとんどは農具やそれに関連した品だった。

 受け取った直後は落胆したものの、冷静になって考えれば悪くない。

 ピッチホークは槍、フレイルは戦槌として問題なく代用できる上に、畑の手入れの質も向上する。

 早速ラビブリンたちに配って……っと、早くリマロンにリアクションしてあげないと文句を言われてしまうな。


 「やっと文明的な装いになったな」

 「そこは他にもっと感想あるでしょ。可愛いとか、美しいとか」

 「そういえば、フレイルを使ったチビキビの脱穀はうまくいったか」

 「わっ、流すんだ。ボス、イジワルモードだ」


 そんなやりとりをしていると冒険者が侵入していたときの異物感に襲われる。

 今日は誰がやっていきたのやら。

 確認すると大荷物を抱えた少年のエルフがいた。

 初めての来訪者であったあのエルフだ。

 

 そういえばリマロンと何か約束をしていたな。

 確か、忌土の問題を解決できる何かを探してくれていたのだったか。

 あの大荷物の中にその答えがあるはずだ。


 「どうやらあのエルフが戻ってきたようだ」

 「ホント? お迎えに行ってくるね」


 上機嫌で駆け出すリマロンを見て二つの事を思い出す。

 一つはリマロンと交わしたあのエルフをダンジョンに置くという約束。

 一つは師匠に告げられた冒険者は飼うなという忠告。


 二つの事象は背反している。

 困ったことになった。

 俺はどうすべきか必死に頭を回転させた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ここは畑部屋。

 エルフは小さな袋を取り出してリマロンになにやら説明してる。

 俺の知っている言語のはずなのに前回同様に内容は全く聞き取れない。

 このエルフ以外の冒険者の言葉も同様だ。

 これはダンジョンとしての性質なのだろうか。


 エルフは袋の中身を畑に撒いた。

 土だ。いや、大事なのは土の中にいるもののようだ。

 うねうねと蠢く長細い虫。ミミズだ。

 なるほど、ミミズは土をよくするとは聞いたことがある。

 しかしそれは忌土の性質を変える程の効果を持つものなのか、それは疑問である。

 

 「リマロン、ミミズが忌土の改善に効果的な理由を聞いてくれ」

 「んー、語ってくれてるんだけど、それがイマイチわかんないんだよね。小さな虫? みたいなのを食べてくれるみたいな」


 リマロンには少し難しい話だったらしい。

 しかし、説明を聞く必要はなくなった。

 ミミズが土に入った瞬間、劇的な変化が起こったからだ。

 ミミズが這いずった場所から土の色がどんどん明るくなっていく。

 なんと土が変異している。期待が高まる。


 【迷宮スキルを獲得しました】

 【春凛土(しゅんりんど)

 【ランクD】

 【魔力を帯びた褐色の土。配置した部屋の風のマナを少し高める。樹木を大きく育てる効果を持つ。】


 俺の期待は瞬時に萎み、新たに後悔が生まれる。

 どうしていきなり大きな畑でこんな行為許してしまったんだろう。

 王国ではともに暮らしていたと言えど、エルフは元は森の種族。

 ヒューマが畑に使う黒土より、森林を覆う褐色土を好むのは少し考えればわかることだった。

 褐色土は確かに栄養バランスがよい上に通気性、排水性、保水性にも優れ多くの樹木や草花を育てる優秀な土ではある。

 しかしマンドラゴラやポテージョのように利用部分が地中にある場合、柔らかい黒土の方が適している。

 確かに上質な土を手に入れたが、うちのマンドラゴラ畑で使う土としてはランクが下がったといってもよい。

 なにより一番大切な速育効果が失われている。


 この策は失敗だ。

 今から忌土を追加してもミミズに分解されてしまう。

 このままでは取り返しのつかないことになる。

 この変化が他の畑に波及すれば、マンドラゴラの速育環境が完全に崩壊してしまう。


 どうすればいい。考えろ。

 忌土がダメなら怖妖土を足すか。

 ダメだ、これもミミズに分解されて春凛土になってしまった。

 ん、待て。今、土が変異してスキルを獲得したよな。

 モンスタースキル以外でも変異は起こるのだな。

 となると、あれも可能か? いや失敗した時のリスクが高いが……。


 「どうしたのボス。いきなり慌ててスキル使ったりして。もしかして、これってまずいやつ?」


 そう、俺は一人ではない。

 相談してみよう。俺はこのままでは畑が劣化してしまうこと、今考えてる改善方法のことをリマロンに告げた。

 説明を受けると、彼女は悩む間もなくニヤリと笑い答えた。


 「いいんじゃない。3つもあるし1つくらい試してみても」

 「これから手に入らないかもしれない貴重なものだぞ。無駄に消費するだけになる可能性もある」

 「ボスがそれの使い方にいっぱい悩んでるの、私知ってるよ。でも、せっかくある力を全く使わないのは勿体ないじゃん。戦いだって近いんでしょ。使わずに腐らせるくらいならやってみようよ」


 その通りだ。ここでうじうじしていても悪い方にしか転がらない。

 試してみるか。ユニークモンスターならぬ、ユニーク資源の召喚を。

 遺志の使い方として助言者の説明にこんなのはなかった。

 しかし、モンスタースキルで出来ることが他の罠や装備、資源系のスキルで出来ない道理はない。

 事実たった今、土が変異を起こしたのだ。きっと出来る。


 俺は胸の中から光の玉となっている遺志を取り出すと迷宮スキルを注いでいく。

 速育効果のある【忌土】。この効果が一番大事だ。最初に注ごう。

 次に手に入れたばかりの【春凛土】。闇のマナを打ち消してできた土だ。どうか忌土の悪しき効果を消してくれ。

 最後にオリジナルスキルの【怖妖土】。これは使ってもなくならない。入れ得だろう。なによりこの中で最も強力な魔力を持つ土だ。新たに召喚する土の魔力を増幅させてくれるに違いない。


 遺志が光の渦に変化して眼前で暴れ回る。

 それがすぐに収まるとどさりと音を立てて、重量のあるなにかが地表を泳ぐミミズたちの上に多い被さった。


 【迷宮スキルを獲得しました】

 【四季土(しきつち)

 【ランクB】

 【植物や地中生物に大きな力を与える土。配置した部屋の土と風のマナを高める。マナのバランスの変化より成長速度に大きな影響を与える。】

 

 よし、できた。

 それは見るだけでわかるほど強力な魔力を宿す土だった。

 その色は黒とも赤ともどちらにも見える不思議な色合いだ。

 成功した。説明を見る限り速育効果も期待できそうだ。。


 「わあすごー。これが遺志を使ったボス資源? いや、ユニーク資源かぁ。あっ、でもユニーク資源ってことは、これって普通のソウルで召喚できないんじゃないの?」

 

 俺の馬鹿者。

 そうだよ。ユニークモンスターの再召喚には追加の遺志が必要。

 ならばユニーク資源にも、追加召喚には遺志が必要なのは道理。

 終わった。

 焦って冷静さを欠いた結果がこれだ。

 召喚した土は1面の畑の2割にも満たない量だ。

 たったこれだけの土じゃとてもカバーできない。

 取り返しのつかいないミス。これはもうどうしようもない……。


 失意の俺に笛の音が届く。

 少年エルフだ。狂ったように横笛を吹きながら踊っている。

 その音と共に畑に撒いたミミズが暴れ出す。

 俺の召喚した四季土に群がると四方へ散っていく。

 春凛土にかわっていた畑の土をさらに四季土に塗り替えていく。

 おお、俺の新たな土がどんどん広がっていく。

 あっという間にミミズたちは部屋中の畑を回り、気づけば全ての畑の土は四季土に置き換わっていた。


 少年の演奏が終わり、リマロンが拍手をする。

 

 「うんうん。すばらしー演奏だったよ。ボスのとっておきの土を増やしちゃうなんてやるねーおじさん。これでおじさんもうちのダンジョンの仲間入りだね……ってボス、なんでそんな顔してるの?」


 そうだ。早いうちに彼女には告げなければならない。

 時間を置けば置く程、この手の話はややこしくなる。

 俺はリマロンに師匠からの忠告を話した。

 冒険者は飼ってはならない。これは禁則事項だ。破ったらただでは済まないだろう。

 つまり、このエルフの少年をこのダンジョンに置いていくわけにはいかないのだ。


 「はぁ? それってエルフくんがここにいちゃダメってこと? 前に飼ってもいいって言ったじゃん」

 「あの時と状況が変わったんだ」

 「何も変わってないよ! エルフくんは私たちのために頑張ってくれたんだよ。それなのにこの仕打ちはないよ! この嘘つき! 頭でっかち! 割とおバカ! 私怒った! もうこんなダンジョン出てってやる! 行こう、おじさん」


 少年エルフの手を引きながらマロンは走り去ってしまった。

 よりにもよってダンジョンの外へ行ってしまった。

 

 今の俺が悪い。それ以上に間も悪かった。

 とはいえこれ以上この話を先延ばしにはできなかった。

 リマロンは完全に頭に血が昇っている。

 少し時間を置いてから改めて話さなくてはいけない。

 とはいえ、ダンジョンの外は流石にまずい。

 どうにかして連れ戻しにいきたいが、リマロンがいない今、俺までここを離れるわけにはいかない。

 一時の感情で死の危険を冒すわけにはいかない。

 ラビブリンを迎えに出すか……。


 いや、ダメだ。やはり俺が迎えに行くべきだ。

 今すぐにでもちゃんと話し合うべきだ。

 今は思いつかないが、話し合えばなにか打開策が見つかるかもしれない。

 そんな場面いままでもいくらでもあったはずだ。

 リマロンを追おう!

 でもそのためには最低限の守りは必要だ。


 行動は決まった。

 俺はあるモンスターの元へ急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ