47.ご近所付き合い
今日はダンジョンに冒険者が来ている。
といっても慌てはしない。
なぜなら既に何度か訪れている冒険者だからだ。
普通知らないダンジョンに迷い込いこめば、ほとんどの冒険者は入り口で引き返すだろう。
出来立てのダンジョンでの冒険はギルド規定に違反する。
そうでなくとも情報のないダンジョンへ侵入すること自体が、自殺に等しい行為ともいえるのだ。
それでも侵入するのはダンジョンを監視したいギルド側の人か、表では生きられない裏世界の住人か、はたまた本物の馬鹿かの3択であろう。
そして本物の馬鹿であると思われる新人2人はマンドラコッコと対峙していた。
以前そのモンスターに脅かされて逃げ帰ったあの人間男女の2人組だ。
監視者のパーティはともかく、こいつらはどうして何度も足を運んでくるんだ。
まさかとは思うがギルドの規定を知らないのだろうか。
初撃退後も何度かうちに訪れては追い返された2人。
今のところ武器の紛失などで確実に赤字のはずなのだが、その顔にはなぜか自信ありげな笑み。
何か攻略の秘策でもあるのだろうか。
子猿を肩に乗せた男が袋から何かをばら撒く。
マンドラコッコは撒かれたものを警戒したが、それは一瞬、すぐにそれを啄み始めた。
どうやら飼料用に乾燥させたトウモロコシのようだ。
毒殺でも狙っているのだろうか。
マンドラコッコは猛毒マンドラゴラを食べることで変異したモンスター。
ただの毒では効き目は薄いと思うが……。
女がゆっくりとコッコに近づき、屈むと手を差し伸べる。
いや違う。毒殺じゃない。これはテイムか。
うちのコッコを従魔化しようとしているのか。
しかし、そのテイマースキルは決して高いとは言えない。
見た目は鶏でもマンドラコッコはランクDモンスター。
あんなぎこちないテイムじゃ成功するわけ……。
マンドラコッコは嬉しそうに鳴きながら女冒険者の周りをまわっている。
信じられない。成功してしまっている。
そうか、コッコには人と共に生きてきた元家畜の血が流れている。
それでテイムへの耐性がかなり低いのか。ぬかった。
このまま連れていかれて大丈夫か。
こいつらをヤるか。どっちがリスクが高い?
思考がまとまらないうちに新人2組はテイムしたマンドラコッコを連れてダンジョンを去ってしまった。
目的はモンスターのテイムだったらしい。
まずいな。
ここが王国領の入り口に近いのであればほとんどの冒険者がテイム技能を持っていることになる。
マンドラコッコがテイムしやすいことが広まれば、当然試す冒険者も増えるだろう。
どうにか対策は考えておかないと。
しかし、悪いことばかりでもない。
コッコの変異種のテイム耐性が低いなら、その法則はコッコグリフも当てはまるはず。
コッコグリフの制御案は今の方向性で問題ないとわかった。
問題はテイマーになり得る存在が適性の低いリマロンくらいしかいないことか……。
ああ、こんなときに限ってまた来客だ。
冒険者か。道に迷った旅人か。
来訪者と目が合った。そう、こちらを認識している。
看守服に身を包んだ小柄な女性。
後ろには同じ看守服のスケルトンが2体控えている。
来訪者はその服装とは裏腹に柔和な笑みを湛えている。
「ふふ、遊びにきちゃった~」
そこにはおしとやかに手を振るスケルトンの意志がいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やだ~、全然気にしなくていいのよ。こう見えてお姉さんのダンジョンはすごいんだから。この程度問題じゃないわ~」
オリジンルームへ招き入れた俺はまず謝罪から入った。
師匠から言われていたダンジョン改築時の連絡をスケルトンの意志に取っていなかったのだ。
前回、敵対行動としてとられかねない行為を働いた手前、自分から顔を出すのが億劫だったのだ。
結果、ずるずると挨拶を先延ばしにしていた。
結局、相手が来る方になってしまったのは完全に俺が悪い。
もちろん、キノコ帝国の件などで忙しかったのもあるが、相手には関係ない話だろう。言い訳してもいい結果には転じない。
ここまで来られた以上、本気で攻められれば俺の命はない。せめて敵意がないことを示すために俺の心臓部であるオリジンルームへ招いたのだが、誠意は伝わっているだろうか。
「でも、これからは気をつけないとね~。1つのダンジョンの変化は周辺のダンジョンにも大きな影響があるの~。だから、冒険者の流れががらっと変わることもあるのよ。周囲へ相談なしに部屋の配置モンスターの強さを上げちゃったダンジョンが、攻略されちゃったなんて話、昔からよくあるのよね~」
特にここは上層だからそういう傾向が強いのだろう。
上層で死ぬ冒険者は少ない。なので、来訪数を増やしてソウルを得るというのが自然な発想だ。
師匠の言っていた協調して生きるというのは、それはそれで大変そうだと思った。
「ふふっ。ここがマンドラゴラちゃんのダンジョンね~。なに~この、放牧的っていうの? こういうのも素敵よね~」
穏やかな態度を見せるスケルトンの意志だが、その胸に秘める思いは必ずしも好意的とは限らない。
前回はこちらの武器を差し出すことで見逃してくれたが、ダンジョン改築の報告が遅れたこのタイミングで何らかの制裁を与えに来た可能性も十分ある。
せめて少しでも印象をよくするためにここはもてなしの準備を……。
「ほらほら、子どもが気を使わないの~。お姉さんは大丈夫だから」
ラビブリンへの命令を制されてしまった。
連れてきたお供スケルトンの1体が四つん這いになり、スケルトンの意志はその上に腰掛ける。
もう1体のお供スケルトンどこからともなく湯気の立つティーカップを取り出し、主へと差し出す。
スケルトンの意志はその匂いと味を満喫しながら、部屋を見渡していた。
完全にくつろいでいる。
本当になんできたんだ、この人。
まさか本当に遊びにきただけか。
そんなはずはあるまい。
早く来訪の目的を知りたいが……。
「ほら、以前戴いちゃったマンドラゴラ。あれがとってもよくってね。今日はもっと分けてもらえないかなっと思ってお願いにきたのよ~」
なるほど、先輩はうちの資源をご所望らしい。
しかし今はもうすぐ大規模な戦闘が始まる大切な時期だ。
もし大量にマンドラゴラを持っていかれれば、それが敗因になりかねない。
渡す作物はなるべく少量にしなければならない。
幸い、説得方法はすぐに思いついた。
先輩は俺の持つ資源の量ではなく質に注目している。
俺のダンジョンの将来性をアピールしよう。
今根こそぎ奪うより、定期的に奪う、もしくは育ってから奪う方がいいと相手に思わせよう。
そうなれば、とりあえずこの場で致命的な作物の流出は防げるはずだ。
「気に入って頂けて嬉しいです。もちろんお譲りします。ただ、俺の作物はマンドラゴラだけではない。例えば、こんなものもあるんですがどうですか?」
「これは……マコットンかしら。へぇ~いろいろと作ってるのね~」
「提案ですが畑を見学しませんか。スケルトンの意志さんが気に入る作物がもっと見つかるかもしれません」
俺は南の畑部屋にスケルトンの意志を案内した。
部屋の中ではリマロンがコッコグリフを調教中だったが、気にしないことにした。
戦力情報が抜かれたところで、元々勝ち目のない相手だからだ。
それよりも作戦成功のために作物の解説を頑張ろう。
「マンドラゴラちゃんって面白いのね。ソウルで生み出せるものをわざわざ育てて増やすなんて」
スケルトンの意志は一本のマンドラゴラを掴み、観察している。
当然マンドラゴラは叫んでいるが彼女には効いていない。攻撃性の低いアルト種とは言え至近距離で聞いて全く動じないのは流石歴戦のダンジョンといったところだろう。
「特にこれはすごいわ。全然マナが漏れてこないもの。前回頂いたのもよかったけど、これはうちの金細工師が泣いて喜びそうね。…………ねぇ、マンドラゴラちゃん。お姉さんと秘密の取引、しない?」
スケルトンの意志がいたずらな笑みを浮かべてウインクする。
「ホントは大人になる前のダンジョンにいろいろしてあげるのはご法度なんだけど~。でもお姉さん思うのよ~。施しじゃなくて正当な取引なら問題ないんじゃないかって。でも、外聞があまりよろしくないから、二人だけの秘密。どーお?」
「正当な取引ということは作物の代わりに何か頂けるのですか」
「当然だわ~。マンドラゴラちゃんは見たところ、あまり装備品って持ってないんじゃないかしら。ほしいでしょ。そ・う・び・ひ・ん」
願ってもない提案だ。
前々からの俺の弱点の一つだ。
一応、【シャベル】のおかげで小鬼型モンスターが素手で戦うような場面はなくなったが、武器のバリエーションはほしい。それ以上に防具はもっとほしい。現状、みすぼらしい藁製装備しかない。
思えば、彼女のダンジョンのモンスターは強力そうな武器を持っていた。
もしそれらが手に入るなら、仮に大量に作物を渡してもお釣りがくるのでは?
期待に胸が膨らむ。
「ふふふ。その顔は図星のようね。何か要望はあるかしら~」
「うちのラビブリン、あの2足の兎のような小鬼ですが、それに合わせたサイズをものを。質よりは量を揃えてもらえると助かる。あと、オーガサイズのモンスター用の武器が一振り」
「あらら、そんな大型モンスターいたかしら」
「うちのボスモンスターは第二形態があるので」
「ボスって、さっきから小っちゃいグリフォンを追い回してるあの子よね。へぇ~、ボスモンスターの変身はロマンがあるわね~」
「欲を言えば、ボスモンスターが身に着ける物なんかも頂けると助かります」
よし。作物売り込み作戦は見事成功したようだ。
いや、これは想定した以上の成果ではないか。
なにせ、これでちゃんとした武器や防具が手に入る。
このことには武力以外にも非常に大きな意味がある。
鬼や亜人系のモンスターは武器の習熟を条件に変異するケースがあるのだ。
ラビブリンの中からラビブリンファイターやラビブリンウォーリアーなどの前衛職の変異種が誕生する日も近いかもしれない。
その後、早速準備品の準備をするということでスケルトンの意志とは別れた。
作物はマンドラゴラは少なめ、他は多めに渡した。
互いにホクホク顔だった。
少し怖い人だと思っていたが、もしかするといい隣人になれるかもしれない。
そう思っていた矢先、後日ピッチフォークやフレイルなどの大量の農具の山が届いた。
確かに装備品と言う話で武器や防具とは言っていなかった。
これは私のためにたくさん作物を作れというスケルトンの意志のメッセージだろうか。
訂正しよう。スケルトンの意志はやはり怖い人のようだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「イワンくん。贈り物はこんなものでどうかしら~」
「ママ様。フツーに武器とかの方が喜ばれるじゃないですかね」
「でも~、あれだけの広い畑を道具なしは大変よ~」
「相手がサバイバル真っ只中のガキだって忘れてませんかねぇ……。暗にもっと作物作れって脅しにとられなきゃいいですが」




