46.フルーツバロメッツ
雄鶏コッコが悲し気に鳴いている。
それもそのはず、いつも彼を囲んでいた雌鶏コッコたちの姿は今はない。
彼女たちは少し離れたコッコグリフの元に集まっていた。
ほどんどのコッコは冒険者の通り道である放牧地に放してあるが、一部のコッコはオリジンルームに未だに住んでいる。リマロンの食べる卵を産む係のコッコや戦闘で功績のあるコッコたちだ。
その中でも最も古株のコッコ、第一波の戦いで唯一生存できたあのコッコは、そのコッコたちの群れの中でリーダーとして地位を確立していた。しかし、それはこの前までの話だ。今はコッコグリフにリーダーの座を奪われてしまった。
そんな古株コッコに助け舟を入れるようにリマロンがコッコグリフへと向かっていく。
「こらぁ、コッコグリフ。今から戦闘訓練だって言ったじゃん。カワイ子ちゃんたちとイチャイチャするのはあとにして! すぐにこっち来なさい」
コッコグリフは気だるげにケッっと鳴くと渋々動き始めた。
コッコグリフの制御には難儀していた。
陣地防衛ならともかく、攻めに使うにはもっと連携の精度を高める必要があった。
俺が指示を出せないのであれば、リマロンに出してもらえばいい。
そう思い彼女に調教させているのだが、あまりうまくいっていない。リマロンにはテイマーの才がないようだった。と言っても生前の俺よりは確実に上手だが。
もっと別の方法でコッコグリフを制御するしかなさそうだ。
師匠からの課題が進まないので、気分転換に作物の観察に行こうと思う。
決して、現実逃避ではない。
それに、とても気になっている植物があるのだ。
【マコットン】
【ランクD】
マコットンには綿の実が実っていた。
現状でそれらを加工技術も人手もない。
今はそれはいい。それは将来的に解決できる話だ。
今の問題はその実の一つがあまりに巨大化している件についてだ。
ここの畑は全て同じ条件で育てている。一体なにがこうさせたのだろうか。
今日はこの実の観察をして過ごそう。もしかしたら変異条件を解き明かす何かヒントがあるかもしれない。
俺はしばらく観察を続けた。
巨大化した実とそうでない実を比較し、実った周辺の葉や茎、巨大化していない植物の様子を入念に調べる。さらに土壌にムラはないか、周辺マナに澱みはないか、思いつく限り調べた。
……わからない。
それが結論だった。
答えをだすことを諦めた俺の思考は、実利面での活用法にシフトしかかっていた。
そんなときに事は起こった。
ぼとり、と実が地面に落ちたのだ。
綿にしては妙に重いなと訝しげに見つめていると、落ちた実から4つ足が生えて動き始めた。
四つ足の毛玉は歩き回る。
進路に回り込みのぞき込むとには顔があった。そこにあったのは羊のそれだった。
【迷宮スキルを獲得しました】
【フルーツバロメッツ】
【ランクD】
【マコットンの果実が魔物化した羊型モンスター。周囲のマコットンを守るように行動する。その毛は魔力を保持しやすい性質がある。】
思わぬタイミングで迷宮スキルを獲得できた。
しかも待望のモンスタースキルだ。
最近は変異はしてもスキルの獲得が出来ないケースが多ったので完全に油断していた。
新しく支配したモンスターを観察してみる。
羊のようだが普通の羊にしては少々体のバランスがおかしい。
本物に比べて体は小さく胴が短い。それに毛の量が非常に多い。
そんな体形のせいか横から見ても前から見ても丸っこい印象を受けた。
まだ幼獣なのかとも思い、試しに【フルーツバロメッツ】を使い2匹目を召喚してみる。
同じ姿だ。これで成獣らしい。
2匹の玉のような羊はマコットン畑の周りを時間をかけて回っている。
説明にもマコットンを守るとあったのでそのように行動しているのだろうか。
やがて1匹が隣のマポテージョ畑に入ってポテージョの葉を食み出した。
一斉に水球が飛んできて畑の外に弾き飛ばされる。
マポテージョは水魔法で外敵を撃退できる魔草だ。
バロメッツたちはポテージョに敵認定されてしまったらしい。
延々と飛んでくる水球に背を向けて逃げだしてしまった。
習性としてマコットンの一番近くの植物に攻撃したのだろうか。
召喚獣に生息域拡大を手伝わせるハイドラット草とシーフラットの関係に似ている。
あっちは召喚魔法でこっちは果実のモンスター化だから発生原理は異なるか。
名前からして、羊を生やす植物型モンスター・バロメッツの亜種だと思ったのだが、俺の知っているバロメッツと生態が全く違う。
そもそも本物のバロメッツは植物本体から羊部分を切り取ったら死んでしまう。
これは羊と植物の要素から知名度の高いバロメッツの名前を拝借した全く別のモンスターなのだろうな。
俺が熟考している間にバロメッツたちは部屋の外まで出てしまった。
いけない。向かったのは南のハイドラット草原だ。
運悪くサイズミンクに鉢合わせになればきっと美味しく狩られてしまう。
俺は隣の部屋に急いだ。
フルーツバロメッツたちはすぐに見つかった。
入り口付近で美味しそうに草を食べている。
見た目通り、草食動物のようだ。
そして、食べている草は憎きシーフラットを召喚するあのハイドラット草だった。
俺の脳裏に電撃が走る。
ひょっとしてこれは害獣対策になるのでは?
いままでハイドラット草自体を駆除する策は行ったことはあった。
しかし、あまり効果的ではなかった。
理由は人員都合で継続的な作戦の続行ができなかったためだ。
一度草を除去しても、数日も経つとすぐに元通りとなる。
また除去しすぎるとサイズミンクの食べるラットが減ってこちらへの襲撃頻度が上がる可能性があった。
全力の戦闘となればラビブリンたちに犠牲者が出てしまうかもしれない。
そういう経緯で草ではなくラット側を対策するようにシフトしていった。
しかし、フルーツバロメッツなら飼うだけで継続的なハイドラット草の除去ができる。
すごい勢いで草を平らげていく玉羊たちを見ながら俺はそう思った。
「ボスぅ? なにそのカワイ子ちゃんたちは」
リマロンがいつの間にやらやってきていた。
コッコグリフの戦闘訓練はやはりうまくいかなかったらしい。
「マコットンの果実が変異したモンスターだ。スキルも手に入れた。戦闘面ではあまり期待してないが見ての通り、資源的な価値はある」
モンスター説明に毛の記述があった。もしかすると普通のマコットンのよりも上質な綿毛が取れるかもしれない。将来的に加工技術を磨けば、いきなり上質な道具を作ることも可能になるだろう。
「そうだね。じゅるり」
じゅるり?
「とっても美味しそう。羊肉ってマンドラゴラと合うのかな。ねぇ、スキル獲得記念でパーティしようよ。うん、それがいい。そうと決まればみんな集めないと! コブン共、宴の時間だー!」
走り去ってしまった。
どうやらリマロンとは見解の相違があるようだ。
しかし、まぁ……たまには英気を養わせることも必要か。
敵ダンジョンとの本格的な攻防はまだだが、もうすぐ始まるのは確かだ。
急な戦闘でもはりきって戦ってもらうためにも、士気を高めるのも大事なことだろう。
というわけで可哀想ではあるが、1匹は今日の宴の主役になってもらおう。
自然発生の種とスキル召喚の種でなにか違いがあるかもしれない。
スキルによる召喚はいつでもできるので、後から生み出した方を振舞うことにしよう。
巨大シャベルを担いで戻ってきたリマロンは最高の笑みを浮かべていた。
「ボス、ありがとね。キノコさんの件で私もコブンたちにいろいろしてあげなきゃなーって思ってたところなの。サイコーのプレゼントだよ」
偽りの空から夕陽が沈む頃、俺のダンジョンにはマンドラゴラの悲鳴とラビブリンの歓声が響き渡っていた。




