45.キノコ地下帝国
「スカルバケマッシュが蟻塚を占拠してて、キノコ地下帝国の建国を宣言してるの」
リマロンの発言に俺は頭を抱える。
次から次へと問題が起こりすぎだ。
リマロンに詳しく説明を求めたところ、事のあらましはこうだ。
リマロンに子分がいることに嫉妬したスカルバケマッシュは蟻塚に辿り着いた。
蟻塚にはファイアアントたちが食糧になるキノコを栽培しながら暮らしていた。
スカルバケマッシュはそこへ忍び込むと、なんと怖妖土を持ち込んでキノコをモンスター化させてしまった。
そのままキノコのモンスターたちを率いてファイアアントを制圧。
現在はファイアアントを使役してキノコのコロニーを形成しているらしい。
つまり蟻塚を乗っ取ってしまったと言うことか。
まさか本当に配下を獲得してしまうとは思っていなかった。
ただ、あの暴れん坊が自分のテリトリーを作ってくれたことには少し安心している。
ただ、一番大事なことはそこではない。
俺は一番大事なことを確認した。
「それで仲直りできたのか」
「キノコたちが邪魔で会いに行けてないの」
それはいけない。
奴が家を持ったのは別にいいが、闇のマナを吸いに来ないのはまずい。
「俺も一緒に行くから仲直りにいくぞ」
「いいの?」
「忌土の代替がみつからない今、奴と不仲な状況は最優先の解決事項だ。それに他の用事もある。準備が出来たらすぐに出発する」
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準備を済ませ蟻塚へ向かう途中、リマロンが文句を言ってくる。
「ねぇ、これホントに必要? 重いんだけど」
「必要だ」
「じゃあ運ぶの手伝ってよ」
リマロンが引いているのはモストータスの甲羅で作った大きな器だ。
チビキビの藁はロープを作るのに向かない。
太くて切れやすいので力の入れ方にかなりコツがいるそうだ。
「手伝いたいがこの体じゃ出来ない」
「女の子にこんな仕事させて恥ずかしくないの」
「このダンジョンで最も力持ちなのはおまえだ。的確な人選だと思うが」
そんなやりとりをしながら蟻塚までやってきた。
久々にやってきた蟻塚周辺は不気味なほどに静まり返っていた。
火彩岩で出来た巨大な蟻塚はどことなく寂れた印象を受ける。
最後に来たときはファイアアントの姿があちこちにあって、蟻塚自体も火のマナで溢れていた。
今は蟻の気配も火のマナも感じない。そのことが既にこの地の支配者が変わってしまったことを証明していた。
「じゃあ、入るか」
「入りたいけど……お出迎えがきちゃったね」
地中から何かが生えてきた。
なんと形容すればよいだろうか。
焼き爛れた赤子の手。もしくは丸みを帯びた炎。
その手が次から次へと地中から這い出てくる。
なかなかに不気味な光景だった。
【フレアバケマッシュ】
【ランクD+】
「リマロン、絶対に捕まるなよ」
「うん。前にやられたから知ってる。とっても痛かったんだから」
これは危険なモンスターが現れたものだ。
バケマッシュの中でもその危険性から有名な種だ。
洞窟を照らすキノコとして有名なタイマツダケがモンスター化するとこの炎の手のようなモンスターになる。
このモンスターは掴むくらいしか攻撃法はない。
耐久力もさほどない。よって、基礎の攻撃魔法が使える者なら簡単に倒せるだろう。
では何故危険かと言われるとその強すぎる毒性のためだ。
皮膚に触れただけで中毒を起こす程強力なのだ。
さらに火魔法によって体に炎を纏うことも出来て、装備や皮膚を焼いて体の内側に毒を注入してくる。
そうなれば大抵の生き物は助からない。
リマロンは特異の大地治癒で治療できたようだが、毒耐性もちのランク上のモンスターを侵す程強力な毒という見方もできる。
「いいか。そいつらを絶対に倒すなよ。今回の目的はスカルバケマッシュとの和解だ」
「わかってるけど……ほっ。こんなのどうすれば……ひょい。わかんないよ、はっ」
リマロンは飛び跳ねて朱色の手を躱すが、着地先にすぐに新手が生えてくる。
炎を纏っていないことが幸いしてかすった程度ではダメージはなさそうだ。
しかし、このまま飛び続けたらスタミナが持たない。
ホントはスカルバケマッシュ用だったのだが、使うなら今だ。
「リマロン、甲羅をひっくり返せ」
「りょーかい!」
リマロンは持って生きていたモストータスの甲羅で作った器の中身をぶちまけた。
中にあったのは新鮮な怖妖土だ。
仲直りの品として用意していたものだったが、この状況を変えるにはこれしかない。
朱色の手が一斉に土に群がった。我先にと土からエネルギーを吸っているようだ。
よく観察するとフレアバケマッシュたちはかなり弱っているように見えた。
そうか。火のマナが足りてないのか。
俺は【火彩岩】を使う。
先ほどよりすごい勢いでフレアバケマッシュが飛びついた。
根元を岩に移して空に向かって伸びる。俺の召喚した岩は無数に手が生えた不気味なオブジェに早変わりした。
フレアバケマッシュたちにうっすらと火が灯る。
もしかしてマナが枯渇する寸前だったのではないだろうか。
気付くと蟻塚の中から笠付きドクロが顔を覗かせる。
スカルバケマッシュだ。
するとリマロンは怒声を上げながら蟻塚へ突っ込んでいく。
「こらぁ! コブンのお世話ぜんぜんしてないでしょ。こき使うだけじゃなくてちゃんとご褒美も上げなきゃダメだよぉ」
そのまま蟻塚の奥へ消えていく2匹。
仲直りにきたのに新たに喧嘩を吹っ掛けてどうする。
ボスモンスターとしての矜持があるのは理解できるが、それを心が未熟なスカルバケマッシュに説いて果たしてわかってくれるのか。それはわからないが、不思議と心配はない。
彼女ならなんとかしてくる、そんな気持ちが湧いていた。
しばらくして2匹が出てきた。
火彩岩からマナを吸うキノコの魔物を眺める時間は思ったより有意義だった。
顔がないモンスターでも動きだけでこれだけ感情表現が出来るのか。
さて、2匹だが双方笑顔だ。
無事、仲直りできたらしい。
スカルバケマッシュはこのまま蟻塚に暮らすそうだ。
リマロンは火彩岩を定期的に供給する代わりに、闇のマナを吸いにきてもらう約束を取り付けてくれた。
さらに隠しトンネルの許可も貰い、無事に完成させることができた。
また蟻塚に行きやすいように畑部屋と蟻塚部屋の壁に穴を開けて繋げた。
こうしてスカルバケマッシュは独立(?)し、キノコ地下帝国との付き合いが始まるのだった。




