44.コッコグリフ
「君に足りないのは防衛力じゃなくて攻撃力。私からはそんな君にぴったりなモンスターをプレゼントしよう」
先ほど師弟関係を結んだグリフォンの意志から提案を受ける。
「どんなモンスターをくれるんだ」
「それはわからない。なにせ今から作るからね」
グリフォンの意志の掌から光の球が現れた。
「これを使う。ボスモンスターを持つ君ならその価値がよくわかるはずだ」
ダンジョンの遺志。攻略されたダンジョンの核だったものだ。
現状で3つ持っているが、これはダンジョンを攻略した時にしか手に入れることはできない。
機会は今後どんどん少なることを考えると、入手の機会は逃したくない。
「使用方法は既存モンスターの強化。強化するモンスターは君のモンスターの中から変異を起こしそうな個体をこちらで選ばせてもらう。私なら、敵ダンジョン攻略に便利なモンスターへの変異を引き当てることができる。それで出来あがったモンスターを君に授けよう」
「それは非常にありがたい。もちろん頂くことにする」
ベースとなるのは俺のモンスターなので授けるという表現に引っかかりを覚えるが、それを口にするのは野暮だろう。
「いい返事だ。ではモンスターを選ばせてもらう。この部屋だけのでいいからコッコを集めてくれないか。私と相性がよさそうなモンスターだ」
俺は部屋中のコッコに集まるように指示を出す。
「ふむふむ。既に面白い変異種が混ざってるね。でも、一度変異した種は変異の方向性が決まってしまっているから、今回は原種の中から選ばせてもらおう。……うーん……よし、君に決めた」
グリフォンの意志は最も大きな雄鶏のコッコを抱え上げる。
第一波から生きている古参の雄鶏ではなく、卵から育った2世コッコの若い雄鶏だ。
「ではこの子に遺志を与えよう。遺志本来の力は抑えて、私の力を多めに注ぐ。さあ、力を得たまえ」
コッコ眩しいほどの輝きを放ちながら宙に浮かぶと、その輪郭を変えていく。
「見込み通り、変異に至った。さぁ、どんなモンスターになるかな」
グリフォンの意志が目を輝かせて呟く。
光が収まり、コッコだったモンスターはその4つ足ですらりと着地する。
正面からみると一回り大きなコッコにしか見えない。
しかし、横から見ると尾羽のある位置に猫の胴が伸びている。
上半身は鶏、下半身は猫。言うならば小型のグリフォンのようなモンスターがそこにいた。
【コッコグリフ】
【ランクC-】
「あぁ、おしい。ランクCに乗ってしまったか。とはいえ成功だ。攻撃向きのモンスターができたな」
「……師匠。質問がある」
「なんだい?」
「本当にこいつ1匹で攻撃力の強化に繋がるのか? その割に随分と小柄なモンスターだが」
「小柄だからあたりなんだよ」
ボス曰く、大型のモンスターは侵入できない地形も多くダンジョン攻略には不向きらしい。
猛攻を潜り抜け敵陣に穴を開ける攻めの起点。
強固な防衛機構と連続で戦うダンジョン同士の戦闘にはそういう役割のモンスターがいるととても役立つそうだ。
小柄で素早く火力がある、全ての条件を満たしたモンスターであるこのコッコグリフはその役割を担ってくれるとのことだった。
「もう一つ、質問がある」
「なんだい?」
「迷宮スキルが手に入らないんだが」
「それはそうだろう。プレゼントするのはモンスターだといっただろう。この子のスキルに関しては変異を起こした私がもらったよ。今回の授業料としては妥当なところだろう」
「いや、命令できない認知もしない高ランクモンスターをどうやって制御すれば……。攻めの起点にするのであれば敵陣に適当に放って終わりじゃダメだろう。スキルによる支配がないとその運用が出来ないじゃないか」
「そこは君のダンジョン運営の手腕に期待だな。今だってスキルなしのモンスターを好き好んで保護してるじゃないか」
「いや、確かにそうだが」
「まさかただで遺志なんて貴重な代物もらえると思ったんじゃないだろうね。課題の追加だよ。スキルなしでこのモンスターを御してみなさい。さすればこのレース、問題なく勝てるよ。では健闘を祈る」
グリフォンの意思はウッホグリフのラファエルにお姫様だっこをされると逃げるようにダンジョンを後にした。
騙された。師匠よ、やってくれたな。
グリフォンの意思は狙ってとこんな状況を作ったことは明らかだった。
今思うと隠し通路増設は課題としては甘いように感じる。
本当の課題はこのモンスターの手綱を握ることということなのだろう。
まんまと彼女の思惑に乗せられてしまったようだ。
「ああ、最後に言い忘れだ。絶対に禁則事項は破るなよ。特に冒険者を飼うのは絶対にダメだ。師匠との約束だぞ」
師匠が戻ってきて一言いうとまた消えていった。
ダンジョンに禁則事項なんてあったのか。次に助言者がくるタイミングで詳しく聞かないとな。
「クコケッケー」
とりあえず、禁則事項は後回し。
なにはともあれ、今はコッコグリフだ。
コッコグリフのランクはC-。
鶏と猫を合わせた姿は一見可愛らしくも見えるが、あのスカルバケマッシュと同格の強力なモンスターだ。
目を離した隙にコッコたちをいじめないでくれよと祈りながら、凛々しく鳴くコッコグリフを後に俺はリマロンを探しにいった。
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「もう! どうしてそんな面白そうなイベントに呼んでくれなかったの!」
リマロンはグリフォンの意志と会えなかったことに腹を立てている。
「改築時にダンジョン回ったので会えると思っていた。おまえこそ、どこにいたんだ」
「蟻塚でいろいろ……って、おお! 変異したコッコってこの子? かわいい!」
リマロンは目を輝かせてコッコグリフを指指す。
コッコグリフは部屋中の雌鶏コッコを周りに侍らせていた。
他の雄鶏コッコは隅に追いやられている。そうとう女好きの性格のようだ。
気高き獅子がやるならば絵になるが、コッコ頭だとなんだか微笑ましく見えてしまう。
コッコグリフはリマロンに気付くと翼を広げ、前足を上げて威嚇する。
クコケッケーと鋭い鳴き声。
どうやらリマロンに対抗しているようだ。
「ふーん。そういう態度とるんだー。いままでお世話してあげたのは誰だったか、身体で思い出してもらおうかな」
リマロンの体は膨れ上がり獣鬼の姿に変貌する。
コッコグリフは先程とは打って変わり姿勢を低くリマロンを睨めつけている。
恐怖で縮こまったわけではない。いつでも飛び掛かれる臨戦態勢だ。
その鋭い眼光はまさしくグリフォンのものだった。
睨み合いで部屋の空気が張り詰める。
時が止まったと錯覚してしまいそうだ。
その静寂を先に打ち破ったのはコッコグリフ。
リマロンに猛スピードで飛び掛かる。
彼女の周りに土埃が舞う。
その体躯から信じられない威力の突撃だ。
しかしリマロンは片腕でそれを受け止めた。
どうやら衝撃は大地に逃がしたようだ。
防御に使った剛腕を振るってコッコグリフを地面に叩き落す。
コッコグリフは猫のような身のこなしで衝撃を殺すとリマロンに向き直る。
勝負は決した。
コッコグリフは臨戦態勢は解かないもののその瞳には戦意が失せている。
ランクC-とC+。その格の差を思い知ったようだ。
今回の一戦でリマロンの実力は分かってくれたと思うのだが……。
「リマロン、ここは冒険者が来る部屋だ。コッコグリフを畑部屋に移動させたいんだがお願いできるか」
「はむはむ。オーケイ。言ってみるよ」
マンドラゴラを齧りながら獣人の姿に戻ったリマロンは小さなグリフォンに指示を出す。
ケッ、とそっけなく鳴くとコッコグリフは渋々といった態度で隠しトンネルへ潜っていった。
「うーん。聞いてくれたけどカンジ悪いね。どうしてだろ」
「コッコグリフはグリフォンの仲間らしい。プライドが高く気難しい性格もグリフォン似なのかもしれないな」
「ボスみたいなカンジ?」
「ん? 俺は気難しくないだろう」
「あーあ、自覚ないんだ……」
リマロンの意見は心外だが、ともかく指定した部屋への誘致には成功した。
スカルバケマッシュが見つからない今、とりあえず害獣から畑を守ってもらおう。
大改築の結果、サイズミンク、シーフラットに加えてティアスパローもこちらから襲ってくるはず。
ランクC-のコッコグリフは貴重な戦力。遊ばせるにはもったいない。
スキルによる命令が出来なくてもこの程度の運用は出来る。
しかし、攻めの運用方法は早いうちに何とかせねば。
「それで聞きそびれたが蟻塚でなにかあったのか」
「あ! そうなんだよ。ちょっとまずいことになっちゃってるんです……」
リマロンが視線をそらしながら気まずそうに言う。
「スカルバケマッシュが蟻塚を占拠してて、キノコ地下帝国の建国を宣言してるの」




