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41.笛吹きのエルフ

 先輩ダンジョンとの遭遇以降、俺はダンジョンの外へ一切出ていない。

 さらに他のモンスターも出すことはなかった。ああいう危ないことは前回で懲りた。

 監視のラビブリンたちからは連絡はない。

 つまり、敵ダンジョンのモンスターも冒険者もいずれの襲撃もない。

 

 だからといってダンジョンが平和かどうかはまた別の話だ。

 ダンジョン内でも問題は続々起こるのだ。

 最近害獣の動向としてサイズミンクとティアスパローに変化があった。

 サイズミンクの襲撃回数は減った。これはスカルバケマッシュが派手に暴れたおかげだと思う。

 これ単体では間違いなくいいニュースだ。

 その代わりに対策後減少傾向だったはずのティアスパローの襲撃がここにきてまた増え始めてしまった。

 原因は調査中。

 この間シーフラットの行動パターンを割り出しばかりだというのに。

 またモンスターの巣に張り付いて観察し続ける日々が始まるのか。


 いや、そんなことより大きな問題が1つある。

 昨日からスカルバケマッシュが最近姿を消してしまった。

 原因はリマロンとの喧嘩らしい。

 どうやら、リマロンに子分のラビブリンがいることに嫉妬したらしく、自分も子分を作るんだと言って蟻塚方面に去っていったという。

 忌土に頼らない農法は未だに案すら思いついていない。

 さらに最初に挙げたサイズミンクにこのことを察知されれば襲撃頻度が元に戻る可能性もある。

  短期間の家出なら結構だが、長期間空けられると闇のマナの汚染対策、畑の防衛の面でまずいことになる。


 さてと、なにから手をつけるべきか。

 優先度の高いバケマッシュ問題はリマロンが責任を感じているらしく、既に行動を始めていた。

 それを手伝うというのもありだが、ここは彼女に任せてみよう。

 どの道、俺では支配外のモンスターにコミュニケーション能力を取るのが難しいのであまり役に立てないだろう。

 では俺はティアスパローのところへ行くか。あまり気が進まないが。


 濁流河川へ向かっていると体に異物が入ったかのような違和感を覚える。

 俺はダンジョンとしての本能で直感した。

 冒険者が入ってきたのだと。

 俺は急いで感の働く部屋へと急いだ。


 入ってきたのは北の入り口からだった。

 冒険者はそのまま入り口の部屋、つまりコッコの放牧地にいる。

 スケルトン地下牢から流れてきたということか。


 入ってきた冒険者はエルフの少年だった。

 旅人装束に近い姿だ。マントを始めとした装備の数々に年季を感じる。

 古くも上質。おおよそ父親に譲ってもらったものだろう。

 少年のエルフの顔色は優れず、多少ふら付いているようにも見える。

 ダンジョン探索に十分な体力があるとは思えない。


 ギルドから派遣された監視者ではないな。

 状況的に道に迷った旅人ということろか。

 世界迷宮(ワールドダンジョン)には冒険者以外に旅人や商人が道として使うことがある。

 危険と思うかもしれないが、上層のダンジョンにはモンスターも罠も弱く地上の街道よりモンスターに襲われにくいルートがあったりする。しかし、そこはダンジョン。急に道が変わることもある。そんな不幸に見舞われればこのようなことも容易に起こる。

 しかし、それにしては旅人にしては幼すぎる気もする。

 マカタにいたエルフたちは長寿だが幼少期はヒューマと同じように成長していたと思う。

 年齢は見た目通りのはずだ。旅人、もしくは商人の保護者とはぐれた子供……これが一番しっくりくるな。

 

 俺はしばらくエルフを観察することにした。

 今のダンジョンが人の目にどのように映るのか気になったのだ。

 少年は放牧されたコッコたちに気付くと、黄色味を帯びた鉈を抜いたが襲われないとわかるとゆっくりと腰に戻した。

 警戒しつつもシロヒカリゴケがむせる岩に腰掛けると、少年は死んだような瞳でコッコたちを眺め始めた。

 その姿に仕事にくたびれて愛玩動物に癒される中年男性を幻視する。

 疲労困憊で空腹状態。

 そのような表情を浮かべるのに違和感のないシチュエーションのはずなのに、なぜか引っ掛かりを覚えた。


 しばらくした後少年は横笛を取り出し演奏し始めた。

 死にそうな表情とは裏腹に素朴で落ち着きのあるメロディが奏でられる。

 同室のコッコたちもその音色に聞き入っているようだ。

 

 演奏が終わると、なんとコッコたちが少年の前に集まり出した。

 コッコたちが彼の座る岩を囲んで回る。

 その後、一斉にコッコがはけると、いくつかの卵が置かれていた。


 すごいテイム技術だ。

 王国にモンスターテイムの技術を広めた種族だけあって、他の生き物と心を通わせる術にエルフは長けている。とはいえ一般的な餌付けや戦闘などの方法ではなく、まさか音楽でモンスターの心を開いてしまうとは。

 これだけ鮮やかに複数の野生モンスターと交流できるその手腕は専業テイマーと遜色ないレベルだろう。

 この少年は何者なのだろうか。


 少年は戦利品の卵を一つとると殻を割ってその中身を啜る。

 よっぽど、お腹がすいていたのだろうか。

 満足げな表情だ。そして、少年は泡を吹いて倒れた。

 放牧地にはコッコと混じって変異種のマンドラコッコもいる。

 運悪く猛毒の卵に当たってしまったのだろう。


 俺はすぐにリマロンを呼んで治療させる。

 このエルフ、ダンジョンとしてはこのまま見殺しにしてソウルを奪うのが正解の行動だろうが、さきほどの演奏のお礼だ。1回は助けてやろう。

 そうだ、より多くの冒険者に訪れてもらうために今は生かして帰して知名度を得ることにしよう。

 そんな辻褄合わせの作戦を考えて一人で納得する。完全に自己満足だが大義名分はあった方がいいはずだ。


 リマロンの大地治癒(アースヒール)はよく効いた。

 すぐに少年は目を覚まし、リマロンになにかを話している。

 なぜか、少年の言葉が聞き取れなかった。

 リマロンとは普通に話しているため、同じ言葉を話しているはずなのだが。

 思えば少年も俺の言葉が届いていないようだし、俺の姿も見えていないようだ。

 久々に半透明の体だったことを思い出す。

 しょうがないので、このままリマロンに相手させよう。

 

 食事を振舞うリマロン。

 マンドラゴラのポイズンダガーソース和えなどを出そうとしたので、ポテージョとヨモギーのような薬草にするように指示した。それを食べれるのはおまえたちラビブリンくらいのものだという認識をもってほしい。


 何かについて熱弁する少年に受け答えをするリマロン。

 施しに対する感謝からの質問攻めだろう。

 彼女が回答する度に、少年は大きく反応した。

 少年の振る舞いはオーバーアクション気味だが、どこか品と知性を感じさせるものだった。

 装備品も質がいいし、いい家の生まれなのだろう。

 気をよくしたのか、隠し穴からオリジンルームへ招待しようとしているのを見て俺は必死に彼女を止める。

 いくら何でも、チョロすぎるだろう。


 「でもこのエルフのおじさん、めっちゃいろいろ知っているよ。畑のことを言ったら世話になったお礼に見ていろいろ教えてくれるって。道具や技術は取れる時に取っとけ的なコト、言ってたじゃん。チャンスでしょこれ」


 意外というと失礼だがリマロンはしっかりと打算をもっての対応のようだ。

 というかおじさん呼ばわりはないんじゃないか。

 確かにおまえは生後1年未満だから、子どもとおじさんくらいの年の差はあるのはわかるが。


 まぁ……こういうことは前向きに考えよう。

 子どもの知識と言えど、忌土の代替案のヒントをもらえるかもしれない。

 彼はかつて自然と共に生きていた種族のエルフなのだ。俺やリマロンでは見えてこない視点を持っていることを期待しよう。

 まぁ、ダンジョンの秘密を知ってしまったら、手荒な方法ではあるがソウルに変えてしまえばいいだろう。

 俺はオリジンルームへの侵入を許可した。


 少年は俺の畑を見て絶句する。

 死んだ瞳で畑を見つめている。

 食事後はいきいきした瞳だったのに逆戻りだ。それだけひどい状態だったのだろう。

 リマロンへ何か早口に捲し立てると、すごいスピードでダンジョンを後にしてしまった。

 ……しまった。普通に逃がしてしまった。まぁ殺す必要があるほどの情報は抜かれていないだろう。

 

 「なんか畑をよくするためのいろいろをとってくるから行ってくるって」


 忌土を改良してくれるということか。

 それは嬉しいが……イマイチ信用しきれない。

 子供の言うことだというのもあるが、あのエルフには不審な点が多すぎる。

 戻った時に冒険者をぞろぞろ引き連れてなきゃいいが……。

 念のために、放牧地の隠し穴の位置を変えておこう。


 「ねぇボス」


 上目遣いでリマロンが話す。

 マンドラゴラが欲しい時によくこのねだり方をする。

 何のお願いだろうか。


 「あのおじさん、うちで飼っていい? ちゃんとお世話するから」


 とんでもないことを言い出した。

 

 「どうしてだ」

 「おじさん、おうちに帰れなくなってずっとダンジョンを回ってるんだって。自分でおうちを作ってもすぐにモンスターに壊されるって」


 やはり迷子で遭難か。俺の予想は大枠で当たっていたようだ。しかし、ずっとか…。

 これは保護者とは死別の線も出てきたな。

 たとえここが上層でも何も知らない状態から世界迷宮自体の出口を見つけることは素人には難しい。

 そうなれば自力での脱出を諦め救助を待つのが定石だが、少年は経験不足から歩き回ってしまったのだろう。きっとそうだ。


 「ほら、エルフの知識もダンジョンの力になると思うし……ね。どう?」

 「本当の理由は?」

 「え?」

 「それは建前だろう。態度で何となく分かる。本当の理由は俺には言えないものなのか」

 「うぅ……」


 リマロンが言いよどむ。そして、恐る恐る続きを口にした。


 「私、友達が……ほしいの! だって、ボスはボスだし、コブン共はコブンだし、スカルバケマッシュは頭バケマッシュじゃん! もちろんキノコさんは友達だよ。遊んでて楽しいけど、でもちょっと違うの。ボス以外でいっぱいおしゃべりができたの、はじめてだったの」


 確かに彼女と対等な立場の者がこのダンジョンにはいない。

 それはダンジョン運営上の問題として少し前から思っていた。

 最近はスカルバケマッシュがいたおかげで彼女の話し相手は増えた。

 だが、あの化け茸は精神年齢が幼児並みなので、友達というよりお世話してると言った方がいい。

 そのことが逆に友達を欲する原因になったともいえるかもしれない。

 そんなところに、まともに話せる俺以外の相手が現れて、その人のことが気になってしまったわけだ。


 確かに話し相手がいないのも辛いだろう。

 俺も現状がそうだ。リマロン以外の話し相手もほしい。

 まあ、あのエルフと俺は話すことは出来ないが。


 「いいんじゃないか。ただ、対等な友達に飼う発言はどうかと思うぞ」

 「いいの? やったー。ボスってば、話分かるー」

 「いいか。友達といえど最低限の礼儀は必要だ。その辺りの事は俺が教えてやろう」

 「あ、遠慮しときます。だってボスはボスだし……」


 冒険者を食い物にするダンジョンとして間違っている気もするが、ぴょこぴょこ跳ねて喜ぶ兎耳の少女を眺めているとそんなことはどうでもよく感じるのであった。

 

 

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