4.ホーンラビット
俺は東の出口から調べることに決めた。
マンドラゴラに指示を出し、先を歩かせる。
前例と同じくマンドラゴラが通過すると視界が開ける。
中にいたのはモンスターが2種類。
そして、それぞれのモンスターの後ろに白い人影。
モンスター同士の死闘が繰り広げていた。
【ゴブリン】
【ランクD-】
【こん棒】
【ランクE】
【ホーンラビット】
【ランクE】
こん棒を持ったゴブリン1匹を、ホーンラビットは5羽で囲んでいる。
ゴブリンは肩で息をして、ふらつきながらも立っている。
身体に傷も多く、血まみれだ。
それでも、戦況はゴブリン優勢だ。
なぜなら、5羽のホーンラビットの内、動いているのは2羽しかいない。
3羽はすでに息絶えているのであろう。
ホーンラビットの側の人影は怯えるように震え、ゴブリン側の人影は興奮した様子でゴブリンに指示を出しているように見える。
満身創痍で戦闘態勢をギリギリ保っているゴブリン。
反撃を恐れ攻めに転じられないホーンラビット。
その膠着を破ったのは、どちらのモンスターでもなかった。
「…ァアアァァァァア、ァ、アァァァアア」
マンドラゴラの悲鳴だ。
頭を大きく震わした後、ゴブリンは奇声を上げながら崩れ倒れた。
ホーンラビットは2羽とも仰向けに転がる。
人影の一つは潰れて消えて、もう一つの人影は弾き飛ばされ姿を消した。
【迷宮スキルを獲得しました。】
【ホーンラビット】
【ランクE】
【角の生えたウサギ。不意の突進に注意。】
あっと言う間の出来事だった。
脳内に例の言葉が焼き付いたところで、部屋は静寂を迎える。
マンドラゴラも力尽きていた。
短時間だったが得られた情報量は多い。
謎の人影モンスターは仲間意識が低いことが判明した。
さらに個体ごとに使役できるモンスターが違うようだ。
身の安全を考えると、漁夫の利で倒せた成果は大きい。
特にゴブリン。奴等は好戦的でずる賢く邪悪な小鬼のモンスターだ。
ダンジョンではそういうモンスターほど敵に回したくない。
マンドラゴラは叫び終えると倒れてしまった。
予想はしていたが、思ったよりずっと早い。
また召喚できるとは思うが、少なくとも探索のために召喚するには魔力が勿体ないと俺は判断した。
部屋を探索してみる。
床の石材の隙間から草が生えている程度で何もない部屋だった。
そして部屋には先があった。南側に続く出口だ。
ゴブリンを従えていた人影が飛ばされていった方向と一致する。
壁にぶつかって潰れたと思っていたが、この出口の先で生きているかもしれない。
出口は例の黒い塊が塞いでいるので、進むことはできない。
あの人影の反撃を考えると、このままここにいるのは危険だ。
そう考えた俺は1つ前の部屋に戻った。
コッコの死体がたくさん転がっている。
西の出口を探索したいが、先にスキルの検証が先だな。
熟考しようとするも、魔物の死体が転がる部屋はどうも落ち着かない。
結局、最初の部屋に戻った。
ここにもコッコの死体が1つ転がっている。
忘れていた。
解体する道具もない。
とりあえず北の部屋の死体と一緒にまとめておこう。
そう思ってコッコを掴もうとするが触れない。
手がすり抜けてしまう。
中央に生やしたヨモギーにも試す。
やはり触れない。
ダンジョンの壁は?
触れる。これは既に確認済み。
最初の検証と変わりはない。
モンスターや物を触ることはできないらしい。
仕方ないので、このまま迷宮スキルの検証だ。
試しに【コッコ】を使ってみよう。
しかし、使い方などわからない。とりあえず魔法の感覚でやってみる。
するとコッコがヨモギーの陰から姿を現す。
おお、成功だ。
ついでに【ホーンラビット】も試そう。
同じくヨモギーの陰から角の生えた兎が姿を現す。
まるで召喚魔法みたいだ。
俺の記憶が確かなら、召喚魔法は熟練者が魔道具の補助ありでやっと使える高等魔法のはずだ。
それを基礎魔法の感覚で扱えている。
魔法の検証結果を思い出す。
俺が魔法を使おうとすると、臨んだ効果は発動せず代わりに土や草を出す効果に変わってた。
これはつまり、俺は魔法を失い、代わりに迷宮スキルを扱えるようになったということだろう。
確かに俺の持っていた弱小魔法よりモンスターや土草を召喚できる能力の方が有用だ。
しかし、俺は不安を覚える。
透明で浮遊できる体、謎の魔力の増大。
俺は人間でなくなった証拠がまた増えてしまった。
このダンジョンを脱出できたとして、果たして俺は街に戻ることができるのだろうか。
コッコとホーンラビットは仲良くヨモギーを食んでいる。
先のことを考えていてもしかたない。検証の続きだ。
マンドラゴラのようにこの召喚獣たちも命令をきっと聞いてくれるはず。
最初の仕事として転がっているコッコの死体を北の部屋に運んでもらおう。
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…はぁ。
…結果として死体は隣部屋のコッコたちとまとめることができた。
しかし。
しかし、非常に苦労した。
受け付ける命令が分からず、無効な命令を幾度したことか。
試行錯誤の結果、召喚したモンスターたちとのことでわかったことは次の通りだ。
・モンスターは俺が見えていない
・モンスターは理解できない指示は受け付けない
一番の難関は死体の認知だ。
それ、あれ、コッコ、死体、仲間、敵。どんな呼び名でも死体の方を向いてくれることはなかった。
さらに俺が見えてないみたいで、指差ししても無反応。
最終的に、進め、と回れ、をたくさん組み合わせて押し運んでもらった。
ごり押しするしかなかった。
本当にもどかしく心の修業のような時間だった。
新米テイマーもこんな苦労をするのだろうか。
迷宮スキルの力はわかった。
だが、そもそも迷宮スキルとは何なのだろうか。
この力はあの白い人影が潰れたときに手に入った。
決して無関係ではないはずだ。
思い返してみると、どちらのスキルも人影が従えていたモンスターと一致する。
これらのスキルは元々あの影が持っていたものだったと考えるのが自然だろう。
となると人影のモンスターの正体って…。
俺は嫌な想像をしてしまう。俺と共通点が多い気がしたのだ。
いやそんなわけがない。俺は黒い塊は纏っていない。
明確な違いがある。あれとは違う。
あれはモンスターで俺と同類ではないはずだ。
検証はここで終わり。
どうやらお客のようだ。
コッコ、ホーンラビット。
回れ。…止まれ。
俺は南の出口へ向くように召喚獣たちの向きを調整する。
そこから、黒い塊を纏った二つの影が現れる。
改めてここはダンジョン。
いつモンスターに襲われるかわからない。
考察も大事だが、最優先は生き残ること。
さぁ、戦闘開始だ。