39.開通準備
とうとうその日が来てしまった。
扉がダンジョン外壁に発見されたのだ。
前回大二波の始まりを告げたあの扉と同じものだ。
そう。次の戦いの幕開けである。
思えばあっという間だった。
最後に助言者と話したあの日から俺は少しは強くなれたのだろうか。
害獣問題は一応対処出来るようになったが、根本解決には至っていない。
新たに発生したスカルバケマッシュと闇のマナの問題も落ち着いたがリスクは抱えたままだ。
リマロンにいつか語った技術開発などに至っては、まだまだ歩み始めたばかり。
準備が足りない。
戦力も物資ももっと充実させたかった。
それでも、時間は待ってくれないのだ。
タイムリミットはあと1日。
早速、俺は扉の位置の把握と地図の確認を行った。
A B C
↑
1 ◆-◇-■
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2 ◇ ■ □
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3 ■ ■ □ →
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4 ■-□ ■
↓
◆:オリジンルーム ◇:畑・放牧地 ■:害獣住処
□:未着手地 ー:出入口 →:扉
扉は3か所現れた。
今回の敵と同数だ。
複数のダンジョンと繋がっているということは、一方を攻めている間に他から攻めらせるリスクが高いということだ。
つまり、セオリーの裏をかいての短期決戦を狙いにくくなったということだ。
長期戦を目指す俺には都合がいいが、なんにせよ敵ダンジョンの攻撃を凌げることが前提の話だ。
早急に防衛策を講じなければ。
「へへ。やっとボスからのプレゼント使う時がきたね。前回は使わなかったからねー。今回はこれでどれだけの首取れるかな」
リマロンが特大シャベルを抱えてぴょいとやってくる。
その瞳は爛々と輝いている。ウサギの瞳とは似つかわしくない捕食者の瞳だ。
「それ、たぶん使わないぞ」
「えー敵さんがバンバン攻めてくるんじゃないの?」
「扉が開いてもすぐに戦闘にはならないって散々説明しただろう」
「そんなぁ~。ちょっとくらい戦ったっていいじゃん」
「偵察隊くらいはくるんじゃないか? そいつらは好きにして構わんが、間違っても敵陣に突っ込むなよ」
「とーぜん。親分はうしろでどっしり構えるのがジョーセキでしょ?」
彼女は気分屋で言動は軽いが、ダンジョンの危機になるような行動をとらないことは今までの付き合いから信頼している。この様子なら、よっぽどなことがない限り敵ダンジョンへ攻撃を仕掛けたりしないだろう。それでも無視して動き出したならば、それは俺がミスした時だろう。事態の急変や敵の動きに見落としがあり想定外のことが起こっていると考えた方がいい。前回の戦いでは彼女の直感に何度も助けられた。
そうだ。たまには彼女に意見を聞いてみてもいいかもしれない。
「リマロン、入り口のある3部屋に見張りを立てたいがどうしたらいいと思う?」
「コブンたちにやらせるんだよね。う~ん……巣穴を掘って住み込みでやらせちゃう? コブンたちってよわっこいから堂々と見回るよりコソコソ覗くのがあってるかも」
「ラビブリンは地中に巣を構えるモンスターだったのか」
「ボスぅ、そんな基本的なこと知らなかったのー? ボスって変なところで抜けてるよねー。実はね、ボスからもらった岩のおうちの中に穴を掘ってコブンたちは生活しているのです」
どおりで岩テントの増築を要求されなかったわけだ。
あの狭い鉄鉱岩の中に何十匹もラビブリンが住めている理由が今になってわかった。
「おまえは専用の岩テントの中に住んでるよな。入った時には地下に部屋を作っている様子はなかったが、やはりラビブリンとボスラビブリンでは多少違うのか」
「い……そ、そうだよぉー。なにせ私はコブン共よりおっきいしねー。ぜんぜん、隠し部屋とないからねー」
そんな上ずり声だと嘘だとバレバレだ。
隠し部屋があるのか。まぁ、俺に知られたくないことの一つや二つあるだろうし別に詮索などしないが。
「まあいい。その意見は採用だ。今日からオリジンルームでまとまっていたラビブリンたちは害獣住処を除く全部屋に巣穴を作って分かれて住むように指示を頼む」
「扉ができた部屋だけじゃないの?」
「念のためだ。それとB4地点の巣穴の戦力は厚めにしろ。隣部屋にサイズミンクがいる。狩られないように十分な装備を渡し、戦闘経験が豊富な者を配属しろ。必要に応じてマンドラゴラ、マンドラコッコも使え」
「え。それよりA2地点の方がやばくない? オリジンルームの隣じゃん」
「正直、うちのモンスターの戦闘能力は高くない。多くの戦力を置くB4地点も基本は戦闘は避けて監視に徹する予定だ。そしてオリジンルームの防御はモンスターによる防衛ではなく、何らかの手段による隠蔽工作を行いたい」
モンスターで防衛したくない理由は戦力の他にもある。
今回から世界迷宮に繋がる。
ということは冒険者が入ってくることになる。
最初にくる冒険者は少数だろう。
ギルドからの依頼でこのダンジョンを監視するため入ってくる。
そして、ダンジョンの変化が落ち着くのを待ちながら、少しずつ評価していくのだ。
その評価が俺の半年後の冒険者の来訪数に大きな影響を与える。
宝や資源を持ち帰させれば利用価値があるとして多くの冒険者が攻めてくるだろう。
しかしその欲を必要以上に煽れば、ダンジョンの資源は根こそぎ奪われてしまう。
逆に利用価値がないと評価されれば冒険者たちはやってこない。
そうなれば、貴重なソウル獲得する術を失ってしまう。
監視を殺せば最悪の評価だ。危険なダンジョンとして、半年を待たず、高ランクの冒険者がやってきて攻略されてしまう可能性もある。
人はダンジョンを真の意味で攻略することはできない。ダンジョンを攻略せるのはダンジョンだけだ。しかし、傷つけることはできるのだ。資源を奪いモンスターを狩る。そうしてソウルを消耗させられ弱ったダンジョンはいずれ別のダンジョンに喰われてしまうだろう。
俺としては直近で冒険者ギルドに危険視されることだけは避けたい。
つまり、監視者を刺激せずに敵モンスターを撃退できるような環境を作りたいのだ。
そのためには強力なボスモンスターであるリマロンが見つかるわけにはいかない。
その他にも冒険者から都合の悪い物が多くあるオリジンルームを隠し部屋に選ぶのは合理的だ。
なんとしてもオリジンルームは隠蔽しなければならない。
「ふーん。そういうことならオリジンルームの入り口塞いじゃえば。誰も入れないなら絶対に見つからないよ」
「発想はいいと思う。だがそのまま採用はできない。オリジンルームと繋がりを断った部屋の支配領域は消失する。【壁】を使ったり、出入口を【鉄鉱岩】で塞いだりは出来ないんだ」
「地面の下で繋ぐのってなし?」
「出入口を通さずに部屋を開通することはできない。よって地中から部屋を跨ぐことは不可能だ」
「そうなの? がーもうわかんない。今日のボス、なんかいろいろズルい。私にばっかズノーロードーさせるじゃん。いつもみたいに自分で考えてよー」
そろそろリマロンの頭が限界だ。
地頭は悪くないと思うのだが、集中力が続かない。
しかし、随分と意見をもらったおかげで考えはまとまりつつある。仕事の仕上げはこちらで頑張るとしよう。
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「えーどうなっているの。入り口が岩で塞がっているよ。ボス、さっきは嘘ついた?」
「ついてない。なんとかお前の意見を形にしたんだ。地下道でオリジンルームへの道は繋がっている」
オリジンルームとコッコの放牧地をつなぐ口は大岩に塞がれていた。
その光景にダンジョン中に子分を配置して帰って来たリマロンが不思議そうに尋ねた。
「地中からは部屋またげないんでしょ。やっぱり嘘ついたんでしょ? 私にイジワルしたんでしょー?」
「ついてないし、していない。あの岩はお前の家のように下は空洞になっている。地下道の出口はそこにある。入り口はチビキビ原の中に隠した。場所は後で共有する」
「なるほどー。部屋の中でトンネルを繋いだんだ。ボスの悪知恵は世界一だね」
「悪知恵ではなく創意工夫と言ってほしい。穴のサイズが小さいと繋がっていると判定されないみたいで地下道のサイズ感にはなかなか苦労した」
リマロンがぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「ねぇねぇ。ボスがトンネル作ってる間に私コブンたちのおうち立派に掘ったんだよ。今から見に回ろうよー」
「そうだな。ホネイミダケの件もあったし、俺が直接確認しておいた方がいいだろう」
「おっ、今日はノリがいいねー。いーじゃん、いーじゃん、一緒に回ろ。ねっ、まずはこっち!」
俺は上機嫌な兎耳の少女の案内に従いつつ、コッコの放牧地を後にした。
扉が見つかった直後に感じていた不安はいつの間にか消えていた。




