38.コッコの変異
「キノコさん、今日は何して遊ぼっか」
結局、スカルバケマッシュは畑に住み着いてしまった。
ここ最近はダンジョン運営は比較的順調だっただけにこの新たな問題の発生は頭が痛かった。
「あっ、グレーラットがいるね。よーし、どっちが多く倒せるか勝負だよ」
リマロンは積極的にお世話をしてくれている。
彼女は子供の面倒を見るのが得意なのかもしれない。
今も彼女の発案のおかげで楽しそうに害獣の撃退を手伝ってくれている。
バケマッシュにとってはゲーム感覚なのだろう。
そのお手伝い自体は助かるのだが、苛烈な攻撃により畑にまで被害が出てしまっている。
茎を折られたマポテージョが魔法の水球を飛ばして反撃しているようだが、バケマッシュにとって水浴びが出来て嬉しいくらいの感覚らしく、ガシャシャと笑っている。
畑を守るための行動なのにこれでは本末転倒。しかしバケマッシュには畑の大切さが理解できないらしい。以前から行っている畑に配慮した行動の申し入れはことごとく受け流されてしまっている。
かといってあまりしつこく注意も出来ない。もし本気で暴れられたらラビブリンが何匹犠牲になるかわからない。多少のことは目を瞑るしかない。子供のしたことだと諦めよう……。
今このモンスターを逃がすわけにはいかないのだ。
闇のマナによる汚染が思ったより深刻だったためだ。
現状、瘴気と化した闇のマナを除去できるのはこのキノコのモンスターだけなのだ。
忌土による速育農法の実施や高栄養化の肥料作成の結果、俺は迷宮スキルによる召喚より少ないソウルでマンドラゴラの生産に成功していた。しかし、その代償に俺の作物たちは瘴気に侵されていたのだ。
このことが判明してすぐに、スカルバケマッシュをオリジンルームへ入れ闇のマナを吸ってもらった。
もう信用どうこう言ってられる段階ではなかった。
許容限界ギリギリで魔法不全を起こしかけていたモンスターもいたのだ。
事態が表面化する前に対処できてよかった。しかし、根本原因の解決には至っていない。
闇のマナを対処する術はあの化け茸しか持っていない。
しかし、スカルバケマッシュはスキル未保持の支配から外れたモンスター。
あの化け茸が冒険者に討伐されたり、仲違いをした時点で俺に闇のマナに対抗する手段がなくなる。
忌土に頼りきった今の農法を変える必要がある。
次の戦いはいかにソウルを増やすかの戦い。
畑から兵器がとれる俺のダンジョンには有利な条件だと思っていたが、速育出来ないとなると話が変わってくる。
少ないソウルで大きな戦力を獲得できることが大事なのではない。
相手がソウルを獲得するスピードを上回って戦力を獲得することが大事なのだ。
つまり、時間は勝利に直結する要因となる。ここは妥協できない。
速育するのは絶対条件。
その上で、忌土を使わない代替案を練らないといけない。
それが見つかるまではスカルバケマッシュにはいてもらわないと困る。
コッコの声が聞こえた。こんな時間に大声で鳴くのは珍しい。
そう思った矢先、頭の中に例の言葉が焼き付いた。
【迷宮スキルを獲得しました】
【マンドラコッコ】
【ランクD】
【マンドラゴラの魔力を吸収したコッコの変異種。爪に猛毒を持つ。鳴き声は敵対者を混乱させる魔力を帯びている。】
ついにこの時がきた。
「リマロン、コッコがついに変異したぞ」
「ホントっ! 手が離せないから先に行ってて」
俺は暴れ回るリマロンとバケマッシュを尻目にコッコたちの元へと飛んでいった。
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「それでは、これから進化したコッコの力を検証しようと思う」
「ぱちぱちぱちー。いつになくテンション高いね」
ここはオリジンルームの東隣の部屋。
元ポイズンスライムの意志の部屋だったが、今はオリジンルームにあったコッコ用放牧地と同じ環境を再現したチビキビの原っぱとなっている。また畑で大量に育てるまでもない野草の類もここで育成している。
目の前には数羽のコッコがいる。もちろん変異した個体だ。
原種に比べて羽毛の色が紫がかっている。
長かった。
思えば、コッコの変異実験は大二波前から行っていた。
くる日もくる日もコッコたちにマンドラゴラの葉を命令して食べさせ、リマロンの大地治癒で回復させてきた。
最近の変異ラッシュでも音沙汰なかったので、この方法では変異は無理だと諦めかけていた。
でもそんな中、少数ではあるが晴れて変異を迎えることができたのだ。
これがテンションが上がらずにいられるわけがない。
この場にはバケマッシュの相手が終わったリマロンも駆けつけていた。
古株の雄鶏コッコを抱えている。一番実験に付き合ったはずのこいつは変異していないようだ。
「見た目はあんまりかわんないねー。でも魔力は上がってるかも。マコッコって感じ」
「その印象で間違っていないだろう。このマンドラコッコは2つの魔力による特殊能力を獲得している。その効果の程をこれから確かめることにする」
まずは毒だ。
説明によると爪に猛毒を持つそうだ。
ラビブリンたちが藁束を持ってきた。チビキビの藁が使われており、解けないようにしっかり縛られている。藁製品の作成の失敗作を束ねたものだ。今回の的に丁度良い。
「マンドラコッコ、藁束に爪攻撃」
俺の命令とともにコッコは藁束との距離を詰める。
ある程度のところで鋭く踏み込んで攻撃圏に入り、その勢いで爪を突き立てた。
藁束の刺し口からまるで流血するように毒液が流れる。
コッコ時代より技の切れが増し、多少難しい命令も理解できるようになっているようだ。
毒の効果は確認できないが、マンドラゴラ由来であろうから弱いわけがない。
耐性のないモンスターには致命打となる一撃だ。
「ケッコーやるじゃん。でも、体重が軽いから蹴りそのものがイマイチかなー。ゴブリンならいけるけど、オークはダメかも」
リマロンの指摘はもっともだ。
防御を貫けねば毒は入らない。とはいえ猛毒の爪は相手に接近させないための牽制になる。
刺し違えてでも前衛を毒殺できれば、後続の攻めを鈍らせたることくらいは可能のはずだ。
そして、このコッコには接近しなくてできる攻撃手段がある。
「マンドラコッコ、鳴き声攻撃」
「ケッコッコッ……ギャアアアアアアアアア」
「わあ、マンドラゴラそっくり。ホンモノほどずしりとこないけど」
思えば、この攻撃の効果を確かめる術がない。
リマロン、ラビブリンは種族として耐性持ちであり、また周辺にいる未変異のコッコたちでさえもこのダンジョンで暮らすうちにマンドラゴラの絶叫に対する耐性を獲得していた。耐性を持てなかったコッコから消えていったという方が真実に近い表現だが。
そう思っていると、ヂュという鳴き声ともにネズミが飛び跳ねた。
【シーフラット】
【ランクD-】
な。
隠密行動に特化したグレーラットの変異種だ。
いつの間に潜り込んでいたのだろうか。
一番あり得そうなのはハイドラット草が変異して召喚できるラットも変異したというところか。
グレーラットを召喚できるハイドラット草はオリジンルームを挿んで反対側にしか生息していないはず。
となると、オリジンルームにも侵入されてるのか。
保存庫の食糧が危ないのではないか。
ちょうどいい。
俺はマンドラコッコを引き連れて、オリジンルームに引き返した。
そこから日が暮れるまでマンドラゴラの鳴き声を利用したシーフラット狩りを行った。
懸念通りいくらかネズミが紛れ込んでいたようだが、幸い大きな被害はなかったようだ。
最近の食用のマンドラゴラはすべてアルト種になっていたせいで強力な絶叫が上がらず、ラットたちに付け入る隙を作ってしまったようだ。これからはマンドラコッコを定期的に巡回させよう。迷宮スキルも手に入れたことだ。卵から孵るのを待たなくても直接召喚できる。さっさと数を揃えてしまおう。
このダンジョンにはまだまだ問題は山積みだ。
むしろ、どんどん増えていっているようにも思える。
でもそれは停滞じゃなくて、一歩ずつ進んでいるからこその躓きなのだ。
そう、超えるべき成長の壁なのだ。
そんなことを感じることができた一日だった。




