35.変異
モストータスの誘致は無事に完了した。
ティアスパローの襲来は相変わらずだが、成果が出るのはこれからだろう。
モストータスとティアスパローが共生関係を結ぶことに成功すれば徐々に被害も減っていくだろう。
資源の活用は少しずつ進展している。
チビキビを藁に加工する試みはうまくいった。
成果物であるチビキビの藁はヒューマの感覚から言えば短すぎて使い勝手の悪いものだが、小鬼サイズのラビブリンたちには使いやすいようだ。加工の熟練度が上がれば、服や靴を編むこともできるかもしれない。
また害獣対策も見張りが交代制になり、一日中誰かが畑に張り付いている。
主食が害獣から狙われにくいポテージョであるため、ラビブリンたちはいままで本気で警戒していなかったらしい。ボスのリマロンに指令を受けて本格的に取り組み始めた。
いずれのケースも【アイアンシャベル】が活躍している。
害獣撃退用の武器として重宝されるし、いままでちぎるしかできなかった植物資源の加工法に切るが追加されたのだ。
このことは非常に大きかった。やはり道具は偉大だ。
加工をする方法は知っていても、道具がなくてやれない事が山ほどある。
本当であればスキルで獲得したいがそれもはや難しいので、今ある材料でなんとか作り出すしかない。
次の戦いが始まれば外部から獲得できるかもしれないが、それまで何もしないのは誤った判断だろう。
現在リマロンはコッコのお世話中で、別行動中。
さて、何をしようか。
そういえば、あの植物はどうなっている
スカイホークの意志の部屋で見つけた綿のなる草だ。
【コットン】
【ランクE】
これの育成に成功すれば木綿が確保できる。
それから糸や布が作れれば、作れるものの幅がぐんと広がる。
ちょっと様子でも見に行こうか。
そんなとき、久々に脳裏に言葉が焼き付いた。
【迷宮スキルを獲得しました】
【ラビブリンファーマー】
【ランクD-】
【農耕や畜産の知識経験を得たラビブリンの変異種。戦闘技能は下がったが、世話をしている作物やモンスターの能力向上、変異促進の効果を持っている。】
【マポテージョ】
【ランクD】
【魔草化したポテージョの変異種。配置した部屋の水と土のマナを少し高める。とれる芋は瑞々しく美味。外敵へ水の魔法での攻撃をするので収穫時は注意。】
突然の迷宮スキルの獲得。
そして得られたスキルの説明の内容。
これは待ちに待ったあれが起こったのだ。
俺はオリジンルームの南側の部屋にあるポテージョ畑へ急いだ。
畑にはずぶ濡れになったラビブリン2匹と普段より葉の色艶のよいポテージョがあった。
【ラビブリンファーマー】 【マポテージョ】
【ランクD-】 【ランクD】
起こしてる。
間違いなく起こしている。
変異、そう変異だ。
全くドラマティックな場面ではない。
俺の見てないところで起こった。
ラビブリンの変異に至ってはランクが下がり戦闘力が落ちてしまっている。
それでもやっと変異を起こせたのだ。
これが嬉しくないわけがない。
観察だ。早速、観察からの考察をしよう。
ラビブリンファーマーの見た目は普通のラビブリンとは変わらない。
変異した2匹はワーヒポポタマス戦で大怪我を負ってしまった個体だった。
傷は塞がったものの、怪我する前のようには動けず、次の戦いでは前線で活躍できないだろうと思われていた。
そのことに危機感でもあったのだろうか。
戦いに参加できなくても役に立ちたい。
そんな思いが今回の変異のきっかけになったとでもいうのだろうか。
俺は自分の憶測に勝手に胸を熱くする。
まぁ実際のところは、作物やコッコのお世話の経験値が身を結んだ結果なのだろう。
マポテージョも一見ポテージョとは見分けがつかない。
当然だ。魔草化とはつまり魔法を自発的に行える術を身に着けた草花の事を指す言葉で、種としては同じものだ。当然、内包するマナは以前より多くなっているのを感じる。
そして、迷宮スキルがあるため魔法発動などはある程度俺の命令を聞けるようだ。
魔法を指示すると水の球を飛ばしてみせた。
しかし、ポテージョが魔草化するなんて話は聞いたことがなかった。
産地出身の冒険者も薬師のばあさんも知らないとなれば地上で普通に存在しない得ないのかもしれない。
となれば、変異の原因はこれだろう。
【怖妖土】
【ランクC】
【植物型モンスターの力を高める土。配置した部屋の土のマナを少し高め、他のマナを少し抑える。一部の魔草をモンスターへ変異させる。】
説明では魔草をモンスター化させるとあるが、そんな力があるならば、普通の植物を魔草に至らしめることも可能なのだろう。そして、ラビブリンファーマーの誕生とともに変異条件を満たして魔草へと変異した……といったところか。
この考えが正しいのならば。
俺はラビブリンファーマーにある命令を飛ばす。
それはすべての畑の巡回。
もしかしたら、ポテージョ以外に変異を起こす作物があるかもしれない。
慎重に動くべきという小さな懸念は大きな興奮の前に吹き飛んでいた。
手始めに同室のマンドラゴラ畑へファーマーたちが向かった。
【迷宮スキルを獲得しました】
【マンドラゴラ・アルト】
【ランクC】
【低めの女性の声で叫ぶマンドラゴラの変異種。声の呪いが弱まり、絶叫によるマナの流出が減少している。結果、魔法素材としての価値を高めた。】
【マンドラゴラ・テノール】
【ランクC】
【高めの男性の声で叫ぶマンドラゴラの変異種。声の呪いを高め、その威力と範囲が増大。しかし、叫ぶとすぐに魔力が枯渇し死に至る。】
俺のオリジナルスキル、マンドラゴラも変異に至った。
それぞれ繁殖用畑のものはアルト種へ、戦闘用畑のものはテノール種へ変わった。
どちらもマンドラゴラの特徴を伸ばしたいい変異だと思う。
あとでリマロンに品評してもらおう。伊達に毎日食ってるわけではなくマンドラゴラの良し悪し正確に見抜くことが出来る。効果がわかりやすいテノール種はともかく、アルト種に関してはこの説明文だけではわからないことが多い。
それからファーマーたちは同室の他の畑から北の部屋へ進む。
オリジンルームでリマロン専用の畑を回る。
その後東の部屋に進み、コッコの放牧地でチビキビやヨモギーの群生地を回る。
マンドラゴラ畑以降のツアーではスキル獲得に至ることはなかった。
しかし、スキルが獲得できないものの変異のみを起こした植物が1種類あった。
コットンがマコットンへ変異を起こした。
魔力を帯びた木綿は高級品だ。加工さえできれば一気に上質な衣服を作ることが出来るだろう。
大二波以前から育てているヨモギー、チビキビ、シロヒカリゴケは変異に至らなかった。
いずれも育てているというよりはスキルで生やしたものを勝手に活用しているだけなのでファーマーの効力外だったのかもしれない。そもそも単純に変異条件に至っていないという可能性もある。
現状のような普通の環境で変異を起こすのは難しいかもしれない。もっと尖った環境を整えればあるいは……。
変異の条件を特定しようにも影響の大きそうな因子が多すぎる。
コットンと同時期に育て始めたドクダミなんかも変異を起こしていない。
変異の仕組みは未知の世界。まだまだ研究初期段階だ。
変異実験はどんどんやっていこうと思う。
しかし、変異に大興奮な自覚のある俺でも絶対に試してはいけない一線は存在している。
あれだけは絶対にやってはいけないとわかる。
害獣であるグレーラットを召喚する魔草ハイドラットだ。
周囲のマナを吸ってグレーラットを召喚する。
召喚されたグレーラットはハイドラット草の周りの雑草を食い荒らし、糞を肥料にすることでハイドラットの生息域拡大に貢献する。そして増えたハイドラット草がまたグレーラット召喚する。
もちろんグレーラット自身も繁殖する。これがどれだけ危険な魔草か一目瞭然だろう。
同室のサイズミンクが駆除してくれなければ、今頃、俺のダンジョンではネズミの洪水が起こっていただろう。
今でさえ地上に持ち出せば農村が壊滅する凶悪な性能をしているのに、あの魔草がモンスター化したらと考えると、碌な未来が思いつかない。
ラビブリンファーマーたちにはハイドラット草に近づかないように厳命しておいた。
「ボスぅ、肥料のところにきてー」
オリジンルームの方からリマロンの声がする。
変異の件も共有しておきたい。
急いで肥料作成用の岩テントへ向かった。




