30.容赦なきチュートリアル
助言者が現れた。
つまり第二波は終わったのか。
状況理解が追い付かいない。
【迷宮スキルを獲得しました】
【マッドスライム】
【ランクE】
【ジェル状のモンスター、スライムの亜種。泥の体液を持ち、水と土のマナを生み出す。環境によって変異を起こす。】
「はい、取り損ねたダンジョンの遺志です。モンスターが遺志を奪って暴走だなんてびっくりしちゃいますよね。それにしてもマンドラゴラさんはこの戦いで3つも遺志を獲得しちゃったんですかぁ。すごい成長スピードですね」
ローブ姿の女性は、惚けている俺にワーヒポポタマスから抜き取ったと思われる光の球を渡してきた。
その口調は先ほどの凶行を微塵も感じさせないほどに明るい。
しかし、壁に叩きつけられてもはや原型を留めぬシミが明確な証拠として残っていた。
俺たちが苦戦したランクB-モンスターを一撃で文字通り粉砕。
何者なのだろうかという疑問が湧き上がるが、それを聞く勇気は俺には湧かなかった。
「これで俺はルーム期卒業か?」
「はい。今日から胸を張ってエリア期のダンジョンと名乗れますね」
誰に名乗るのだろうかという疑問を飲み込む。
彼女の力の一端を見た今、そんな気はさらさら起きなかった。
「もしかして引いちゃいました? ちょっとショックです。私は優秀なダンジョンの味方なんですよー」
泣きまねのような仕草をしておどける彼女へリアクションできずにいると、助言者は平然とした態度に戻って話を続けた。
「今日は晴れてエリア期に成長できたマンドラゴラさんに、エリア期での注意事項をお伝えに参りました。例の如く、質問はこのタイミングで行ってください。あっ、でも前回みたいに質問攻めにされると少し大変なので、容赦して頂けるとうれしいですね」
勘弁してほしいのはこっちの方だ。
戦い通しで頭はうまく回っている自信がない。一人でこの説明を受けるのは正直心細い。
後ろを確認すると、リマロンは眠ってしまっていた。
あの傷だ。しょうがないだろう。
しかし、情報は最大の武器だ。
今回生き残れたのも、助言者から引き出した情報を基に準備を進めてこれたからだ。
ここで、少しでも有益な情報を聞き出さねば。
どうせ前回質問攻めにしたのだ。今回それをやったからといってなにかされることはないだろう。
そう思うと恐怖心を少し薄らいだ。
そこを知ってか知らずか、では始めますね、と言い助言者は説明を始めた。
助言者曰くエリア期とは、ダンジョンの大きさを決める大切な時期だそうで、期間内にどれだけ成長できたかでそのダンジョンの1フロアの単位面積が決まるそうだ。
「と言われても、相手のダンジョンから部屋を奪うくらいしか方法が思いつかない。結局、大きくなれるサイズはある程度決まっているのではないか」
「他にも方法がありますよ」
【迷宮スキルを獲得しました】
【部屋】
【ランクB~】
【ダンジョンの追加部屋。ダンジョンが大きくなるほど消費コストも増大する。】
「このスキルを使うことです」
本当に気が抜けない。序盤の説明から既に俺は試されていた。
質問されなければこのスキルを渡さなかったに違いない。
ソウルを増やして部屋に変えろということか。それにしても……
「なぁ、このスキルが合ったところで結局は得られるソウルは相手のダンジョンからだろう。結局のところ、この戦いでダンジョンが扱うソウルの総量は決まっている。面積を取るか、モンスターを取るかのバランスの見極めが大事ということか?」
「そういうセンスが問われる時期という認識で間違いありませんが、一つ訂正させて頂きます。ソウルの総量が決まっていると言うことはありません。マンドラゴラの意志さん、前に説明したソウルの獲得方法、他のダンジョンから奪う以外の方法を覚えていますか?」
「冒険者を呼び込むことで少し増え、狩ることで大きく増える」
「その通り。この時期から世界迷宮と接続されて、冒険者が入ってくる可能性があります。いままでの戦いは第一波、大二波なんて呼んでましたが、ここからは違います。接続後はいつ誰と戦闘が起こるかわかりませんよ」
なるほど、世界迷宮と繋がるのか。
今までは閉ざされた空間での生き残りをかけた戦いだった。
それが開けた世界となるといままでとは違った戦い方が必要となってくるだろう。
しかし、冒険者か。
助言者は冒険者からソウルが取れるかのように言っているが、元冒険者の俺にはわかる。
簡単に冒険者からソウルを取ることは出来ない。
そもそも新しいダンジョンには普通の冒険者は訪れない。
ギルド規定で新しく発生したダンジョンの扱いは決まっている。
半年以上は監視付きで、一般冒険者、並びに一般人の立ち入り禁止だ。
その理由は新しいダンジョンの不安定さにある。
構造の変化やモンスターの大量発生が頻発し、ダンジョンの難易度が読めないためギルドは、そういった変化が落ち着くまでは詳しい調査をしないのだ。定期的に監視を送るが間違いなく少数だ。
よって、冒険者との戦闘はあまり発生しないし、大量のソウルなど期待できない。
「マンドラゴラさんは人の知識が多く残っているんでしたね。だからこそ冒険者には期待しないと」
くすくすと助言者が笑う。
なにか見落としていることがあるのか? それともからかっているだけか?
くそっ、何も思い当たらない。
いや、落ち着け。ここで焦っては後半に大事なことを聞き漏らすかもしれない。心を落ち着けよう。
「他に、聞いておきたいことはありますか?」
「フロア期に至る方法を教えてくれ」
「他のエリア期のダンジョンたちとの戦いに勝ち残ることで至れます。今回戦う意志は3つです。マンドラゴラさんを含めて4つの意志が1つにまとまることで次の段階へ成長できます」
「今までと比べて随分と少ないな」
「そうでしょうか? 貴方も含めて1つ1つの意志が十前後の部屋を統一してきたのです。大きさもソウル量も今までの相手とは比べ物になりませんよ」
対戦相手が仮に俺と同じ部屋数だとすると、単純計算で12×3で36部屋攻略する必要がある。
いや、大事なのは部屋の数じゃない。いままでは否が応でも総力戦であり、戦術で上回れば勝利できた。
しかし、次からの戦いはお互いに扱えるソウル量が増えたことで確実に長期化する。戦術だけでなく戦略が大切になってくるだろう。
「攻略対象が強くなったのだが、倒した時に得られるスキルは増えたりしないのか」
「しませんね。1つだけです。そもそも先ほどまで行われていたルーム期の戦いが迷宮スキルを獲得するための、言い換えれば、ダンジョンの特徴を決めるための戦いでした。ここからのその方法でのスキルの獲得はどんどん難しくなっていくでしょう。以前に説明させて頂いた方法でスキル拡張は行ってくださいませ」
「早速、そうさせて頂く。先ほど【部屋】のスキルを渡したのは俺がエリア期になったからなのだろう。他にはないのか、エリア期のダンジョンに渡せるスキルは」
【ダンジョンスキルを獲得しました】
【壁】
【ランクC】
【ダンジョンの部屋と部屋を隔てる壁。配置物の影響を遮断する。部屋の環境、配置によって姿が変わる。】
【宝箱】
【ランクD】
【普通の宝箱。Dランク以下のアイテム入れるとアイテムのランクが1つ上がるが、モンスターには開けられない。罠を設置することも可能。】
「いやぁ、マンドラゴラさんには敵いませんね。大抵のダンジョンは、そっか、変異をがんばるぞってなるんですよ」
「もちろん、変異もする。今回の戦いでスキルが足りないことを痛感した」
「いやいやマンドラゴラさんは十分にスキルを持ってますよ。既に罠メイン構築の大人のダンジョンと同数くらい持ってますよ。同期じゃダントツですって」
「生憎俺は罠スキルはない。かと言ってモンスタースキルも少ない。早く変異を起こして戦力増強しないと次の戦いには勝ち残れない」
助言者は無言でこちらを見つめてくる。
表情は見えないはずなのに、なんとなく相手がニタニタ笑っているように思えて居心地が悪くなる。
「そろそろお暇の時間ですかね。次の訪問はそうですねー、では、どこか1つのダンジョンが攻略されたら伺うことにしますよ。その時に生き残っていれば、また疑問にお答えしますね。ご健闘をお祈りします」
お辞儀をした後、助言者は忽然と姿を消した。
一気に緊張が解かれて俺は床に寝転がる。
浮けないほど魂が疲れていた。
俺はそのまま目を瞑り動くのをやめた。
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こつんこつんと靴音を鳴らし、助言者はダンジョン間をつなぐトンネルを歩いている。
彼女の側に冒険者パーティがいるが、警戒している様子は一切ない。
それどころか、まるでそこには何もいないかのように振舞っている。
「やっぱりマンドラゴラの意志は優秀ですね。敢えて疲れてる時に訪れたのに結構頭が回ってました」
落ち込むような仕草で助言者は少し俯く。
「それだけに少し残念です。あの子、禁則事項について一切聞いてないんですよね。相変わらず人の意識も強めですし、いつかルールを破っちゃわないか心配です。でも、まぁ、破ったら……」
。
突如、冒険者パーティの全員の首が吹き飛んだ。
「容赦しませんがね」
ルーム期編はこれで終了です。
次からエリア期編に入ります。
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