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3.コッコ

 現れたのは1羽の(にわとり)だった。

 俺は入ってきたモンスターを確認して安堵する。

 ただの鶏じゃないか。ビビらせないでほしい。


 【コッコ】

 【ランクE】


 勝手に浮かんでくる知識はここでも脳裏に浮び上がる。

 先ほどの土や草と違い、名前とランクのみ。

 相手のランクの差す意味は分からない。

 しかし、真っ先に思いつくのは冒険者ランク。

 ならば、俺はCよりのランクD冒険者。

 小型家畜なんぞ簡単に返り討ちにできるはず。

 

 ん? 自分の装備に違和感を覚える。

 いつもの癖で構えたが、得物がない。

 しまった。無手だ。

 さらに今の俺の体は半透明だったことを思い出す。

 壁にはしっかり触れれたが、出口の件を考えると壁と出口に魔法的障壁を貼っている事も考えられる。

 こっちの攻撃もあっちの攻撃も当たるかどうかわからない。

 薬草に触れば検証できるが、モンスターを目の前にそんな時間はない。

 なにせ、こっちの体の耐久度がわからない。

 たかが鶏の攻撃と言えど、この実体が希薄な体が掻き消える可能性もゼロじゃない。

 深層のダンジョンでスライムに変化させられた冒険者の話を思い出した。

 未だに謎深きダンジョン、未知の状態異常時に無茶すべきじゃない。


 とりあえず、安全策。

 宙に飛んで距離を取る。

 戦闘の基本、相手の観察に努めるとしよう。


 動きがあったのは鶏ではなく、その後ろの出口だった。

 部屋の外の暗闇が黒い塊となってこちらの部屋に入ってきたのだ。

 その挙動は小さな穴に無理やり体をねじ込む巨大なスライムを思わせた。

 入ってきた塊は薄まり、透明になる。

 黒さは残したまま中が透けて見える。

 そしてコッコを飲み込むと膨らみ始め、部屋を侵食する。


 正体不明の恐怖。

 息苦しさで胸が苦しくなる。

 この黒い塊はまずい。危険だ。

 塊の中にいるにも関わらず、コッコは平然としている。

 実は見かけ倒しなのか。

 いや、違う。俺にはわかる。

 本能が警鐘を鳴らす。

 あれに飲まれたら死ぬ、と。

 

 気付くと黒い塊の中に白い人影が浮かんでいた。

 ぼやけて輪郭しか見えないが、コッコの後ろに浮かぶ様はモンスターテイマーと従魔を思わせた。

 聞いたことない未知のモンスター。

 やばい。打つ手がない。


 黒い塊は鈍いながらもじわりじわりと俺を追い詰める。

 その中のコッコは真っ直ぐとこちらに近づいてくる。

 俺は動向を見守ることしかしかない。

 

 コッコは部屋の中央の草生えた場所までたどり着く。

 先ほど俺が出した草だ。

 コッコは身を屈めるとそのうちの一方に首を伸ばし啄んだ。


 「ギャアアアァァァァァ」


 絶叫。

 耳をつんざく様な悲鳴。

 コッコが突いたのはマンドラゴラの葉だった。

 マンドラゴラは地中から醜い顔を出し、大口を開けている。

 衝撃波を放たんばかりの爆音を間近で受けたニワトリは横たわり、動かなくなった。

 すると、黒い塊と白い人影は元の部屋へ押し出されるように引っ込んだ。

 

 助かったのか?

 マンドラゴラが地上に這い出し、塊を追いかける。


 「アァァァァアアアァァァァ」


 マンドラゴラが黒塊に塞がれた出口に突っ込むと視界が晴れる。

 奥の部屋の中が見える。

 これは障壁が壊れたということか。

 もしやここから出られる? 俺はその後を追う。

 

 入った部屋は俺のいた部屋と大差なかった。

 違うのは、5羽のコッコが倒れていることくらいだ。

 黒い塊はどんどん小さくなっている。

 その中の白い影は、未だに叫び続けるマンドラゴラに背を向けて必死に壁を叩いている。

 まるで恐怖で取り乱す人間(ヒューマ)のようだ。


 さっきまで打つ手なしだったモンスターが弱っている姿に俺は呆気に取られてしまった。


 その間も黒い塊は収縮していく。

 やがて暴れる人影を包んだまま、泡のように潰れて消えてしまった。


 緊張した空気が和らぎ、息苦しさから解放される。

 人影のモンスターは倒れたのか。

 実感は湧かない。

 一体、あれはなんだったんだろうか。


 【迷宮スキルを獲得しました。】

 【コッコ】

 【ランクE】

 【ニワトリが魔物化したモンスター。攻撃的な性格以外、ただのニワトリと変わらない。環境によって多様な変異を起こす。】


 不意に脳裏に言葉がよぎり驚く。

 迷宮スキルとは何のことだろうか?


「…ァァァァァ、アァァァァァア」


 考えをまとめようにも、叫び続けるマンドラゴラがうるさくて集中できない。

 先ほど命の危機を救ってくれた恩人、いや恩草だが、このままで堪ったものではない。


 流石に魔力が尽きてきたのだろう。

 叫びに最初の勢いがない。

 薬師のばあさんが一度泣き始めたマンドラゴラは力尽きるまで泣き止まないと言っていたことを思い出す。

 そろそろ限界が近いのだろう。

 力尽きる前にゆっくり座って休んでほしいものだ。


 そう思うとマンドラゴラが座る。

 もしかして俺の話がわかるのだろうか。

 わかるなら頷いてくれ、と心の中で念じてみる。

 マンドラゴラに反応はない。

 相変わらず、叫び続けている。


 ふと、ギルドで読んだテイマー指南書に乗っていた一文を思い出す。

 マンドラゴラ、起立、と心の中で念じる。

 マンドラゴラは立ち上がる。


 知能の低いモンスターを従魔にした際、命令は単純明快に行うこと。

 テイマー適正がなかった俺には縁のない知識だと思っていたが、人生なんの役に立つかわからないものだ。

 よく考えれば俺の魔法で出したモンスターだった。指示が出せても不思議じゃない。

 俺の従魔も同然ではないか。

 

 作戦変更。

 スキルの確認は後回しにして探索をしよう。

 マンドラゴラの声が枯れないうちに。


 そう。この部屋は行き止まりではない。

 しかも分かれ道。

 東西にある2つの出口を見比べながら、俺はどちらに進むべきか思案した。


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