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29.ワーヒポポタマスの意思

 マンドラゴラを召喚した俺はラビブリン1匹を連れて敵に気付かれないように次の部屋へと移動した。

 敵はリマロンにくぎ付けだったため、さほど難しくもなかった。

 敵の支配領域に侵入するのにはコッコでもよかったが、中に大物がいるとなると賢いモンスターを使いたかったのだ。

 

 中の部屋はやはり大部屋。しかし、部屋を横に割るように川が流れていてる。

 その反対岸に奴はいた。横たわるワーヒポポタマスの周りにはさっきの小鳥が群がっていてる。

 出口は俺が使った一か所。間違いない、ここがあの意志のオリジンルームだ。

 幸い治癒に集中しているためかカバ巨人はこちらに気付かない。

 俺の狙いは奴ではない。

 さっさと始めてしまおう。


 俺は気を張ると黒い塊を押しのけていく。

 小鳥たちが騒ぎ出す。異変を察知したようだ。

 ワーヒポポタマスも立ち上がりこちらを見る。

 視線がラビブリンでなく俺にある。

 なるほど、ボスモンスターが認識できる意志は自分の主だけではないのか。

 これは助言者に確認してなかったな。


 「カバァァァァァ!」


 小鳥たちが飛び立つのを合図に、カバ巨人がこちらに向かってくる。

 俺はラビブリンに指示を飛ばすと、天井に張り付く。

 モンスターに触れられると致命打になりかねない。

 ワーヒポポタマスの届ないところにいればひとまず安心だろう。

 

 ちちちち、と小鳥の鳴き声。

 心配はない。ここには指揮する意志がいない。

 俺を認知できないのだ。こちらにはこないだろう。


 「カバァ!」


 ワーヒポポタマスが大声を上げる。

 小鳥たちが空中で暴れ回る。

 もちろん、こちらに飛んでくる小鳥もいる。

 このカバ、思った以上に賢い。

 しかし、手はある。


 「ギャアアアアアアアアアアアアァァァア」

 「カバアアアアアアアアアアアアァァァア」


 ラビブリンがマンドラゴラを引っこ抜くと小鳥がバタバタと落ちていく。

 カバ巨人はこちらの動きを察知して前回同様に自身の咆哮でマンドラゴラの声を打ち消している。

 ラビブリンはシャベルを使い、絶叫中のマンドラゴラをカバ口目掛けて放り込んだ。

 咄嗟に口を閉じるが、その隙間をすり抜けマンドラゴラは口内に消える。


 声にならない叫びを上げながら、ワーヒポポタマスはのたうち回る。

 くそっ。即死ではないのか。

 その様子を見ながら俺は唇を噛む。


 毒を受けたワーヒポポタマスはそのうち死ぬだろう。

 ただし、ダンジョンの支配するモンスターはそのダンジョンの支配領域をオーラのように纏っている。

 奴が死ぬまでオリジンルームの支配は完了しない。

 敵のダンジョンの意志は死なない。

 時間を長引く程、意志と対峙するリマロンの身が危険にさらされ続ける。

 すぐにでもこいつを殺さないといけない。


 弱っていると言ってもラビブリンでは返り討ちだ。当然コッコも。

 これ以上ソウルが減ると、支配領域を広げる速度が落ちる。攻略速度が上がらなければ意味がない。マンドラゴラ追加もダメだ。


 ダメだ。いい手が何も思いつかない。

 いっそのこと、こいつを放置して戻るか。


 そう思っていると突然ワーヒポポタマスの動きが止まった。

 冷静さを取り戻し、マンドラゴラを吐き出すとこちらには目もくれず出口へと走り出した。

 理由は分からないがチャンスだ。

 奴が死ななくても部屋から出ていけば攻略の条件は整う。

 一気に支配領域のスピードを上げる。

 頭が割れるように痛い。それでも体中から領域をひねり出す。

 ワーヒポポタマスが部屋を出て程なくして俺は敵のオリジンルームの完全支配が成功した。

 これで、大二(ウェイブ)は終わるはずだ。


 俺が部屋を出ると、真っ先にリマロンに目が行く。

 壁に打ち付けられて倒れている。

 俺は他の物には目もくれず彼女の元へ飛んでいく。


 「リマロンっ! おい、リマロン。大丈夫か」


 声を掛けるが返事がない。

 どうしよう。声が小さいのだろうか。

 痛ましいリマロンの姿に俺は動揺していたのだろう。

 パニックを起こした俺はもっと大きな声なら目が覚めると判断する。

 【コッコ】を召喚すると近くのマンドラゴラ畑に誘導し、突かせる。


 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアァ」


 マンドラゴラの絶叫が木霊する。

 頼む。起きてくれ。


 「んん……。マンドラゴラぁ……」


 リマロンがうわ言を呟く。

 意識が戻るのはもう少しかもしれない。

 そうだ。マンドラゴラがあるぞ。食べ放題だ。


 「食べ放題ぃ……、はっ、マンドラゴラぁ!」

 

 リマロンが目を覚ました。

 ああ、ほんとによかった。


 「イテテ……。ドジ踏んじゃった。これじゃミスしたボスのこと、笑えないじゃん」

 「大丈夫なのか」

 「体中痛いけど、死ななきゃ安いよ。だって、ここにボスがいるってことは私たちの勝ちでしょ」

 「ああ、俺たちの勝ちだ。でも、おまえの命は安くない。おまえが死んだら負けと変わらない」

 「ねぇ、ボス。私のこと、ちょっとは見直した?」

 

 弱弱しい声に痛ましさを感じる。

 普段と変わらない調子無理して演じているように思える。


 「最初から見くびっていない」

 「うそでしょ。すぐ子供扱いするじゃん」

 「子供扱い……? 確かに仕事サボってる時は叱るが、子供扱いではないだろう。それよりもう喋るな。その体……休めば回復するんだよな、な?」

 「えへへ、そっか。ちゃんと認められてたんだ。私、うれしい」


 どうして体について答えてくれない。いやな予感が走る。


「わわ、思った以上に効いちゃってるよ。 ボス、私、死なないからね。ホントに大丈夫だよ。ほら、私の得意技、忘れちゃった?」


 いたずらな笑みと共に体が光る。

 よくコッコたちがマンドラゴラを食べた後に見た光だ。


 「大地治癒(アースヒール)。土の補助魔法は自分自身に一番効きやすいんです」

 「致命傷ではなかったのか」

 「ボスが心配してくれるのが珍しくて、ついつい……ね。でも、ボスって何考えてるかわかんないからこんな時じゃないと本音聞けないと思ったから」

 「そうか。よかった」

 「怒らないの?」

 「ああ、無事なら安心だ」


 リマロンの体が獣鬼の姿に変わる。


 「ウサウーサ、ウサウサウササ。ウシシッ」


 彼女が何を言っているか分からないが、おそらく大地治癒の回復効果は、術をかけられた側の肉体強度に比例するからこちらの方が治りやすいとかそんなところだろう。魔法の効きがみるみる良くなっている。

 生命の危機ではなかったらしい。

 どうやら俺はからかわれていたようだ。

 俺から恥ずかしいセリフでも引き出したかったのだろうな。まんまと乗せられてしまった気がする。

 とは言っても怪我は本物だ。こんな場面で普通やるかとは思うが俺は口に出さなかった。


 「回復役(ヒーラー)が真っ先に倒れたら意味ないだろ。もうちょっと後先考えて行動しろ」


 弛緩した空気が流れそうになったその時、獣の咆哮が聞こえてきた。


 「カバアアアアアァァァァァァァァァ」


 そこにはワーヒポポタマスはいた。

 毒気はすっかり抜けてしまっている。

 どうしてだ。

 奴の足元には白い花をつけた植物が生えていた。


 【ドクダミ】

 【ランクE】


 解毒薬の材料になる薬草だ。この部屋に生えていただろうか。

 いや、リマロンと別れる前にはなかったはずだ。


 ワーヒポポタマスの瞳に憎悪に染まり、こちらを睨みつけている。

 いままでも先に意志から倒したパターンはあった。

 その時に残ったモンスターと戦闘する機会もあったが、いずれも野生のモンスターとして自然な振る舞いだったと思う。

 しかし、このモンスターからは俺に対する明確な殺意を感じる。


 不可解だ。

 よく考えればおかしいことがいくつか起こっている。

 なぜ、ここに都合のいい薬草がいきなり生えたのか

 なぜ、意志の消えたモンスターがこちらに敵意を向けているのか。

 そして、なぜ、最後の迷宮スキルを獲得できていないのか。


 改めて見るとワーヒポポタマスのオーラは消えていなかった。

 ダンジョンの意志は生きている?

 オリジンルームは攻略したはずだ。

 いや、オリジンルームは状況証拠的に最奥の部屋だと思っただけで、ここがあの意志のオリジンルームの可能性も残っている。

 まさか俺は謀られたのか?


 この状況は非常にまずい。

 リマロンは戦闘不能。

 マンドラゴラの声も毒も既に攻略法を見つけられてしまっている。

 敵は俺を認識している。明確な殺意で俺を狙ってくるだろう。

 ここまでなのか。ここまでうまくやってきたのにここで終わりなのか。


 「それは私も不本意なので、介入させて頂きますね」


 ワーヒポポタマスの胸から人の手が生える。

 カバ巨人が口から血をまき散らす。


 「戦いの勝者がはぐれモンスターなんて誰も望みません」


 はつらつさがありながらもどこか事務口調、この声は。


 「ふう、危ない危ない。危うくダンジョンが全滅するところでした。第二(ウェイブ)クリア、おめでとうございます。お久しぶりです。助言者ちゃんですよー」


 ワーヒポポタマスの体が吹き飛ぶと、その影に隠れていた顔の見えないローブの女性が現れた。

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