26.ヒポポタマスの意志2
二匹の鬼が対峙している。
1匹は兎頭。もう1匹はカバ頭。
そんな2匹を見ながら俺は頭を必死に働かせていた。
【ワーヒポポタマス(BOSS)】
【ランクB-】
名前から察するにワーウルフに代表されるワービーストと呼ばれる獣鬼の一種だ。
原種と同じなら人に化ける人食いの鬼で、それ故に知能も高い。
しかし、獣頭を持つ鬼であれば全てワービーストとして扱われるため、強さ賢さはピンキリである。
名前だけでは正確な危険度は図れない。せめて能力だけでも分からないものか。
獣鬼の頭は元となった獣の頭部と同じで、その性質を少なからず引き継ぐ。
つまり、ヒポポタマス、別名カバの能力を持っているはずだ。
問題は俺がその獣の名前しか知らないことだ。
俺のモンスターの知識は拠点であったマカタ周辺に生息しているものに偏っている。
ヒポポタマスは確か聖国に棲むモンスター。当然、特徴など覚えてるわけがない。
「ウサッァ」
リマロンがロングハンマーを振り下ろす。
体重が乗ったいい一撃だ。
しかし、ワーヒポポタマスはそれを片手で受け止めてしまう。
「カバァァ!」
そのままハンマーをリマロンから引き剝がすように奪ってしまった。
リマロンは態勢が崩れたまま。このままだとまずい。
「ギャアアアァァァアァアアアア」
絶叫が響き渡り、ワーヒポポタマスはハンマーを落し後ずさる。
ラビブリンの一匹が迎撃用のマンドラゴラを抜いたようだ。
ワーヒポポタマスは耳を頭に貼り付け、鼻から血を流し、こちら側を睨みつける。
崩れた石垣の上から、ラビブリンたちが白いゴーレムの破片を投げたり、石弾の魔法を飛ばしたりしているが、カバ頭の巨人には効いていないように見える。
「カバァァァァァァァアアア!」
ワーヒポポタマスが大口を開けてマンドラゴラに対抗するように絶叫する。
音圧で岩の欠片とともに吹き飛ばされるラビブリンたち。
それらと一緒に絶叫するマンドラゴラも飛ばされていった。
あっという間に攻撃圏外だ。
カバ頭の巨人が咳交じりの呼吸を整える。
ダメージは入っているが、致命打とは言えない。
「ウッサァ」
いつの間にかハンマーを取り返していたリマロンがカバ巨人の後頭部を強打する。
鈍い音ともにハンマーがくの字に折れる。
よろめくワーヒポポタマスは膝を付くのをなんとか踏みとどまった。
後ろに腕を振るうことでリマロンを振り払うと、背を向けて元の部屋に走り去っていった。
「待て。リマロン」
追いかけようとしていたリマロンが不満げな顔で振り返る。
兎の顔になっても自然と表情は分かるものだ。
ウサウサと抗議の声を上げている。
彼女の非難も分かる。
俺は戦力解析に集中しすぎて何のフォローも出来なかった。
彼女の瞳からは俺がまたドジをしたように映っているだろう。
敵は手負いだ。一見するとファイアリザードの意志を追撃する状況と似ているかもしない。
でも、ここで彼女の追撃を許すわけにはいかない。
言うべきことはしっかり言うのだ。
「奴はまだ致命打を受けていない。準備不足で行くべきじゃない」
この戦いはダンジョン同士の戦いであり、モンスター同士の戦いではない。
風の魔物の意志も炎の魔物の意志も、そこをはき違えていたために突ける隙があった。
では、今回の相手はどうだろうか。
ボスモンスターを単騎で使う戦略。
俺を含めてすべての意志はボスモンスターを側に置いていた。
普通ならそれが一番だ。戦線が多い初期ならともかく、部屋の残り数を考えるとここ以外に戦線があるとも思えない。現状で分かれて行動する意味が分からない。
なにか罠を準備しているのか。ならなぜ主力で攻撃を? 敵の意志が読めない。
こんな不気味な相手にノープランで攻撃する訳にはいかない。
少なくとも、あのボスモンスターの攻略法を練っていくべきだ。
リマロンの顔から不満の色が消えてない。
俺の考えが十分に伝わってないように思える。
次に俺がかける言葉を間違えるとさっきのように一人で突っ走ってしまうだろう。
さっきとは違い格上が相手だ。ノープランでやれる敵じゃない。
しかし、作戦を練ろうなんて言葉では納得しまい。
焦る俺の目がくの字に曲がって捨てられたハンマーを捉えた。
「その武器じゃ戦えないだろ。いいものを出してやる。少し待てるか」
ウシシと兎頭の大鬼が笑った。
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ムーちゃんは大丈夫かしら。
私は部屋の出口を見つめながらそう思う。
あの子が出て行ってから、長い時間が過ぎてる。
殺し合いなんてイヤ、でも死ぬのなんてもっとイヤ。
そんな私の心を見透かしたようにムーちゃんは行ってしまった。
本当に不甲斐ないダンジョンでごめんなさい。
ホントなら私も一緒について戦わなくてはいけないのに。
【濁流河川】で作った川の水が跳ねる。
鼻と目だけ出していたヒポポタマスたちが一斉にエノコノノ草が茂る床へ這いだした。
て、敵かしら?
思わず身構える。
でも、大丈夫。
この子たちがいてくれる。
おっきくてとぼけた顔だけど、とっても頼れるヒポポタマスたち。
いままでだって、どんなモンスターが来てもやっつけてくれた。
この戦いだってきっとなんとかなるはずだわ。
しかし入ってきたのは、傷だらけのムーちゃんだった。
どうして! どうしてこんなケガを? あんなに強いムーちゃんが?
パニックになりかけた私を見てムーちゃんが問題ないと身振りで示す。
しかし、強がりなのは見てわかった。
とっても辛そうだった。
私のせいだ。
ダンジョンとして戦わないといけないのに、勇気が持てなくて、ムーちゃんに甘えてしまった。
くやしくて、くやしくて泣きそうになって、はっと気付く。
泣いてる場合じゃない。ムーちゃんのケガ、何とかしなきゃ。
でも、今の私のスキルじゃどうしようもない。
先の見えない出口を見る。
ムーちゃんをケガさせた相手がまだいるかもしれない。
でもっ! それでも……。
私はヒポポタマスたちを引き連れて部屋を出ることにした。
待っててね、ムーちゃん。
必ず、なんとかするから。
ヒポポタマスたちの上に【マッドスライム】を召喚する。
これでお肌は乾かないよね。よし、行こう。
部屋を出た途端、力が湧いてきた。
スキルを使うあの力だ。
【迷宮スキルを獲得しました】
【ティアスパロー】
【ランクD-】
【嘴の赤いスズメ。涙には高い治癒効果があるが、量が少ない上自身には効き目がない。】
これよ。このスキルなら。
私は勇気を出してよかったと心の底から思った。
これでムーちゃんを治してあげられる。
早速たくさん召喚して、オリジンルームに飛ばした。
ついでにヒポポタマスたちの頭にも乗せてあげた。
可愛らしい。ちょっと元気、出てきたかも。
ケガが治せるならもう怖いものはないんじゃないかしら。
頑張れば、ムーちゃんにケガさせたやつをやっつけられるかも。
頭にスズメ、背中にスライムを乗せたヒポポタマスたちを引き連れ、私はさらに奥の部屋に向かった。
【迷宮スキルを獲得しました】
【ドクダミ】
【ランクD】
【魔草の一種。独特な匂いを放つ。葉にマナを込めると周囲の毒に合わせた解毒成分を作り出す魔法を生み出す。】
さっきから部屋に入っただけでスキルが手に入る。
これってムーちゃんが頑張ってくれた結果かしら。
絶対、そうよね。私の心に火が灯る。
ムーちゃんはこれだけ頑張ってくれたんだ。
だから、やっつけられるかもじゃダメ。やっつけなきゃ。
決心と同時に黒いもやもやを放つおっきなウサギが入ってきた。
同時に白い影も。
こいつらだ。
私の心の決意の火は激しく燃え上がる。
ムーちゃんをいじめた報い、しっかり受けてもらうんだから!




