25.ヒポポタマスの意志
俺たちはオリジンルームへ帰ることにした。
ファイアリザードの意思の部屋は行き止まりだったためだ。
ちなみに先ほどの戦いで発生したモンスターの死体はソウルに変換済み。
ファイアアントは襲ってこないので、放置することにした。
本来は、あまり好戦的な性格ではないのだろうか。
待ち伏せを受けた部屋を渡るのには苦労した。
なにせ一面火の海だ。行きのような強行突破は無理だろう。
ファイアリザードの残党も火の中からこちらを窺っている。
蟻とは違い戦意は衰えてないらしい。
まともに相手してられないので、マンドラゴラで対処した。
召喚したマンドラゴラは、ずぶ濡れのお詫びとボスモンスター撃破のご褒美ということにしてリマロンに渡す。炎で体毛を乾かしながら美味しそうに食べている。
さて、火を消すには【池】が楽だが、これをやったらリマロンに怒られそうだ。
火消すだけでなく、その後このカナヅチの獣人が通れる道にする必要がある。
代わりに【忌土】を使うことにした。
とはいえ床を土に置き換えるだけでは鎮火とはいかない。
土をかぶせる手間はあったが、マンドラゴラでテンションの上がっているリマロンがショベル片手に喜んでやってくれた。
途中で【忌土】に飽きたらしく【怖妖土】を要求された。
消費ソウル量を考えると無駄なことだ。しかし、答えてあげることにした。
意味は分からないが、今回のリマロンはとても頑張ってくれたし、少しのわがままくらい答えてあげようと思った。
今回の戦いで彼女の理解不足を感じているし、この行動がそれを解決するきっかけになってくれたら嬉しい。
結局この行動の意味は最後まで分からなかったが。
さて、南の防衛陣のラビブリン隊と合流し、無事にオリジンルームにたどり着いた俺は目を疑った。
畑が荒らされている。
被害を受けたのは南側の戦闘用の畑だ。
未成熟のマンドラゴラの葉があちこち齧られている。
犯人はその場に転がり息絶えていた。
グレーラットだ。
それも1匹や2匹ではない。結構な数が襲撃してきたらしい。
道中のダンジョンの意志も鼠も全滅させたはずなのにどこに隠れていたんだろうか。
襲撃の原因も知りたいが、今は現場が慌ただしい。
死体は肥料作成用の岩テントの中にラビブリンたちに運んでいるが、人手が間に合ってない。
調査は後回し。まずは後方部隊を復旧しないと。
「コッコたちも戦ってくれたみたいだよ。おかげでこの畑以外は被害なしだって。結構やるじゃん」
子分からの報告を受けたリマロンが俺に伝えてきた。
オリジンルームの後方支援組は南側の攻略に半数以上引き抜いた上に戦線離脱者が多かった。
畑を襲ったラットは喰らったマンドラゴラの毒でいずれ死ぬだろうが、息絶える前にもうひと暴れしたかもしれない。
コッコたちの頑張りがなければ、他の畑も被害を受けていた可能性があった。
一仕事終えチビキビの穂を啄むコッコたちを見て、俺は安堵に胸をなでおろした。
ひとまず落ち着いたところで現状の攻略状況の確認をしよう。
◆-□-?
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◆:本拠地 ■:現在地 □:探索済み
?:未探索 ー:出入口
部屋数で、12部屋中8部屋の探索が終了。
残りは4部屋だが、時間とともにダンジョンの統合は進んでいるはずだ。
残りの意志は1つか2つだろう。
部屋の場所も推測できる。
前回の部屋決めと同じなら四角形となるはずだ。
今行ける未探索部屋のゴーレムの部屋から南に伸びる一本道だと踏んでいる。
方角はともかくとして、まだこちらへ攻撃が始まっていない侵略スピードの遅さといままでの探索結果から一本道なのは間違っていないと思う。
相手がロックゴーレムであれば、指揮さえすればラビブリンたちの土波の魔法でも問題なく処理できそうだ。
しかし、報告にあった、なんかイワイワしたヤツは果たして本当にただのロックゴーレムなのであろうか。それにその奥の部屋にマンドラゴラが効かないまだ見ぬ強敵がいるかもしれない。
備えておいて悪いことはない。リマロンにはロングハンマーを持って行ってもらうことにしよう。
あのハンマーは重すぎて獣人の姿じゃ振るえない。出番はない方がいいがあるかもしれない。
オリジンルームのラビブリンは全員置いてく。
ラットの再襲撃の可能性、なによりスカイホークの意志との持久戦が堪えている。
多少は回復しているが、スタミナの少ない兎頭の小鬼たちにはこれ以上の格上との戦闘は不可能だろう。
ソウルはある。リマロンもいる。必要であればその場で【ラビブリン】が使える。
戦力は必要に応じて生み出せる。
俺はモンスターたちに指示を飛ばすとリマロンを連れて東の防衛陣へ向かった。
防衛陣は大した戦闘の跡もなくきれいなままに残っていた。
鉄鉱岩の壁の上からラビブリンたちが見張っている。
問題なく仕事を遂行してくれたようだ。
「コブン共ッ、待たせたね。こっからはがんがん攻めちゃうよー」
リマロンの宣言にウサッ、ウサッと声を上げながら飛び跳ねるラビブリンたち。
こいつらも退屈してたらしい。
二足で立つウサギの姿は可愛らしいが、その本性はゴブリンの亜種、小鬼のモンスターそのものだ。
敵を襲撃できると聞いて血が騒ぐのだろうか。
ポイズンダガーやシャベルを掲げる騒ぎ立てる姿をみるとその事実を改めて実感する。
さあ進軍だ、と動きだそうとしたその時。
轟音と衝撃。
崩れる岩の壁。
何事だ。
白いロックゴーレム?
壁に仰向けの姿勢で頭から突っ込んで埋もれている。
いや、埋もれているのではない。砕けてなくなっている。
上半身が壊された上でこちらに吹っ飛ばされたのか。
混乱の最中現れたのは巨大な人型モンスター。
顔の半分はあろう大きな口と小さな瞳がユーモラスな顔立ちだが、このロックゴーレムを吹っ飛ばしたモンスターと言う事実がその愉快な印象を恐怖に塗り替える。
オーガを超え、トロール級の巨体を揺らしながらこちらへのしのしと歩いてくるその姿には圧倒的な威圧感を覚えた。
【ワーヒポポタマス(BOSS)】
【ランクB-】
ランクB-。
リマロンのランクC+を超えるモンスター。
ロックゴーレムの残骸に向けていた視線が俺のモンスターたちに向く。
部屋に入って初めてこちらを認識したようだ。
大口を開けて戦闘態勢に入るワーヒポポタマス。
「やばいよコイツ。あんなぶっとい腕で殴られたらうちのコブンは一発でぺちゃんこだよ。正直正面から相手したくないけど、私しかいないよね……。ええい、やってやるぅ」
やけくそ気味に叫ぶと兎耳の少女の体が膨れ上がり、熊のような姿に変貌する。
それでもワーヒポポタマスの巨体に及ばない。
子分からロングハンマーを受け取り、握りしめ、そして構える。
リマロンがいつになく慎重だ。彼女をうまくサポートしてあげないと撃退だって難しいだろう。
カバ頭の巨人を前に俺は必死に頭を回転させた。




