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23.ファイアリザードの意志2

 「ボスぅ。もうこっちから攻めちゃっていいんじゃない。いいよね?」


 リマロンが提案する。

 ぴょんぴょんと飛び跳ね、今にも飛んでいきそうだ。

 

 「部屋の状況がわからない。焦って突っ込むべきじゃない」

 「敵さん、引き上げてるよ」

 「見えるのか」

 「そりゃ見えるでしょ」


 盲点だった。

 モンスターは黒い塊の中身が見えるのだ。

 というよりも、俺だけが見えないというのが正しい。


 ダンジョンの体は人の頃より五感が強化されている。

 しかし、それは自身の支配領域のみ。

 敵ダンジョンの様子はたとえ眼前であろうと見えないし聞こえないし匂いも感じない。

 例外は同室にいる時で、この時は敵の領域内のものでも感知することが出来る。

 生身の瞳なら当然見ることができる。こんな簡単なことを失念するとは、俺もこのダンジョンの体に慣れてしまっていたということなのだろうか。

 さっきからダメダメだね、などとからかうリマロンにお願いして南の部屋の状況を説明してもらう。

 

 「タカ対トカゲはトカゲの勝ちで、トカゲのダンジョンは部屋を燃やし尽くそうとしたみたい。でも、置いてきちゃったマンドラ爆弾を割っちゃったみたいでトカゲは全滅。生き残ったアリがちょろちょろしてて、襲ってきたダンジョンはもういないよ」


 狙い通りに潰し合ってくれたようだ。

 時間を与えれば死体を回収されてソウルを回復されてしまう。

 すぐにでも反撃に移るべきか。


 「べきべき! よっしゃ、反撃の時間じゃーい」

 「待て。もうちょっと慎重に判断してから……」

 「時間がないんでしょ。じゃあ、しっかり着いてきてね」


 我慢の限界だったのだろう。

 リマロンが単騎ですっ飛んでいった。

 スカイホークの意志との戦いでは有効打がないため、ラビブリンたちの指揮や補助に専念してもらっていた。好戦的な性格の彼女のことだ。今になって戦闘欲求が爆発したに違いない。

 慌てて俺も後を追う。


 部屋の中は焼け野原になっていた。

 綿と草が敷き詰められた床は真っ黒に焦げ、部屋の隅には未だに炎が燻っている。


 「あちち」


 口ではそういうものの、リマロンは足の裏が焼かれることに怯む様子はない。

 小型犬ほどの大きさの蟻の群れ相手に大立ち回りを演じていた。

 手にはシャベル。飛び交う酸の弾を回避しつつ、足や触覚を的確に撥ね飛ばしていく。


 【ファイアアント】

 【ランクD-】


 蟻の一匹が酸を吐きかける。

 弾丸状になってリマロンに襲い来るが、彼女はひらりとそれをかわす。

 かわされた酸の弾は俺の胴を通り過ぎ、燻る炎へと落ちる。

 消えかけた火の勢いが増す。

 油のように燃える性質のようだ。


 「リマロン、酸に当たるな。燃えやすくなる」

 「わかってるって。ボスも私の側を離れないようにね」


 舞踏が如く飛び回るリマロン。

 敵の領域にはみ出さないように俺は必死に彼女に合わせて動く。

 その間、周囲の蟻の足はもげていく。

 あっという間に蟻が黒褐色をした頭と体のみとなり、動かなくなった。

 黒い塊は霧が晴れるかのように消え失せる。

 主もそのモンスターもいない領域はいつもとは違う挙動で簡単に掻き消えた。


 「ボスぅ、終わったぁ。さぁ、たーんと召し上がれ」

 「ソウル回収は食事とは違うぞ」

 「似たようなものじゃん」

 「まぁ否定はしきれないか。にしてもやるもんだな。てっきり獣人の姿は、魔法に特化した形態かと思ってた」

 「ひひっ、やるもんでしょ。ちゃーんとボスモンスターやってるでしょ。ボスがドジる分、私がしっかりしないとねー」

 

 俺は部屋中のモンスターの死骸をソウルへ変換する。

 侵略者はソウルの回収をしていかなかったらしくスカイホークの死体も残っている。

 中には炭と化してる死体も問題なくすべて吸収できた。


 「お腹いっぱい? じゃ、追いかけようか」


 ちょっと待て、と俺は伝える。

 流石にリマロン一人じゃ危険だ。


 「あのトカゲはコブンたちじゃ荷が重いでしょ。奥にはもっと強い親玉がいるかも。だったら親分である私の出番じゃん。さっきがボスが頑張ったしはりきっちゃうよー」


 確かにラビブリンの戦闘力は俺も懸念している。

 しかし、防御面が心配なのはラビブリンの上位種である彼女も同様だ。

 作戦を練ってからでないと…。


 「厄介だから時間あげたくないんでしょ? さっさと行くよ」


 確かに厄介な相手故に後手に回るのは危険か。 


 「それにひとりじゃない。ボスがいる」


 リマロン、おまえ……。


「……てなわけで! サイコーのパフォーマンスのために! どうかどうかマンドラゴラを! お恵みくだせぇ!」


 感動しかけた俺が馬鹿だった。こいつはそういうやつだったよ。

 焼けた大地に見慣れた毒草が生えるとリマロンは迷わず引っこ抜いて頬張った。

 忙しく口を動かす様子はなんとも幸せそうで、戦いの最中であることを一瞬忘れさせてくれた。


 スカイホークの部屋から東の口に進んだ部屋は【石柱】と【仕切り】で作られた迷路だった。

 床は煤だらけだが、炎は残っていない。

 おそらくはここのダンジョンの意志は炎のモンスターの意志に攻略されてしまったのだろう。

 俺は【仕切り】で分解を試みたが無駄だった。

 ここは支配領域外(アウェー)。この迷路は正面から攻略するしかないようだ。


 「ボス、マンドラゴラちょうだい」

 「おい」

 「もう違うって、マジメな理由。大きな音があれば、響き方で道がわかるんですっ」


 大きな兎耳ぴょこぴょこ動かすリマロンの表情は真剣だ。

 壁の反響を利用して構造がわかるということだろうか。

 こんなときに嘘は言うはずがないので、素直に渡す。


 「ギャアアアアアアァァアアアア」

 「オーケイ、出口はひとつ。こっちだよ。離れないでね」


 リマロンは全力で迷路を駆けていく。

 ここは敵の支配領域なので、自分の召喚モンスターから離れると黒いオーラに体を溶かせれ死んでしまう。

 リマロンには説明していたと思うが。

 俺は必死に後を付いていく。


 「待て、早い。相手の領域にはみ出る」

 「ええー。ついて来れるでしょ? あれだけキビンに動けるんだもんねー」 


 リマロンはお構いなしだ。

 おかげで驚くほどあっさりと出口前までたどり着いたが、こっちは冷や冷やしっぱなしだった。


 「ここまで罠もモンスターもいなかった。待ち伏せするならこの先だ」

 「むぐむぐ、りょーかい」


 いつの間にか口に入れていたマンドラゴラを飲み込むとリマロンは北の出口へ突っ込んだ。


 部屋は仕切りのない大部屋で一面黄金色の穂に覆われていた。


 【キススキ】

 【ランクE】


 その中央に大岩がある。左右には出口が見えないので、おそらく岩の影、つまり正面にあるはずだ。

 そして岩にはファイアアントが1匹陣取っている。今にも酸を発射してきそうだ。


 【火彩岩】

 【ランクC】


 「ボス、ここも駆け抜けるよ」


 待て、と言う前にリマロンは駆け出していた。慌てて追従する。

 キススキの野を駆け抜け、中央の大岩にぴょいと飛び乗り、蟻を踏み潰す。

 カチッと音がする。やってしまったか。

 キススキの原っぱのあちこちから煙が上がる。

 ファイアアントはやはり囮だった。

 伝えられなかったことが悔やまれる。


 【火炎スイッチ】 【連動スイッチ】

 【ランクD】    【ランクD】



 連動式でかつ、遠隔式のトラップ。こんなスキルもあるのか。

 

 【ファイアリザード】

 【ランクD+】


 あちこちから頭に炎の灯ったトカゲが顔を出す。

 待ち伏せだ。思っていた以上に大規模だ。

 トカゲも火を吹いたことで、あっと言う間に部屋一面は火の海になった。

 残っているのは今いる大岩の上のみ。

 四方からこちらに狙いを定めたトカゲも確認できる。

 ぼやぼやしてるファイアリザードが火の玉を飛ばしてくるだろう。

 こっちの奇襲が完全に読まれた形だった。

 いや、勝機に焦って深追いしてしまったというべきか。


 「大丈夫。問題なーし!」


 リマロンの両足に魔力が溜まっていく。

 彼女の得意な土魔法の1つ、身体強化だ。

 ヒューマの肉体ならとっくに許容限界を超えているであろう大量のマナがその健康的な脚に集まっていく。

 筋肉が膨張し、本来の鬼の姿の脚並みに膨れ上がる。

 

 「いままで一番速いからね。ちゃーんと、着いてきてよ」


 トカゲたちが一斉に火球を飛ばしたのと同時に、岩が爆ぜる。

 俺たちは弾丸のように飛び出した。

 そのまま出口を抜ける。そして、着地。

 リマロンの速度に追いつくのに精いっぱいだ。

 状況理解が追い付かない。

 少なくともリマロンの一蹴りで次の部屋へ侵入出来たようだ。

 でたらめな脚力だ。

 ふふふ、罠は駆け抜ければ問題なーし、コブンたちの言う通り、とリマロンの独り言が聞こえる。


 眼前には大きな柱が立っていた。

 それは岩で出来ていて、あちこちに穴が空いていた。

 いうならば、巨大な蟻塚といったところだろうか。

 穴からは熱気が漏れ出している。

 そして、一番大きな穴から身体中に炎を纏うトカゲと白い人影が現れる。


 【サラマンリザード(Boss)】

 【ランクC+】


 「さぁ、ボス戦の時間だぁ」

 

 獣人の少女が不敵な笑みを浮かべてそう呟いた。

 

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