21.スカイホークの意志2
俺は青空を見上げていた。
ダンジョンの飲まれてから初めて見た青空。
こんな状況でもなければ感動に浸っていたのかもしれない。
でも、今はボスを含めたモンスターの群れに囲まれた危機的状況。
惚けている場合じゃない。
「早速やっちゃうよ。コブン共、マンドラ爆弾を放てぃ!」
リマロンの掛け声が響く。
ラビブリンが泥団子をシャベルの腹に載せて、思いっきり振り抜く。
両手でないと持てないほどの大きい団子だが、身体強化で一時的に高めたフィジカルで強引に敵陣へと投擲する。
この泥団子は【忌土】を【池】の水で湿らせたものを団子状にしたものだ。
水切りはしているが十分に乾燥しているとは言えない。
リマロンが全力で投げすぎると崩れてしまう程脆い土の塊だ。
当たったとしても大したダメージにはならないだろう。
そして泥団子はサイズミンクの風の障壁に阻まれて敵に当たる前に地面にたたき落された。
ただ、この攻撃はこれでいい。
潰れた泥団子の中からマンドラゴラが顔を出す。
「ガアアアアアアアアァアァ」
草原と見紛うダンジョンの一室に呪いの叫び声が上がる。
天井のない上風纏う魔物が蔓延る大部屋という環境のためか、その声はいつもよりこもって聞こえる。
それでも間近にいるモンスターたちの耳には届いたようで、一匹また一匹とサイズミンクが倒れていった。
想定していたモンスターは作戦通り討伐できた。
近距離であれば致死量のダメージを障壁を貫通して与えることが出来るという推測は間違っていなかった。
あるラビブリンがグレーラットの撃退にシャベルで土を被せていたのを見て考案したのがこの泥団子だ。
リマロンがマンドラ爆弾と命名してくれた。
元々兵器扱いだったマンドラゴラが本格的に兵器になってしまった。
草陰の気配が消える。隠れていたサイズミンクたちもすべて戦闘不能だろう。
しかし、部屋にはまだ想定外の敵が空からこちらを見下ろしている。
スカイホークとその上位種であるスカイイーグル。
まさか地下迷宮で飛行モンスターに襲われるとは思ってなかった。
こういったモンスターは世界迷宮では中層以降でしか遭遇しないはず。
中層以降はこの部屋のような地上のような地形のダンジョンも多く存在し、その環境にあったモンスターとも遭遇する。
俺は無意識に仮想敵をダンジョンの浅い階層で会うモンスターを想定していたが、これはダンジョンの卵同士の戦い。地上付近の上層ダンジョンとの戦いではない。
よく考えてみると上層ダンジョンであってもこのデスレースを切り抜けた大人のダンジョンだ。そもそもの想定が破綻していることに気付いた。
スカイホーク1匹が両翼を大きく振り下ろす。
突風が野を擦るような軌道でこちらへ襲い掛かる。
白い綿の花とともに兎鬼の1匹が舞い上がる。
別のスカイホークが矢の如き挙動で舞い上がった獲物へ急降下を始める。
危ない。
マンドラ爆弾がスカイホークの軌道を塞ぐ。
スカイホークは纏う風を強めるとUターンして元の群れへ戻る。
その際、マンドラ爆弾は爆発したと思われるが、こちらには声は届かず、倒れる魔物もいなかった。
それはこちらの攻撃が一切通用しないという事実を示していた。
俺は焦っていた。
こちらの攻撃が効かなかったときの勝ち筋はあるにはある。
敵のダンジョンの本体に攻撃が届かなければ、オリジンルームごと支配する。
最初の戦いでよく使った手だ。
ただし、この戦法には前提条件があった。
それは保有ソウル量が相手を大きく上回っていることだ。
以前の助言者との問答で得られた情報の1つに、支配領域の法則というものがあった。
それは相手の支配領域を侵略できるスピードはこちらのソウル量が相手のソウル量を上回る程大きくなるという法則だ。ここで言うソウル量は召喚済みのモンスター等を除く純粋にダンジョンの意志が自由に使えるソウルの量を指す。
つまり、ソウルを使わずにため込むほど、他ダンジョンとの領域の侵略と防衛両方が有利になるということだ。
俺の当初の作戦では、初動で攻略したダンジョンから得たソウルで自身のソウル量が増大している予定だった。
しかし敵モンスターの脅威を肌身で感じた結果、俺は防衛陣に予定以上にソウルをつぎ込んでしまっていた。
結果として、俺と攻略中のダンジョンのソウル量の差は大きく広がっていないようだ。
むしろ、俺の方が低い可能性すらある。
侵略側のソウル量が下回っていても、支配領域を拡張することは可能だ。
しかし、そのスピードは遅い。
前回の戦いより9倍の面積。【青空】のことも加味するとそれに高さも加わる。
支配しなければならない空間体積はあまりに大きすぎた。
ダンジョン本体には攻撃が通らない。
領域支配に係る時間は長すぎる。
一度撤退して、作戦を練るべきか。
「ボス、大丈夫! 作戦効いてる。マンドラ爆弾を警戒してあの鳥たち降りてこない。このまま嫌がらせ続けちゃおう」
リマロンの発言の根拠は薄いように思える。
でも、力強い彼女の声を聴くと思考が前向きになっていくから不思議だ。
相手の守りは徹底している。
ここがオリジンルームなのだろう。
つまり最後の砦、相手もダンジョンならばこの状況に焦ってないはずがない。
そう思うと気が軽くなる。
気が軽くなると視野が広がる。
視野が広がるとさっきまで思いつかなかった手が浮かんでる。
ソウル量が足りないならソウルを補充すればいい。
単純な話だった。
狙いを悟らせないようにゆっくりと時間をかけて、サイズミンクとマンドラゴラの死体を回収する。
目的が知られれば、敵の標的がリマロンたちから俺に変わる。
領域の防衛も意識されてしまう。
そうなれば、今度こそ勝ち筋は残るまい。撤退するしかなくなってしまう。
そうしてどれほどの時間、小競り合いを続けたであろうか。
ラビブリンにはスタミナ切れやケガでの戦闘不能者も出始めてきて、敵のモンスターも動きが鈍くなってきた。
互いのモンスターが疲弊し始めたそんな時に動きがあった。
なんと敵ダンジョンはモンスターを大量に追加召喚したのだ。
鷹の群れが一回り大きくなるとともに、上空を覆う黒い塊が縮んでいく。
ソウル差が一気に開いたためだ。こうなれば、俺の領域支配は止まらない。
このダンジョンの主は判断を誤った。
支配領域の法則をしらなかったのだろうか。限界までソウルを絞り出してしまった。
サイズミンクが全滅した時ならまだしも、このタイミングでの全力召喚は完全に裏目だ。
多くの猛禽に守られた敵ダンジョンは黒い塊に呆気なく押しつぶされた。
ソウル差が開きすぎて、モンスターの周りにある領域すらも削られてしまったのであろう。
潰されたダンジョンの意志は光の球となり俺に吸収される。
以前一度だけ同じことがあった。これは遺志の獲得か。
【ダンジョンスキルを獲得しました。】
【青空】
【ランクB】
【地上世界の青空。配置した部屋の構造、マナの増減、モンスターと罠の変異に大きな影響を与える。】
俺は強敵との戦いに勝利した。
しかし、浮れている場合じゃない。生き残らねば意味がない。
主を失ったスカイホークたちがこちらを睨みつける。
ダンジョンの領域である黒い塊は無くなったものの、その戦闘力は健在。
そのボスであるスカイイーグルが、大きく翼を広げると猛禽たちは隊列を組む。
突撃してくる、そう思った時。
爆音。そして熱波。
完全に意識外から巻き起こったそれに俺は注意を向ける。
別口からの侵入者だ。
現れたのは頭に炎揺らめくトカゲと巨大な赤蟻の連合軍。
宙に舞う綿の花、風撃で荒れた草原、その双方が燃え上がった。




