2.攻略開始
目を覚ますと見知らぬ天井。
そこは石造りの小部屋だった。
例えるなら、コソ泥をぶち込む地下牢か低層ダンジョンにありがちな隠し小部屋。
ダンジョン。
そう、ダンジョン。
自身の使命を思い出し飛び起きる。
俺は調査のために後輩のフックを連れて世界迷宮へ潜ったんではなかったか?
道中の記憶がはっきりしない。
調査対象の未確認エリアでモンスターにでも襲われたのだろうか。
周囲を見渡すがフックの姿はない。
それどこか俺の武器もランプも他の荷物も全てない。
北側と南側に出口があるだけで部屋には俺ただ一人だけ。
つまり、転送系の罠か。
低層で見かける罠ではない。
調査対象は運悪く深層ダンジョンへの近道だったと考えるのが自然か。
…ん?
なぜ俺は方角がわかったのだろうか?
当てずっぽうなんかでなく、そうだという自信がある。
頭をやられたか。混乱系の罠も喰らったらしい。
いや、混乱した結果、転移の罠に突っ込んだのか。
昇格前の大事な依頼だったのに、しくじっちまったな。
両の手で顔を覆おうとして気付く。
掌が透けている。
腕も、身体も透けている。
思考停止。
その後に長考。
そして、ある答えに辿り着く。
俺、死んでしまったのか。
幽霊にでも化けてしまったのだろうか。
いや、決めつけは早い。まずは検証だ。
今、俺の体がどうなっているか調べよう。
まずは五感から。
目は見える。
むしろ調子がいい。明かりもないのに部屋全体が見渡せる。
ただし、部屋の外は真っ暗で見えない。
戸があるわけでもなく、壁もないのにだ。
何らかの力でこの部屋だけ明るいのだろうか。
耳は問題なし。
微かに風の音が聞こえる。
鼻も利く。
石の湿った香り。
床にさわる。
半透明の手でも触れられる。感触もある。
五感は目が少し違和感を感じるがちゃんとある。
次だ。
立ち上がって軽く体を動かしてみる。
いつもよりも身軽だ。
軽くジャンプしてみる。
おお? そのまま宙に浮かんだ。
何これ、すごい。
部屋を飛んでいるというより泳いでいるような感覚。
移動も歩くより早そうだ。
よし。このまま泳いで辺りの探索だ。
気分が高揚した俺は、宙を泳いで一直線に北側の出口へ突っ込んだ。
うぅ。
出口にぶつかった。
…痛覚もちゃんと機能してるな。よ、よし。
でも、なぜだ?
戸のない至って普通の出口。
それは見えない壁でもあるように俺の侵入を拒んだ。
さらにいうと出口を間近で見ても真っ暗で先が確認できない。
不可視性の魔法障壁だろうか。
前言撤回。
至って普通ではない出口のようだ。
気分も体も浮かれてたせいで気付かなかった。
反省。
今は仲間ともはぐれ、身体がおかしい異常事態。
もっと慎重に行動せねば。
ああ、そうだ。体の検証の途中だった。
まだ全て済んでない。
最後に魔法だ。
と言っても、俺は下位の土の魔法しか使えない。
さらに魔法の練度も低い。
土のマナで作った魔法弾は投石より弱いし、土のマナを纏う身体強化の魔法も多少疲れにくくなるくらいで、目に見えた身体能力の向上が出来ない。
説明していて、悲しくなってくる。
自身の中にあるマナへ意識を伸ばす。
ここは土のマナが濃い場所なのだろうか。
明らかにいつもより強い力を感じる。
これはホントに俺の体にあるのか。
いや、そもそもこれは本当にマナなのだろうか。
感覚が随分と違う気がする。
両の掌を合わせ、ゆっくりと離す。
掌の間に練った魔力の奔流が確認できる。
いつもの細い糸のような魔力の流れではない。
普段の俺じゃ出来ない大きな効果を予感させる。
魔力を叩き潰すように再度両手を合わせる。
選んだ魔法は身体強化だ。
しかし、身体に変化は起きず、代わりに石の床の一部が土に変わった。
全力で走った後のような疲労感が訪れる。魔法の反動だ。
いつもより大きい。当然だな。
先ほどの魔法の産物を確認してみる。
一見するとただの土。
しかし、妖しげな魔力を感じる。
おそらく魔法銀などに代表される魔法素材なのだろう。
薬草やキノコならば多少知識に自信があるが、土は専門外だ。
俺が土の正体を探ることを早々に諦めたその時、不意に脳裏に浮び上がった。
【怖妖土】
【ランクC】
【植物型モンスターの力を高める土。配置した部屋の土のマナを少し高め、他のマナを少し抑える。一部の魔草をモンスターへ変異させる。】
絶対に俺の知らない知識だ。
この土の解説で間違いないだろうという確信があるのが、薄気味悪い。
ランクとか配置とかいろいろ突っ込みどころはあるが、1番やばいのは最後の1文だ。
モンスターを発生させる土とか危険極まりない。
効果次第だが、ひょっとすると小さな集落くらいは壊滅させられる代物ではないだろうか。
俺が作ったという事実に恐怖する。
ここから帰還出来たら、裏組織とかに狙われそうだ。
…見なかったことにしよう。
魔法の検証はここで止めよう。
そう思ったところで俺は武器がないことを思い出した。
モンスターとはいつ遭遇してもおかしくない状況だ。
武器がない今、モンスターに対抗できる術は魔法にかかっている。
幸いにして操れる魔力が上がっている。
魔法の石弾の威力も大幅に上がっているだろう。もちろん使えればの話だが。
これも別の魔法に変異してそうな予感はあるが、試さずに決めつけるのはよくない。
検証続行だ。
あまり魔力を練らず、石弾を放とうとする。
代わりにさっきの土から草が生えた。見慣れた野草だった。
【ヨモギー】
【ランクE】
【野草の一種。食用、薬用として人気が高い。水、土のマナが高いと薬効が高くなるが、火、風のマナが高いと毒性が高くなる。】
しっかりマナを練って、石弾を放とうとする。
別の草が生えた。これは知っていたが、本物を見たのは初めて。
【マンドラゴラ】
【ランクC】
【小人のような根を持つ魔草。呪術や魔法薬の材料として有名。引き抜こうするとモンスター化して聞いた者を発狂させる悲鳴を上げる。】
魔法で生み出した草の解説が頭に浮かぶ。
やはり気味が悪い。
薬草の考察を始めようとしたところで、俺は北側の出口に構える。
モンスターの気配。来る。
数は、1匹。
暗闇の壁を突き破り、一つの影が俺のいる部屋に躍り出た。