12.狂草魔法
俺は今、感動している。
目の前に転がっているのはロックゴーレムだった岩塊。
あんなに苦戦させられた岩の巨人があっという間に片付いてしまった。
これがボスモンスターの力か。
ボスラビブリンに最初に命じたのはロックゴーレムの討伐だ。
この巨体なら使えると思い、ロングハンマーを回収させた。
ボスラビブリンはあの大槌を軽々と扱ってみせた。
そのままロックゴーレムの部屋に向かわせるとそのハンマーでゴーレムたちをあっさりと砕いてみせた。
俺は岩塊に手をかざすとソウルを吸収する。
ランクCのモンスター3体分だから吸収量は期待してたが、予想以上に大量のソウルが獲得できた。
確実に同ランクのマンドラゴラより多い。
助言者の話だとランク付けは必要なソウル量で決まっているそうだが、同ランクでも必要なソウルに差があるようだ。
武器が扱えるくらいには器用で、そのパワーは強力。
これだけの身体的アドバンテージがあるにもかかわらず、ボスラビブリンの解説では別の能力のことが触れられている。
【ボスラビブリン】
【ランクC+】
【ゴブリンの希少種であるラビブリンの上位種。マンドラゴラを媒体に特殊な魔法を操る。マンドラゴラさえあれば格上にも勝てる力を秘めている。】
そう、これだけのフィジカルがあるにも関わらず、魔法が得意なモンスターらしいのだ。
マンドラゴラを使った特殊な魔法とは一体、どんな魔法なのだろうか。
期待が高まる。早速、迷宮スキルの【忌土】と【マンドラゴラ】を使う。
【忌土】を先に使うことで、より自然にマンドラゴラが生える環境に近づく。
そうすることでより少ないソウルで召喚が可能になる。
助言者の知識は非常に役に立つ。
相手に引かれるほど必死に聞き出して正解だった。
さぁ、ボスラビブリン。
このマンドラゴラで使える魔法を見せてくれ。
ボスラビブリンは頷くと無造作にマンドラゴラの葉掴んで引き抜く。
そして泣き叫ぶマンドラゴラを叩き土を払うと、一口に頬張った。
ちょっと待った。
それ、猛草だぞ。ニンジンじゃないんだぞ。なに、食ってるんだ。
光るボスラビブリン。
召喚時のように視界が白く染まる。
視界が戻ると目の前に兎耳の獣人の少女がいた。
「ひひっ、どお。すごいでしょ。びっくりした?」
「ボスラビブリン……なのか?」
「狂草魔法・【獣人変化】。マンドラゴラをムシャムシャすると、なんと人に化ける事が出来ちゃうんです。人っていっても獣人だけどね」
ボスラビブリンはぴょこぴょこ跳ねながら無邪気に笑いかけてくる。
俺は本物の獣人を見たことがないので正しいかはわからないが、成程話に聞く獣人の特徴そのままだった。
その体は細身ながらも女性的な曲線が目立つ体形で、元の姿の面影は兎の耳くらいしかない。
大切な箇所は局所的に毛で覆われている。とはいえ、お臍や太ももはヒューマやエルフのようなつるりと白い肌をしていて、直視しがたい。
「おまえ、メスだったのか」
「メスだよっ! 女の子だよっ。ちょっとひどいじゃん」
「すまない。さっきのパワーを見た後だからてっきりオスかと」
「もう、これから気を付けてよね。それより今は魔法の時間でしょ。パパ」
パパは勘弁してほしい。
化けた姿と言えど少女に元冒険者でおっさんの俺をその様に呼ばせるには忍びない上、気恥ずかしい。
俺のことはスライスと呼ぶように伝えたが、兎耳少女は不満げな反応だ。
「ここのダンジョンのボス的なポジションとして私を生んだでしょ。言っちゃえば、貴方は私のパパなわけじゃん。なんでダメなの」
「勘弁してくれ」
「じゃあ、オヤジは?」
「ダメだ」
「ケチー。じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「そうだな……ボスとか」
「へーい、ボス。絶対パパの方がいいのになぁ」
次はこっちの番だ。
彼女に名前を付けてあげないと。
ずっとボスラビブリンと種族名で呼ぶのはこれから協力していく上でよろしくない。
「はーいボス、提案。リマって名前がいい。可愛いでしょ」
「そうか。じゃあこれからおまえはリマだ。よろしく」
「あっ、やっぱり変える。マロンがいいかも。こっちもしっくりくる」
「じゃあマロンにするか」
「うーん、どっちもってダメ? なんかどっちも頭に残って離れないんだよね」
「名前2つあっても面倒だろう。合わせてリマロンでいいんじゃないか」
「合わせるってちょっとなげやりじゃない? まぁ、ボスがそういうならそれでいいけど」
そんなやり取りがあり、ボスモンスターの名前が決定した。
当人はちょっと不満げだ。ちょっと乱暴に決めすぎたか。
若い女の子と話す機会なんて恵まれなかったから、若者のツボが分からない。
気を取り直して、リマロンに使える魔法の説明をしてもらった。
先ほどの魔法は狂草魔法と言って、マンドラゴラをコストに発動する特殊な魔法だ。
リマロンが使えるのは、さっきの【獣人変化】を含めて3種類使えるそうだ。
そんな特殊な魔法に加えて、さらに土魔法を使うことができるらしい。
元の姿(彼女曰く、獣鬼モード)の時は自身への身体強化魔法しか使えないが、今の姿(獣人モード)では、基礎的な土魔法はおおよそ使えるそうだ。
流石は、スキルを2つもつぎ込んだユニークモンスターである。
能力が多彩だ。手札が多ければ戦略も広がる。
特に狂草魔法の2つ目の能力は魅力的だ。
俺はマンドラゴラを2体生やす。
早速、実践してもらおう。
「はいはーい魔法の時間だよー。出てこい、我がコブン。【ラビブリン】」
リマロンが叫びながらマンドラゴラを引っこ抜く。
【ラビブリン】は文字通り配下モンスターのラビブリンを召喚する魔法である。
魔法というよりソウルの代わりにマンドラゴラを使う迷宮スキルといったところだ。
現在、俺の使えるモンスタースキルが【マンドラゴラ】と【コッコ】だけである以上、【ラビブリン】への期待は高まる。
引き抜かれたマンドラゴラは奇声をあげなかった。
なぜなら既に二足歩行の兎ようなモンスターに変化していたからだ。
【迷宮スキルを獲得しました。】
【ラビブリン】
【ランクD】
【ウサギ頭を持つゴブリンの希少種。ゴブリンより素早く魔力も高いが、力は劣る。毒と音に耐性を持つ。】
2つ目の狂草魔法は問題なく成功だ。
迷宮スキルを獲得したということはこれも変異扱いと言うことになるらしい。
まぁ、細かいことは後だ。
仕事を終えたリマロンの表情は誇らしげだ。鼻の下を人差し指で擦り、胸を張っている。
よくやったリマロン。と、俺は称賛を送る。俺の指示通り、素晴らしい魔法を見せてくれた、と。
しかし。だがしかし、どうしても突っ込まないといけないことがある。
「なぁ、モンスターのランク、下がってるのだが」




