10.不親切なチュートリアル
「遺志を使用するとなんとっ、強力なボスモンスターを召喚できるんですよ。大事なことなので繰り返し言いますよっ」
助言者の説明は続く。
ボスモンスターとはダンジョンに巣くうモンスター共の親玉のことだ。
冒険者の中には、これを討伐し武勲を立てる事を目標にしている者も少なくない。
通常のダンジョンであれば最奥にいると相場が決まっているが、世界迷宮では、よほどの幸運、あるいは不運がないと遭遇出来ない存在だ。
その理由は最奥に着く前に他のダンジョンの分岐路へ入ってしまうためとも言われるが、長年潜っていた身からすると少し違うように思える。
考え込む俺を気にする様子もなく助言者の解説が続く。
「ボスモンスターはダンジョンの意志の右腕たる存在です。強ーいダンジョンとなるためには、ボスモンスターのサポートが必要不可欠となります」
ボスモンスターには2つの特殊能力があるらしい。
1つ、ダンジョンと一緒に成長する能力。
ダンジョンの成長段階によってさらなる上位種に変異を起こしたり、新たな能力を得ることがあるらしい。
2つ、意志との意思疎通能力。
基本的にダンジョンのモンスターはダンジョンの意志を認識できない。
しかし、ボスモンスターは意志を認識し、会話も問題なくこなせるとのことだった。
「早速ボスモンスターを召喚しますかっ?」
肩を揺らし急かすように問う助言者はお菓子をお預けされている子供の様だった。
早速召喚するか。そう思う俺だったが、なにげに思いついた疑問が思慮を挿まず口から出た。
「遺志の使い方はボスモンスターの召喚だけなのか?」
「ありますよ。これが一番おススメですけどね。説明が必要ですか?」
俺に身体があれば、冷や汗が流れているだろう。
危うく流れに身を任せて使ってしまうだった。
説明? 当然必要だ。生き残るための大事な武器を雑に扱っていいわけがないのだ。
「他の使い道としてはユニークモンスターの召喚ですね。ユニークモンスターとは通常には起こらない変異を起こしたモンスターのことです。希少種なんて呼ばれ方もありますね。モンスターの特殊な召喚方法で、他の遺志や迷宮スキルを合わせることで性質の混ざったモンスターを召喚する方法があります。この時使った遺志やスキルは消えてしまいますが、その能力は召喚モンスターに継承され、独自性のあるモンスターを召喚出来ます。特に遺志を使うとより独特な能力を獲得できるのです」
冒険者の間でも希少種モンスターは話題に出る。
原種と勘違いして初見殺しに遭う犠牲者の話を先輩冒険者から聞いたことがある。
世界迷宮の中層以降ではそういう知識が必要となってくる。
ランクCに昇格できていれば、俺にも関係してくる話だったのだが。
「ボスモンスターをユニークモンスターにするのは可能か?」
「さすが期待のルーキー、いい発想ですね。可能ですよ。ただし、ボスモンスター化で遺志を1つ消費するので、追加の遺志か迷宮スキルが必要になります」
強力なモンスターの召喚は代償も大きいというわけか。
「遺志の使い方の続きですが、既存のモンスターに与えて強化が出来ます。ただし、変異に至ることは稀で、召喚時より大きな変化は望めませんのでご注意ください。あとは遺志を砕いてソウルに分解することもできますが、おススメはしませんね」
助言者の説明はおおよそわかった。
しかし、俺はダンジョンとして必要な知識をほとんど知らないことも自覚した。
それはそうだ。現状、最低限の説明しか受けてない。
情報整理の時間を挿みたいのも確かだが、このミステリアスな人物がまたすぐに会えるとも限らない。
俺がダンジョンとして生きていくとしてもっと知識が必要だ。
ボスモンスターの召喚など後からでもいい。今は質問だ。
「そもそもソウルとはなんだ?」
「あれれ、説明まだでしたっけ? ソウルは冒険者の魂の集合体のことです。ダンジョンの維持や様々な活動に必要になる一番大事な資源です」
「どうやって増やせる?」
「ダンジョン内へ冒険者を呼び込むことで少し増え、狩ることで大きく増えます。あとは他のダンジョンを攻略することで奪うことも出来ますね」
「じゃあ、次の戦いはこの状態で挑まないといけないのか?」
俺には外へ続く道がない。つまり、ソウルの補給が出来ない。
厳しい顔をしているであろう俺に助言者は笑いかける。
「心配しないでください。ソウルは増やせませんが、モンスターや罠をソウルに戻すことはできます。多少目減りはしますけど、この戦いで発生したモンスターの死体などを吸収すれば、初期段階より遥かに多いソウル量になりますよ」
詳しい説明によると、自身内で、迷宮スキルで出来たモンスターや罠、資源などに触れて念じることでソウルに分解できるそうだ。
ただし、スキル未所持のモンスターは死体の状態、罠は機能不能の状態でないと分解できない。
つまり、ダンジョン内に引き込んで敵モンスターを倒せば、ソウルを吸収出来るということだ。
早く気付けていれば、もっと楽に攻略できていただろう。
というより、こんな重要な情報はこちらから聞かなくても解説しなければならない情報ではないか。
途端、助言者が頼りなく思えてきた。
もしかしてこの人、アドバイザーとして無能なのでは?
ここでしっかりしないと重要情報を落とした状態で次の戦いに挑むことになるのでは?
質問しそびれると大事になりそうなことは他には……。
「スキルだ。迷宮スキルは他ダンジョンから奪う以外に増やし方はあるか?」
「ありますよー。それは変異を起こすことです。自身の中でモンスターやトラップが変異を起こせば、相性次第で獲得できることがあります。例えば、ゴブリンが弓の扱いを学んでゴブリンアーチャーになったとすると、【ゴブリンアーチャー】の迷宮スキルをゲットできちゃいます。変異の条件は様々あって奥が深いのでいろいろと試してみてください」
助言者は朗らかな調子で続ける。
「他には、貰うことですねー。こんな感じで」
【迷宮スキルを獲得しました。】
【照明】
【ランクE】
【ダンジョンを照らす照明。部屋の環境、配置によって姿が変わる。ダンジョンの意思によって点消灯できる。】
【仕切り】
【ランクD】
【部屋を分ける仕切り。ダンジョンの環境によって姿が変わる。】
「ダンジョン同士でスキルや遺志を直接やりとりすることは出来ませんので悪しからずー。えースキルについてはこんな感じでしょうか。他に質問はございますか?」
ちょっと待て。
こんな簡単にスキルが増えていいのか。
というより俺が質問しなければこのスキルは手に入れられなかったのか。
「当然です。これはダンジョンの意志を決める戦いですから」
今までは違う冷ややかな声色。
つまり、ここでの情報収集もサバイバルレースの一部ということか。
ならば、聞かなきゃならないことがたくさんある。
ダンジョンの性質、次の戦いのルール、モンスターの変異条件等々、他にも沢山だ。
教えてくれるか分からないが、ダメ元で聞いた方がいいこともあるだろう。
敵の総数、特に強い意志の情報、所持スキルなど。
俺は頭をフル回転し、助言者へ次の質問を投げ掛けた。




