1.俺はダンジョン
世界迷宮。
それは世界最大のダンジョン群。
世界各地に入口を構え、多くの挑戦者を受け入れる。
入口を潜ると、そこは宝の眠る洞窟、あるいは竜の住む火の山、もしくは天空に聳える城。
様々なダンジョンが入り乱れて広がり、それらが無数のトンネルによって繋がれる。
無数の進路に分かれた底の見えない大迷宮。
俺にとって、世界迷宮は身近な存在だった。
冒険者だった俺は何度もそこに潜った。
依頼を受け、ダンジョンに挑み、儲けたこともあれば、死にかけたこともあった。
ただ、そんな頃よりも、もっと近い存在となった。
そう、文字通りに。
俺の名はスライス。
元冒険者で、今はダンジョンだ。
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「ねー、ちょうだいよー。もう1本くらいイイじゃん」
「ダメだ。もうすぐ戦いが始まるのに無駄遣いできない」
リマロンがうちの貴重な戦力であるマンドラゴラを要求してくる。
彼女は俺のボスモンスターのはずなのだが、自覚がないようで非常に困る。
「ケチー」
「散々話し合っただろ。ここの畑は戦闘用の畑だ。食事用の分は渡しただろう」
「貰ったけど、あれは種じゃん。まだ、育ってないよ。私は今、マンドラゴラをかじりたいの」
「お腹が減ったならヨモギーやポテージョを食べることを奨めるよ」
「知ってる? マンドラゴラってとっても美味しんだよ。景気づけにもう一本。ね」
こいつホントに今の状況をだろうか。
彼女を召喚して未だに戦闘は起こっていない。
故にこれからの戦闘への危機感が薄い。
マンドラゴラは俺の主力モンスターだ。
ほいほいとおやつ感覚で食べられていいものじゃない。
マンドラゴラは自発的に動くことはないが、刺激を与えると絶叫しながら暴れ無差別に呪いを振り撒く。
運用に癖はあるが、俺の窮地を何度も救ってくれた強力なモンスター。
リマロンはそんなマンドラゴラを生でボリボリを食べる。
本当に変わったモンスターだ。
「おまえこそわかってるか。これから起こるのはダンジョン同士のデスゲーム。たった1つのダンジョンしか生き残れないんだ。ふざけてる場合じゃないんだよ」
「だーかーらー。戦うためのマナを貯めるために欲しいの。私の魔法は役に立つでしょ?」
「それを早く言ってしてくれよ。ほら、1本だけだぞ。ただ、わかってると思うが、その畑のマンドラゴラの毒は…」
「わーい。じゃあ早速。食事の時間だー。モグモグ。んー、おいしー」
行動が早い。既に食べ始めている。
戦闘用に速育した魔草ため、彼女の毒耐性をすり抜ける可能性がある。
その危険性は本人も知ってるはず。
呑気な口調とは裏腹に本気で生き残る準備をしてくれてるのかもしれない。
戦い前の緊張で苛立っているな、俺は。
少し反省だ。
「そういえば、私の生まれる前に1回戦があったんでしょ。ねぇ、その時はどうやって勝ち残ったの?」
無邪気に問うリマロンだが、正直、俺は思い出したくない。
でも、話してやることにしよう。
この話がうちの生まれたてのボスモンスターの戦いのヒントになることを信じて。
ああ、あれは最悪の体験だった。