第4話:紙切れ
夕食を終えた叶多は、母親との会話もそこそこに自室へと籠った。
背後から母親の声が飛んでくるが、お構いなしである。
最早習慣になりつつある行動だが、今日は目的があった。
そう、鶴見 舞が残していった紙切れだ。
何かと干渉しようとしてくる母親には、学校を3日サボったことも、クラスの女子がプリントを渡しにきたということも、ましてやその女子とキスをした挙句、馬鹿げた『異世界』の話を軽く信じてしまっているトンチキな自分も知られるわけにはいかなかった。
「いやほんと馬鹿らしいわ……。何が異世界だよ何が……。」
毒づきながらも、叶多の指は、紙袋の中の紙切れをつまみ上げた。
そこには、URLが記されていた。
「これを検索しろと……?」
怪しいサイトじゃないだろうな、と若干身構えつつも、叶多はポケットに入れっぱなしにしていたスマホにURLを入力した。
恐る恐る開いたそれは、叶多も目にしたことのあるページだった。
いわゆる、『ネット掲示板』と言われるものだ。
書き込みはしないまでも、面白いスレッドのまとめサイトをよく読む叶多には馴染み深いものだった。
「うわ、このスレ古……。まとめじゃ見たことね〜な……。」
そのスレッドは、怪しいことや不思議なことを題材としている、いわゆる『オカルト板』のものだ。
そこには、こう書かれていた。
「『異世界に行ける力を手に入れたんだが質問ある』…………?」
ある男が、『異世界』に連れて行ってくれる天使に出会ったらしい。
その男の話では、『kgt岬』という場所で天使の手を取ると、『異世界』に連れて行ってくれるんだそうだ 。
スレッドに居合わせた人々に『異世界』について問われ、壮大な夢や魔法などの妄言を堂々と書き込んでいた。
しかし、途中から『天使』(男の話によるとロリ)についての惚気話になり、しかも男が既婚者であると判明したために、スレッドは大荒となっていた。
最後に男が「異世界行ってくるから〆な」と書き込んだところで、男の投稿は途絶えている。
なんてことはない記事だが、叶多の頭の隅に何かが引っかかった。
「kgt岬……?か……ぐち……かごち……カガチ岬か!!」
叶多は、男の書き込んだ「kgt岬」という場所に心当たりがあった。
カガチ岬は、叶多の住む場所からそう遠くない場所にある観光スポットだ。
昔は自殺の名所として知られていたが、ある時サスペンスドラマの撮影現場として抜擢された時に、男優の魅力さえ喰ってしまうその絶景が人気を呼び、今では街一番のデートスポットとなっている。
尚、叶多はカガチ岬で本当に自殺事件があったという話を聞いたことがないので、昔の話は一蹴している。
「鶴見が俺に見せた理由、これだよな……?カガチ岬に行こうってこと……か……?」
叶多の頭にある考えが過ぎった。
鶴見 舞は、自分をデートに誘おうとしているのではないだろうか。
転校したばかりなのに、プリントを届けに来る。
家(玄関だが)に上がり、急にキスをする。
明らかになんとも思っていない男子に取る行動ではない。恋愛経験がなくたって、それくらい分かる。
つまり、だ。
鶴見 舞は、以前叶多とどこかで会っていた、又は今日出会ったその瞬間に、叶多に惚れた。
大人しそうに見えて積極的な彼女は、叶多をデートに誘おうとしたが、緊張して思わず異世界の話から始めてしまったのだ。
「我ながら完璧な推理では……?だって俺も既に鶴見のことちょっと好きだし!」
自分のことを好いているかもしれない、と意識した途端、叶多の中で鶴見 舞がとても愛しい存在のように感じられた。
カササギくん♡と迫ってくる鶴見 舞を思い浮かべ、叶多の口角がだらしなく上がる。
「明日……明日かぁ…………。」
叶多の頭の中からは『異世界』のワードはもうすっかり抜け落ちていた。
代わりに、鶴見 舞とのめくるめくリア充生活に思いを馳せる。
「付き合ったら色々してぇな……あ〜……そうだ、金無いんだ……」
叶多は、SNSサイトに『5000兆円欲し〜〜〜〜!!』と書き込むと、そのまま布団にうつ伏せになった。
鶴見 舞が届けに来たもう1枚の『集金のお知らせ』は見ないふりをした。
今はただ、幸せな幻想に浸っていたい。
この時、叶多はもっとよく考えるべきだった。
自分は推理が出来るほど賢くはないこと。
掲示板にあった男の話と、最後の書き込み。
カガチ岬が、過去に自殺者を出したという噂を持つ、その意味を。
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