第23話:休憩
「午前の走り込み終わり〜!!各自休憩しろ〜!!10分後にメシが出来るからそれまで自由な〜!!」
太陽らしき物体が赤黒い空の真上に来た時、ツバメは声を張り上げた。
どういう要領なのか、彼女の声は、城のどこにいても風に乗って届く。
終了の号令を受けて、カササギはその場にへたりこんだ。
「っは……結局……5周ぐらいか……?あれからペースも落ちたし……っ……」
鶴見の手前だから強がってみせたものの、やはり体力の枯渇はそう簡単には覆らない。
速度はどんどん落ち、5周するのがやっとだった。
最初にツバメの掲げた目標である20周には程遠い。
「そういや、ヒナとも何度かすれ違ったな……あいつ、全く息切れしてなかったけど、ほんとに人間かよ……。」
途中、何度もヒナに追い抜かれた記憶がある。
息切れどころか、涼しい顔で走っていったようにすら感じた。
「あの、人間、なんだけど。」
突然、刺々しい声が、カササギの背に突き刺さった。
自分の心拍音がうるさくて、足音には気づけなかったようだ。
(ここに来てからよく女に見下ろされてる気がすんなぁ……。)
ヒナが、冷めた目でカササギを見下ろしていた。
「ツバメ隊長にお願いされて呼びに来た。ご飯、こっち。」
言うが早いか、ヒナは、カササギが立ち上がるのを待たずに歩き出す。
「あっ、ちょ、待って!脚動かねぇんだけど!もうちょい休憩してぇ……!!」
「駄目。ツバメ隊長が決めた時間なんだから、ちゃんと守って。」
淡々と言う彼女は、やはり汗のひとつもかいていない。
それどころか、一度ツバメのところに戻った上でここまで呼びに来たのだから、まだまだ余力がありそうだった。
「なぁ、ヒナ。お前は何周走ったんだよ?」
全身の筋肉を最大限に使って何とか起き上がり、ヒナに着いていく。
女の子の名前を本人に向かって呼び捨てするのは、現実ボッチのカササギには些かハードルが高かったので、筋肉を動かすのに集中して気を紛らわせた。
ヒナは、カササギには全く目を向けず答えた。
「27……くらい……?多分。」
「にじゅうな……えぇ!?マジかお前……。」
新人にマウントを取るために誇張している、という訳ではなさそうだ。
「なんで……?」
「いや、なんでとか聞かれても、努力の差じゃん?」
あっけらかんと言い放つ彼女は、手が届く程近くにいるのにも関わらず、カササギの間に巨大な壁を感じさせた。
努力の差。彼女は、いつから異世界にいるのか?どれほど努力したのか?
それをずけずけと聞けるほどの胆力は、カササギには備わっていなかった。
ただならぬ鍛錬と才能が、彼女をここまで伸ばしている。
その事実だけは、肌で感じ取ることが出来た。
「……えと、もう一人も、そんな凄いの……?」
無言になるのも気まずいので、歩いている間はもう一人の話題で繋ぐことにする。
「え、あ、カラス?……いや、あいつはそんな走れる訳じゃないよ。むしろ、か……アンタ、名前なんだっけ……?」
「カササギっス……。」
「あ、そうだった。うん、カササギと同じぐらいなんじゃないかな。や、ごめん。私、興味無いもの覚えるの苦手でさ……。」
ヒナも、気まずそうに振り向いた。
もしかすると、ヒナが目を合わせてくれなかったのは、単に名前を覚えていなくて話しづらかったからなのだろうか。
昨日時点ではお互い印象最悪だったが、今日に限っては、少なくともカラスよりは話が通じそうだった。
……名前を忘れられていたのは素直に傷付いたが。
「カラスはさぁ、なんていうか、別のとこで強いっていうか……。体力勝負は向いてないんだよ、あの人。」
「へぇ〜……。」
ヒナの口ぶりだと、カラスには耐久力が無いように聞こえる。
カラスのことは、正直嫌いだが、カササギと同じように劣っている彼には親近感が湧いた。
「は〜、ていうかお腹空いた〜!!カササギは、こっちのご飯ってもう食べたんだっけ?」
ヒナがお腹を鳴らし、カササギを見る。
ヒナの頭の中は、昼食のことでいっぱいらしかった。
「や、まだだけど……。」
異世界の飯。その存在に、カササギの胸が高鳴る。
別世界の物を食べるのには抵抗があったが、異世界飯は美味いというのも、web小説の鉄板だった。
昨日は、異様に綺麗で現代的な風呂に入り、死体のように眠りこけてしまった為、結局何も食べていないのだ。
貧乏生活で多少の飯抜きには慣れているとはいえ、朝食も飛ばして急いで来てしまったので、カササギの空腹は最高潮に達していた。
荒れきった異世界にまともな食材があるかは不明だが、今なら何でも美味しく食べられるような気がする。
「あのね、多少濃いんだけど、ご飯美味しいよ。早くツバメ隊長とご飯食べたいな〜っ!!」
ヒナの言葉に、期待も更に高まる。
遠くに見えてきたツバメたちを目指して、カササギたちは歩いた。
「大丈夫か、カラス。」
「はい……すみません……、隊長……。」
ツバメは、息切れし、座り込むカラスの背を擦っていた。
その目には、険しい色が浮かんでいた。
「カラス。」
「……っ、はい……。」
「午後はカササギと組め。」
「え……」
想定外の言葉に、カラスは目を丸くする。
「お前にはいけ好かない奴かもしんねぇけど、あいつを克服するのがお前の突破口になるかもしんねぇだろ。」
「そう……ですね……。」
カラスは、俯いた。
その表情は、ツバメにも見えなかった。
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