第22話:マラソン
「殺された……。」
カササギは、口の中でツバメの言葉を小さく反芻した。
ツバメたちは、拳を握りしめる。
カササギの知らないツバメ隊は、各々の胸の内に思うところがあるようだった。
「弱え奴は死ぬ。死にたくねぇなら強くなるしかねぇ。強くねぇなら戦うな。第八にいる以上、これはしっかり刻んどけよ。」
どうやら、これ以上は副隊長について語る気は無いらしい。
ツバメは、真っ直ぐに隊員たちの目を見据えて言った。
その姿は、幼い少女が自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「オラァ!!さっきも言ったろが!!強くねぇなら戦うな!!お前は一生戦えねぇでここで野垂れ死にすんのがオチだぞ!?あぁ!?」
ツバメの怒声が、ホームに響く。
「鬼教官すぎんだろぉ……っ!!」
「口開く余裕があんなら足動かせダホ!!」
ホームについての簡易授業を受けたカササギたちは、『習うより慣れろ』ということで、体力づくりの為に城の外周を走っていた。
戦いには、まず体力。
逃げるためにも、まず体力。
というわけで、城の外周を20周するのが午前中での目標となった。
それは、決して甘い目標ではなかった。
仮にも異世界の城なのだ。学校のグラウンドとは訳が違う。
ざっとグラウンドの50倍はある地獄のコースを、既に3周したところで、カササギの脚は限界を迎えていた。
「1周っ……、10キロくらい……あるんじゃねぇのか……これ……っ、もう……無理……」
つま先がもつれ、その場に倒れ込む。
すぐ隣をヒナが涼し気な顔で走り抜けていった。
(同年代の女子にも負けてんのかよ、俺は……!)
カササギは屈辱に震えるも、起き上がることは出来ない。
地面に染み込んでいく汗をただ眺めていると、真上から声が落ちてきた。
「せっかく見に来たっていうのに、だらしないですねぇ、カササギくんは。」
カササギのすぐ上で、鶴見が漆黒の翼を羽ばたかせている。
今にも下着が見えそうな角度に、カササギは、赤くなった顔を更に赤くしつつ、視線を揺らがせた。
そんな彼の心を知ってか知らずか、鶴見はクスクスと笑ってカササギのすぐ側に降り立った。
「はい、手。」
鶴見が、カササギに手を差し伸べる。
「……?」
「手!起き上がれるように、手を貸してあげてるんです!そんなことも分かりませんか?これだからカササギくんは……。」
「は!?いや、おま、急にそんなことされてもメチャクチャ怪しいだろうが!!俺の中でまだお前は性悪な小悪魔……っ、お前また思考書き換えたろ!?感覚で分かんだよ!!このド畜生!!」
くだらない見栄を張るために思考を操作する悪魔に、カササギは心の底からの溜息を吐いた。
信用出来る出来ない以前に、スナック感覚で思考を矯正されては怖すぎる。
「もう、溜息ばかり吐くと幸せが逃げますよ?もっと血とかゲロとか吐くぐらい走り込んでくださいよ。」
「ひっでぇ……。見かけだけでも美少女の口からゲロとか聞きたくねぇよ……。」
心配しているのかと思いきや、無理を強いたりもする。
まさかからかいに来たわけではないだろうが、鶴見の意図がイマイチ読み切れない。
すると、鶴見はそのまさかですよ、という顔で笑った。
「私、素直にカササギくんのこと応援しに来たんですよ?だいたい30キロくらい走ったなんて、現実世界にいた頃と比べればすごい進歩じゃないですか!ちょっとくらいからかってやろうとは思ってましたけど、予想よりかなり頑張っていてびっくりです。」
パチパチと乾いた拍手をする鶴見。
面と向かって褒められるとは思っていなかったカササギは、落ち着かない様子で起き上がった。
「お、まだ走れますか?」
「……走るよ……。」
乱れた息は、だいぶ落ち着いてきていた。
明日は確実に筋肉痛だろうが、今日はまだ動く。
鶴見と言葉を交わす度、契約の炎が脳裏にチラつく気がする。
「お前の思考操作で思うがままになってんのが癪に障るけど、俺だって強くなれなきゃ困るんだよ。今はやるだけやんねぇと。」
自分を奮い立たせるように言い、カササギは走り出した。
「私も、応援してますから。」
「……!!……おぅ。」
カササギを見送る鶴見の姿が、ほんの一瞬、人間の鶴見 舞に見えた。
不覚にもドキリとしたカササギは、心拍を誤魔化すよう足を動かした。
「うわ、チョロいなぁあいつ……。俺でも分かる。」
カササギの後ろ姿を眺める鶴見の隣に、いつの間にかツバメの姿があった。
「えへへ、こういう時は飴と鞭の使い方が大事なんですよ?ちょっとデレて、頑張れ♡なんて言っておけば、大抵の童貞くんはまだ頑張れますからね。落としてから上げるんです。」
「ど、どうて……とかは、俺はよく分かんねぇけど、ツルが性格ひどいやつなのは分かった……。」
「あ、ひど〜い!!せっかく面倒見に来たのに!!精神的なテクニックです、これは!!」
鶴見は、心外だとばかりにむくれ、そのままツバメに迫る。
性的な要素に耐性のないツバメはしばらく目をウロウロさせていたが、鶴見の圧に、微妙に頷いた。
「大抵の奴に効くのは、認める……。」
「でしょう?ま、でも、彼は私の方法では逆効果でしょうけどねぇ……。」
鶴見が、カササギが向かったのとは反対方向を向く。
「……あぁ、あいつなぁ……。カササギと違って真面目一辺倒な奴だから、どうしたもんかな……。」
ツバメも、同じ方向を見て顎に手を当てた。
「……っはぁ、はぁ、っ……はぁ、……」
カラスが、脇腹を抑え、カササギよりも苦しげに走ってくるのが見えた。
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