第21話:授業
第八教会の朝は早い。
所属して一日、しかも大怪我から癒えたばかりのカササギも、体感時間午前5時には容赦なく叩き起された。
「おい、起きろ。」
「いって!!ほんとに叩き起こすことねぇだろ!!えっと、カラスだっけ?お前同僚は優しく扱えよな〜!?!?」
「うるさい!!これは第八のルールなんだ!!ウチに入ったからには従って貰うぞ。」
「へぇへぇ。クソ真面目なこって……。」
毒づくが、遅れたらまた骨の一本や二本折られかねない。
朝は苦手なんだよ……とぼやきながら、のそのそと隊服に腕を通した。
カササギがツバメ隊に入隊してから半日。
初日は、もう遅いからと、教会の案内だけして休むことになった。
教会の男子寮で一晩カラスと共に過ごしてみて、分かったことがある。
カラスは、カササギに全くと言って良いほど関わろうとしない。
言葉を交わさないどころか、目を合わせようとも、視界にカササギの姿を入れようともしない。
朝だって、ツバメの命令でなければ呼びになど絶対に来なかっただろう。
現実世界でも一人でいることの多かったカササギだが、こうもあからさまに避けられると苛立ちを感じる。
ついつい、カササギの方からも刺々しい態度を取ってしまっていた。
「10分以内に隊服に着替えて、第八教会入口まで集合しろ。遅刻は許さないからな。」
カラスはそう言うと、乱暴に扉を閉めて部屋を出ていく。
カササギは、扉に向かって思い切り中指を立てた。
カササギが教会入口まで行くと、ツバメとカラスが待っていた。
「お、カササギおはよ〜!お前朝はちゃんと起きれるんだなぁ!!ぜってぇ間に合わねぇと思って集合時間より30分早く呼びに行かせたんだが!!」
ツバメがニコニコと笑いながらカササギの肩をバシバシ叩く。
明日は定時に起きよう、とカササギは心に決めた。
「なぁ、こんな早く起きて何するん……すか?結局、昨日もあんまり大したこと教えてくんなかったと思うんすけど。」
カラスの手前、ツバメに敬語を使わなければならないことを思い出しながら、カササギは尋ねた。
「ん、起きる時間は固定だから慣らしとけよ〜。朝が早ぇ代わりに、夜も早ぇ。異世界も太陽系の形は地球とそう変わんねぇから、時間に関してはお前の体感が異世界の時間だぞ。あと、今日は昨日終わんなかったホーム全体についての説明と、戦闘実習だ。」
異世界の時間の流れが現実と変わらないのはありがたいことだった。
いきなり別のサイクルで行動しろと言われても、そう簡単に対応出来そうにない。
そういえば、異世界で生活している間、現実世界の時間はどうなっているのだろうか。
「あ、そういや、お前は向こうに帰りたいんだったよな?お前とツルは、こっちには時空を超えて来たはずだ。来る時、身体がバラバラになる感覚とかなかったか?」
ツバメの問いには、覚えがあった。
身体が散り散りバラバラに、分子レベルに分解されていく感覚。
気が狂いそうな記憶だからか、脳が感覚の再現を拒む。それ程、強烈な体験だった。
「あれ、時空超えてたのか……。」
「そ。空間の歪みに身体が耐えられねぇの。まぁ、ツルが何とかしたんだろうな……。あいつ、大抵の事は出来るからさ。戻す時も、同じ時間に戻すくらいのことは出来るんじゃねぇの?身体に負担はかかるが、世界的にも歪みが少ねぇし。」
ツバメが遠い目をしながら答えた。
その答えに、カササギは軽く安堵する。
「そういや、結局鶴見は何者なんだ?鬼畜悪魔ド外道美少女ってこと以外何も分からん。……って!!」
カササギの素朴な疑問に、胸の奥がチリッと痛むと同時に、つま先をカラスに思い切り踏まれた。
「敬語」
「わりぃって!!ちょっと忘れただけじゃねぇか!!……クッソ、あの悪魔、盗聴してやがんな……。」
おそらく心を読んだのであろう鶴見に舌打ちし、カササギはツバメに向き直った。
「お前も苦労すんなぁ、カササギ……。ま、その辺も含めて話すぜ。ヒナが来たらな。」
ツバメは、カササギを通り越して教会の奥の方を見やった。
「あ?そういや、もう一人は……。」
カササギが振り向くと、ヒナが教会の祭壇の上で眠りこけていた。
カラスが短く溜息を吐き、ヒナの方へ近寄ると、グイッと首根っこを掴んだ。
「起きろよ、女」
「ん〜〜〜?触んないでよキッショいなぁ……。」
ヒナは、寝惚けた様子でカラスの手を払い除ける。
昨日から薄々感じてはいたが、ツバメ班は、人間同士の仲が絶望的に悪いらしい。
「とりあえず、お前らも揃ったことだし、ホームに関する説明から始めるぞ〜。ヒナとカラスはもう知ってると思うが、まぁ復習のつもりで聞いてくれ。」
「はぁいっ♡」
「……。」
ヒナはデレデレで頷き、カラスはカササギへの特別対応に、些か不満げに頷いた。
ツバメは、先程までヒナがいた祭壇に登って教鞭を執る。
ツバメの身長が微妙に足りていないので、少々不格好な形になっており、カササギは笑いを堪えていてカラスに足を踏まれた。
「まず、このホームは、第一から第九までの9つの教会によって出来ている。強さは数字の通り、第一が一番強くて、第九が一番弱ぇ。ただ、教会によって得意分野は違う。第九はフクロウなんかが所属する回復班だから、実質ウチが最弱だな。」
「え……。」
あっけらかんと言うツバメに、カササギは口を開けた。
あれだけカササギをボコボコに叩きのめしたツバメが、最弱の班に分類されているということは、ツバメがカササギを雑魚呼ばわりするのも決して誇張ではない。
むしろ、この異世界で一番弱い存在はカササギかもしれなかった。
「ちなみに、ツルは第二教会の副隊長だ。カササギをツルんとこまで届けてやるのは、だいぶ先の話になるだろうな。」
「第二!?あいつそんなに強いんすか!?」
「メチャクチャ強えよあいつ!!その気になればお前なんか瞬殺だぜ!?」
ツバメ隊の副隊長にはまだ会っていないので比較は出来ないが、第二教会の副隊長ともなれば、それは相当の実力なのだろう。
鶴見の誇らしげな顔が目に浮かぶようだ。
心を操られている分、実際に浮かべられているのかもしれない。
「第一や第二レベルになると、チート級の勇者を弱体化することが出来る。ただし、ニンゲンじゃねぇからトドメはさせねぇ。だから、第八でヒヨっ子を育てて、上の教会に送るんだ。実際、第三まではニンゲンも所属してる。」
人間。この荒廃しきった異世界に、他にも人間がいる。
現に、カラスやヒナだっているわけだし、別に、カササギだけが特別という訳ではないのだ。
その事実は、カササギにとって少し面白くないものではあったが、少しだけ安心も感じさせた。
「俺らと同じように、勇者にもランク付けがあるんだ。チート級、強者級、レベル1級、その他もろもろ。まぁ、不正な力って意味では、全員チートなんだけどな……。ちなみに、そいつの本来の職業がなんであれ、俺らは等しく『勇者』って呼んでる。」
勇者、というワードを聞き、カラスとヒナが揃って顔を歪める。
「俺ら第八が担当するのは、レベル1級の勇者だ。レベル1っつ〜のは、ゲームベースで能力が未発達な勇者だったり、まだ転移もしくは転生したての子供の勇者だったりする。ただし、見極めが難しい。レベル1だと思って殺そうとすると、チート級だったってことも、あった。」
そこまで言うと、ツバメも俯いた。
ただならぬ空気に、カササギは思わず口を挟む。
「あったって、実際にそういう事態になったってことっすか?それで、その時って……。」
どうなんたんすか、と続ける前に、カラスが般若のような顔でカササギの足を踏みつけた。
それ以上聞くな、という無言の圧がひしひしと伝わってくる。
「カラス。」
ツバメは、カラスに首を振ると、カササギを真っ直ぐ見て、告げた。
「カササギ、お前が来る前も、俺たちの班は4人だったんだ。俺たちは、レベル1級とチート級を間違えた。当然、そのチート級は仕留められなくて、俺たちは逃げるしかなかった。…………逃げられなかった俺たちを庇って、副隊長は殺された。」
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