第19話:神
医務室から一転、カササギが通されたのは、まるでファミレスのバックヤードのような、机と棚のみの簡素な部屋だった。
なお、カササギはバックヤードに入った経験が無いため、あくまでもイメージである。
鶴見とは、諸々の報告があるらしく、別行動することになったため、今はカササギの単独行動だ。
カササギは、現実世界からずっと着ていたブレザーを脱ぎ、ホームから支給された服装へと着替える。
鶴見やツバメを見るにデザインが統一されている訳ではないようだが、機能性に優れ、丈夫な素材を使っている点は共通しているようだった。
カササギに支給された服は、黒を基調とし、差し色として白や青が使われているものだ。
その形は何処か現実世界の学ランを思わせ、懐かしいような、着慣れたような感覚に包まれた。
カササギの胴回りにしては異様に長いベルトが、尻尾のように垂れ下がる。
もしかすると、現実の鳥の『カササギ』をモデルとしているのかもしれない。
「……そういやずっと気になってたけど、あいつら全員鳥の名前だよなぁ。異世界の生まれじゃねぇのか……?」
「俺らにも色々あんだよ。ん、お前結構似合っ……てはねぇな、なんだよそのベルトだっさ。」
独り言に答えが返ってきて、カササギはその場で飛び上がった。
「うぉ!?!?お前いつの間に!?セクハラで訴えるぞ!?」
「お前の着替えとか誰も得しね〜〜〜よ!!あと異世界に裁判所は無ぇ!!」
「えぇ、文明レベル低っ……。」
ツバメは、いつの間にか行儀悪く机の縁に腰掛けていた。
風の力とやらで、足音を消すのも容易なのだろうか。
「あ〜、まぁ、名前のこととか、この世界のこととか、ツルは何も教えてねぇっつ〜か、俺に全部押し付けやがったみてぇだし、詳しくはこの後話すわ。とりあえず、準備終わったならついてこい。」
ツバメが、頭をがしがしと搔きながら言った。
もう少しこの子供をからかっても良かったが、カササギも一刻も早く現状を把握したいところであったため、素直に従う。
ツバメが連れていった先は、城の庭にある小さな教会のような場所の前だった。
異世界のためか、十字架などの現実世界の宗教の象徴は見当たらない。
代わりに、神を象ったであろう石像や謎の旗が掲げられているものの、それらは原型を留めないほど壊され、風化していた。
「うわ、ひど……。誰だよこんなことしたの……。」
「俺だけど?」
「お前かよ!?お前さてはだいぶやべぇ奴だな!?」
悪びれもせずに申告するツバメに、カササギは少し慄いた。
「お前、現実世界にいた時って、神のこと信じてたか?」
突然そんなことを聞かれ、カササギは戸惑う。
「え、いや、メチャクチャ意識してたわけじゃねぇし、救いも何も無かったけども。まぁ無下に扱って良いモンじゃねぇだろ……。」
「ふーん。お前が思ってる神か、そうじゃないかは分かんねぇけど……。」
ツバメは、カササギに尋ねた割にはそこまで興味を示さず、しかし、強い口調で言った。
「神はいるよ。だらしねぇ神がな。」
ツバメの言葉は、侮蔑を孕んでいた。
「この世界自体は、元々すげぇ豊かな世界だった。お前ら日本人のオタクが思い描いてる異世界そのものだったんだぜ。神は、そんな平和だった世界をぶっ壊しちまった。」
幼い顔を歪め、吐き捨てるように、ツバメは語り始めた。
「俺は、元々、この世界を見守る存在だったんだ。お前らの世界も知ってはいたけど、あくまで干渉はしない。この世界とお前らの世界は、本来交わっちゃいけねぇもんだった。神は、そのルールを破りやがったんだ。」
声を荒らげるわけでもなく、淡々と話すツバメは、静かな怒りに燃えているようだった。
カササギも、茶々を入れることをせず、黙って耳を傾ける。
「神は、この異世界を遊戯版に決めた。異世界に憧れる現実世界のオタク、学生、社畜、とにかく色んな奴に色んな力を与えて異世界に放り込んだ。そいつらに忖度するみてぇに、世界自体も作り替えられた。お前も向こうでそういう話、読んだことあるだろ。」
他人事とは言えない話に、カササギは息を飲む。
まさに、カササギ自身もその展開の小説の読者であり、異世界に憧れる学生だった。
立場が変われば、カササギも神によって能力を与えられていたかもしれない。
むしろ、そうなる前に、鶴見によって引き抜かれたと見るべきか。
「神がそーいうことを始めてから、異世界は目も当てられなくなっちまった。本来、異世界に転生したり、転移したりっつーのは、空間がメチャクチャになりかねねぇことだ。最悪、世界丸ごと消滅する。神は、そんな危ねぇ真似を何度も何度も繰り返した。世界の法則も、掟も、全部無視だ。勇者どもの無双で能力はどんどんインフレして、異世界はもうぐちゃぐちゃ。とうとうこんなに荒れ果てちまったってわけ。」
大まかな経緯を説明し、ツバメは腹立たしそうに地面を蹴った。
蹴りの勢いで、道を覆っていたタイルが飛び散る。
カササギは、ツバメの荒々しい行動には目もくれず、鶴見とツバメの両方の話を思い出しながら尋ねた。
「勇者を殺す……っていうのは、これ以上異世界を壊させないため……ってことか?」
ようやく自分の使命を見出したカササギに、ツバメは首を振った。
「異世界はもう手遅れだ。俺たちの目的は、ただの復讐。俺たちの世界をぶっ壊した神と、その駒をぶっ殺すだけ。そのために、お前らみたいなニンゲンの力がいる。俺らに力を貸してくれ、カササギ。」
ツバメは、初めてまともにカササギと呼んだ。
陰鬱とした表情で凛と声を響かせ、復讐を主張する幼い少女に、カササギは何も言えなかった。
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