第17話:治療
カササギは、未だに目の前が真っ暗だった。
頭が正常に働かない。
身体も石のように重い。
腕も脚も、自分の意思では全く動かすことが出来ない。
そのうち、呼吸も苦しくなってきた。
……もう、駄目かもしれない。
そう本能が感じた時、不意に呼吸が自由になる。
「ぶはっ!?!?」
「あ、ごめんごめん。息出来なかった?」
「や、おま……えっ、ここ何処だよ!?誰……ですか!?」
口元を覆う布のような何かを唇で押し出しながら喚くも、目の前の人物の迫力に、思わず敬語になる。
カササギは、全く記憶のないうちに、見慣れない白い壁の部屋で、見慣れない男に包帯を巻かれていた。
男の下手くそな巻き方のせいで、鼻も口も塞がれ、身動きもろくに取れない。
カササギの姿は、まるでミイラ男のようだった。
慌てふためくカササギを、男はじろりと睨む。
「ここは医務室で、僕はフクロウ。君が大怪我をしてこの部屋に飛び込んで来たものだから、治療が必要なのかと思ってね。」
親切心から下手くそな治療を行っている彼は、どうやら悪い人ではないらしい。
盛り上がった全身の筋肉に、微動だにしない表情筋。
見た目こそ凄まじい威圧感の彼だが、口調は今まで出会った誰よりも柔和なものだった。
「あの、ちょ、顔まで巻かなくて良いです……!息出来ないんで!」
「あ、そう?顔も怪我してるから、巻いた方が良いと思ったんだけどなぁ。」
包帯を巻き続けていたフクロウが、カササギの顔半分を覆っていた包帯を外す。
カササギは、ガチガチに固まっていた首をコキコキと鳴らした。
「あの、俺、この部屋に自力で来た記憶無いんすけど……。」
「あぁ、そうだろうね。君、空を飛んできたからさ。」
フクロウが、カササギの背後を指さす。
自由になった首で振り向くと、そこには包帯で覆われた壁があった。
「え、あの、フクロウさん、包帯の使い方って知ってます?」
おそらく、この部屋は、カササギが壁をぶち破って入った部屋なのだろう。
包帯で覆われた壁には、大穴が空いているはずだ。
カササギは、『なんでもかんでも包めば良いってもんじゃねぇぞ!?』という突っ込みをなんとか堪える。
フクロウは全く微笑まず、至って真面目そうに答えた。
「うん、勿論。こう見えても、僕はホームの医者なんだ。」
「中学生の保健体育からやり直した方が良いんじゃないですかねぇ!?!?」
医者とは思えない仕事ぶりに、思わず辛辣な突っ込みが飛び出してしまった。
カササギはあまり勉強熱心な方ではなかったが、それでも、教科書に応急処置の写真が載っていたことは知っている。
それ以前に、壁に包帯を貼り付けるなんて、幼稚園児でもやらないだろう。
それとも、異世界の常識はやはり元の世界とは大きく異なるのだろうか?
カササギは、また一つこの世界への信用を無くした。
不意に、ガチャリ、という音がする。
音の方を見ると、白い壁の白い扉を開けて、ツバメを小脇に抱えた鶴見が入ってきていた。
「カササギく〜ん!あぁ、やっぱりこの部屋だったんですね!生きてましたか〜?」
「生きてたわ!自分でもビックリだよクソ!」
やっと見た事のある人物が視界に入り、カササギは安堵からの悪態をついた。
「あぁ、君がツルさんの契約者かぁ。カササギくんっていうんだね。」
フクロウが納得したように、ぽんと手を叩く。
そういえば、相手の名前だけ聞いておいて、自分はまだ名乗っていなかった。
カササギが元の世界で養ってこなかったコミュニケーション不足の弊害が、異世界でも度々見られる。
当のフクロウは全く気にしていない様子で、鶴見に話しかけた。
「とりあえず、ツバメさんも治療するよ。といっても、外傷はほとんど無いから、自然治癒に頼りきりになるけれど……。」
手を伸ばすフクロウに、鶴見は大人しくツバメの身体を預ける。
「はい。お願いしますね。壁も壊しちゃってすみません。」
「あぁ、良いよ良いよ。試験だったんでしょ?壁の方も僕がなおしてるから。」
(あれは直すって言わねぇだろ!)
カササギは、すかさず胸の内で突っ込んだ。
「……む、カササギくん。それはちょっと認識が甘いですよ。」
カササギの思考を読んだらしい鶴見が、にまにまと笑う。
彼女はそのまま、ひそひそとフクロウに耳打ちした。
「大丈夫そうですか?フクロウさん。」
「どうだろう……。まぁ、瓦礫もあったし、おそらくは。」
何かよく分からないやり取りをした後、ツバメを寝台に寝かせ、フクロウがのそのそと壁の近くへと移動する。
カササギの目に映る彼の後ろ姿にも、鶴見のような羽根は見当たらなかった。
悪魔にも羽根の有無があるらしい。
フクロウは、そのまま壁に貼り付けていた包帯に手をかけると、勢いよくひっぺがした。
包帯に覆われていた白い壁が顕になる。
「あちゃ〜、流石に短時間じゃこれくらいだよねぇ。」
フクロウが無表情のまま頭を掻いた。
その視線の先には、大きくひび割れた壁があった。
しかし、カササギはもっと盛大にぶち破ったはずだ。
そもそも、カササギが入れるサイズの穴がそこには見当たらない。
「……あれ?俺、あそこから入ったんじゃ……。」
目を丸くするカササギに、フクロウが答えた。
「僕、包帯を使ったものを治すことが出来るんだよね。生物も無機物も関係なく。流石に、死体を生き返らせたりは出来ないけどさ。」
凄まじいことを言ってのけて平然としているフクロウに、カササギは溜息を吐いた。
「異世界、なんでもアリかよ……!」
カササギは、この世界に対する認識をまた一つ改めた。
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