第14話:主人公
風が音を立てて吹いた。
それが、試験開始の合図になったことを、カササギは肌で感じ取った。
(満身創痍だけど、一か八かやるしかねぇ!)
ゆっくりと、胸の前で腕をクロスさせる。
これで、腕が駄目になっても内蔵は守れるはずだ。
下半身に体重を傾け、カササギは『受け』の姿勢を取った。
そんなカササギを見て、ツバメはにやりと笑った。
「へ〜?真正面からバカ正直に受けるつもりかよ?ちったぁ根性あるじゃねぇ、かっ!!」
「……!!」
ツバメの右足が、弧を描くように動いた。
少し遠くにいたツバメとの間合いが、瞬きのうちに消失する。
ツバメのつま先がカササギの腕に触れる、その瞬間、カササギは右に身を投げ出した。
カササギは、最初から蹴りを受けるつもりはなかった。
勿論、これはそう何回も通用する作戦ではないし、ツバメもこれくらいは読んでくるだろう。
だが、最初の一回には対応出来ない。
10を9に出来るのは、カササギにとって大きなプラスだった。
「それでまんまと逃げ果せた……と思ってんなら、甘ぇよ、お前。」
カササギの身体は、予想した着地点を超えて、地面を横滑りした。
腕や足の皮膚が地面と擦れ、破れる。
「ゔぁっ!?」
それは少し擦りむいたとかいう、生易しいものではなかった。
口の中も少し切ったようで、口内にはどろりとした感触と鉄臭さが広がっていく。
「お前、見積もりが甘いっつ〜か、本当に学習しねぇのな。風圧だけで飛んでったのもう忘れちまったか?あ?」
ツバメがカササギを見下ろした。
「ちが……!風圧喰らわないように、同じ方向に……!」
「弁解すんな!!それが甘いんだっつってんのが分かんねぇのかぁ!?」
再び、目にも止まらぬ速さでツバメの右足が動く。
咄嗟のことで上手く防御出来ず、右足はカササギの臀部を直撃した。
舞い上げられたカササギの身体は、勢いのまま城の壁に叩きつけられる。
「ぐぁっ!?うっ!!」
脆くなった城の壁が崩れ、一部がカササギの肩に降りかかる。
「ああああああ!!痛ぇぇぇっ!!」
カササギの顔は、冷や汗と涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「なぁ〜、まだ2発しか打ち込んでねぇんだけど?もう降参して楽になるかぁ〜?」
降参して楽になる。その言葉が、安らかな死を指しているのなら。
カササギは、軽く頷きかけた。
その時、胸の奥が熱く燃え盛る。
魂に刻み込まれた恐怖が、まるで現実逃避のように、カササギに夢を見せた。
もしも、美少女の鶴見 舞と付き合えたら。
もしも、自分が由木 鷹斗のような優等生だったら。
もしも、異世界で強い力を手に入れていたら。
もしも、父親が大金を抱えて蒸発せず、家族三人で幸せな生活を送れていたら。
もしも、自分が死んだら。
「俺が死んだら、何も意味ねぇんだよ……。」
カササギは、消え入りそうな声を、肺から外に押し出した。
「おいおい、急にどうしたよ?ま、今のままじゃ、お前が生きてたままでも意味なんてねぇけどな。」
ツバメは小馬鹿にするように嘲笑い、つま先でカササギの腹を小突く。
「違えよ。意味あるものにする為に、俺は生きなきゃいけないんだ。」
ツバメの足を払い除け、カササギはよろけながら立ち上がった。
「……分かんねぇよ、お前の考え。向かってきたら死ぬんだぜ?何を考えて立ち上がるんだよ。」
ツバメは、心の底から不思議そうにカササギに問いかけた。その目は、奇妙なものでも眺めるかのようだ。
折っても、折っても、立ち上がってくる。
メンタルも身体の骨も、バキバキにしてやった筈だ。
それなのに、目の前の人間は直ぐに向かってくる。
ツバメは、ほんの少しだけ、カササギを恐れた。
その表情の歪みをカササギは目敏く見つけ、口角を上げた。
「ここを耐えれば、俺だって主人公だろうが。打ってこいよ、クソガキ!!」
カササギの魂が、燃えていた。
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