第13話:凶器
「入隊試験とか聞いてねぇぞ、鶴見……。」
全身の痛みを堪え、何とか立ち上がったカササギは、鶴見を睨みつけて呻いた。
そんなカササギを鼻で笑い、鶴見は言い放つ。
「だって、言ってないですもん。いい加減私の手口を覚えて欲しいものですねぇ。私、基本的に聞かれないと答えませんよ?」
「そこが!!お前の悪いとこ!!上司だってんなら報連相大事にしろ!?!?」
カササギの悲鳴に近い言葉に、ツバメもうんうんと頷いた。
どうやら、鶴見の肝心な部分の説明不足は、カササギだけに限ったことではないらしい。
二人から視線を向けられ、鶴見は不満そうに頬を膨らませた。
「私的には尋ねる機会は与えた筈なんですけど……、改めてちゃんと言いますね。勇者の殺し方。」
鶴見は、人差し指を立て、そのままカササギの胸に指先を押し当てた。
「貴方は私の従僕であると同時に、私たちの凶器となります。」
「凶器……?」
物騒な言葉に、カササギは首を傾げる。
「私たちが人間よりも高位な存在であることに、カササギくんはその身体で実際に体験して、もう気づいていると思うんですが……」
「あぁ、それは分かる。明らかに人間の能力じゃないもんな。羽もあるし。」
「注目すべきはそこでは……、いえ、良いです。とにかく、私たちの能力は、一部例外を除いて、全て神から授かったものです。」
鶴見は真面目な口調で続ける。
「異世界……、カササギくんのいた世界や、もっと別の世界からやってくる勇者も、同じ神から力を授けられています。」
「神から……?」
確かに、カササギには覚えがあった。
web小説の内容をどこまで今の状況に投影しても良いかは分からないが、大抵の異世界ものは、神の手違いから話が始まったり、神から慈悲を受けて転生したりしている。
「はい。ですから、同じ神の力を持つ私たちでは、勇者を傷つけることが出来ません。」
「だからお前らニンゲンを凶器として使うってわけ。わ〜ったか?」
鶴見の言葉をツバメが引き継いだ。
「や、理由は分かったけど、なんで人間なら傷つけられるってことになるんだよ?あと、お前らはそれで良いのか……?悪魔といえ、神に力貰ったんだろ?それなのに裏切るみてぇなこと……。」
純粋な疑問がカササギの口をついて出てくる。途端、ツバメが噛み付いてきた。
「あぁ?誰がっ!」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいツバメさん!」
蹴りのモーションに入ったツバメを鶴見が諌める。
「人間は、人間にしか裁けない。高位の種族である私たちには、神の寵愛を受ける者を傷つけることが出来ないんです。そういう仕組みですから、そこは分かって下さい。そして、神を裏切るという点は、……それで良いんです。」
鶴見はあくまで冷静に、微笑みを浮かべながら言った。
「神は、もう狂ってしまいました。」
まるで全てを諦めたかのような、鶴見の冷めた表情に、カササギの額を嫌な汗が伝う。
ツバメも、先程までのガンを飛ばした表情から、本気の殺意が込められている目に変わっている。
悪魔たちに何があったのか、カササギにはまるで分からない。ただ、鶴見が、ツバメが、地獄を見てきたことだけははっきりと感じ取れた。
ツバメは短く溜息を吐くと、元の表情に直ってカササギの腰をバチンと叩いた。
「んでな?神も勇者も纏めてぶっ殺す為には、強い武器がいるわけよ。」
「だから、凶器が人間……。」
「そ。俺たちは失敗するわけにはいかねぇんだよ。フニャフニャのナイフで殺しが出来るわけねぇだろうが。」
人智を超えるものを相手にするのに、弱い奴は必要ない。
今の悪魔たちがカササギを求めていないのは、一目瞭然だった。
「……鶴見、試験の合格条件ってなんだ?」
カササギが尋ねるが、鶴見は黙って首を横に振る。
「その辺りはツバメさんに任せていますから。私は試験に関して、一切手助けしないつもりでいますよ。」
「鶴見お前ほんと全然使えねぇな!?」
悪態をつきながら、カササギは考える。
ツバメはカササギを落としたいようだから、合格方法を素直に教えてなどくれないだろう。
かといってこちらから動こうにも、カササギがツバメに実力を示す方法が余りにも無さすぎる。
(どうする……!?)
ホームに入れない時点で、おそらく鶴見はカササギを殺すだろう。
5000兆円を稼ぐ前に、チャレンジすら出来ずに死ぬのは、今のカササギには我慢ならなかった。
その時、意外にもツバメが静寂を破った。
「ニンゲン、だいぶ迷ってんだろ。んじゃ、こうしようぜ〜!!」
いつまでも黙っているカササギに痺れを切らしたのか、ツバメがはつらつと提案する。
「俺の本気の蹴りに10発耐えられたら入隊ってことで!!まぁ避けても良しとしよう。」
先程までの殺意の昂りとは裏腹に、一見するとそこまでハードではない条件に思える。
しかし、一度彼女の蹴りの風圧のみを顔面に受けたカササギの認識は違った。
カササギには、どうしても彼女の蹴りを10発も生きて耐えていられる自信がなかった。
おそらく、ツバメ自身も10発内で確実に仕留める算段での提案だろう。
それでも。
カササギにはもう後が無いのだ。
万が一に賭ける選択肢しか、今のカササギには許されない。
「いいぜ。耐久勝負、受けて立ってやるよ。」
声が震えるのも構わず、カササギは精一杯いきがった。
「死んでから泣いても遅いぜ?ニンゲン。」
カササギの言葉に歪な笑みを浮かべ、ツバメは、自身の唇をペロリと舐めた。
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