第9話:談笑
「あ、そうそう。私のことは、今まで通り、『鶴見』って呼んでくださって構いませんよ、カササギくん。」
悪魔が叶多を抱え、飛翔しながら語りかけた。
「……呼ばねぇよ。悪魔は悪魔だろ。」
そう吐き捨てる叶多の顔色は、小一時間前よりは随分血色が良い。
「カササギくんには、『勇者』を殺して頂こうと思います。いわゆる、賞金首ですね。」
悪魔の言葉は、叶多の脳裏に染み付いている。
殺す、という、現代ではある種軽いものになってしまったその言葉は、いざ自分が行動する立場になって初めてその本当の重さを実感出来た。
殺さなければいけない。顔も知らない勇者を。
殺さなければ、自分が元の世界に帰れない。
他人の命と、自分の人生。
それらを天秤に掛けた時、叶多の覚悟は決まった。
「やるよ。やらなきゃ帰れないなら、何だってする。5000兆円、殺して稼ぐ。」
「はい♡それでは、契約成立で〜す!」
もう、後には引けない!
悪魔が高らかに宣言した時、叶多には、自分の人生がズレる音が聴こえた気がした。
「で、今はどういう状況だよこれ!!」
足が空を切る感覚と、背中に押し当てられた重量級の温度の塊に、叶多の心臓は乱れまくっていた。
「さっきまであんなに喚き散らしていたのに、随分と元気になりましたねぇ。現実の時から思っていましたけど、カササギくんは性に対してだいぶ気持ちが悪いですよ。」
「うるせぇ!お前、俺の拍動を把握した上でわざと胸押し当てるのやめろよな!?」
そんな叶多の言葉に悪びれる様子もなく、悪魔はくすくすと笑う。
「落としても良いってことですかね?」
「良いわけねぇだろ!!さっさと状況の説明をしろ!!」
怒鳴り散らされた悪魔は、首を竦め、続けて言った。
「一旦ホームに戻っているんです。契約を結んだ以上、カササギくんも悪魔の仕事仲間としてカウントされますから、その報告ですよ。まぁ、カササギくんの直属の上司が私って感じでしょうかね。」
「ホーム……?」
「えぇ。勇者を殺そうという企みは、私一人のものではありません。他の悪魔との組織があるんです。私のこと、鶴見と呼べと言った意味、分かりました?」
そう言って、悪魔はニコリと微笑んだ。
なんとも悔しいことに、目を閉じると完全に鶴見 舞の顔になるのだ。
契約の為か、はたまた現実の思い出の影響か、叶多は、死ぬほど嫌いなはずの悪魔のことを憎みきれないでいた。
「あ〜〜〜〜クッソ気持ち悪ぃ……脳味噌まさぐられてるみてぇ」
「カササギくんの考え、ほんとに手に取るように分かるんですよ。すごく気持ち悪いです。」
辛辣な言葉の割に、鶴見の顔は微笑みを絶やさなかった。
「なぁ、…鶴……見。あとどれ位飛んでいけば良いわけ?」
空気感に耐えきれず、叶多は尋ねた。
自分の人生を狂わせた鶴見と仲良く話している状況から早く抜け出したかった。この状況に慣れ始めている自分も気に入らない。
「そうですね、まだ結構掛かりますから、その間にこの世界の説明でもしましょうか。何か疑問とかあります?」
「あるある。めちゃくちゃある。」
疑問なら山のようにあった。この世界の空気が悪いのは何故なのか?何故勇者を殺す必要があるのか?笠崎 叶多を選んだのは、本当に気まぐれなのか?
数ある疑問の中から選りすぐって、叶多はまず一つ聞くことにした。
「あのさ、俺って、どんなチカラが使えるのかな……?」
「はい?」
鶴見は本気で何を言っているのか分からないという顔で首を傾げた。
「悪魔との契約って、その……。禁忌を犯す代わりに、すっごいチカラが手に入ったりしないの?」
そう、叶多はまだ希望を捨ててはいなかった。
異世界は、能力次第でどうとでもなる。
どんなに小さな能力だったとしても、数々の異世界小説を読んできた叶多には、様々な使い道が見える。
勇者を殺す、という、能力に能力をぶつける戦いにも、善戦する根拠の無い自信があった。
だが、そんな叶多を諭すように、静かに鶴見は告げた。
「カササギくん、まだそんなおめでたいことを考えていたんですか?流石にそこまでは読み取れませんでした。」
「え、じゃあ俺の能力とかって……。」
鶴見が、ニッコリと微笑む。
「ありませんよ。」
「え……、死んでも復活とか?」
「普通に死にますよ。」
「え?勇者は?」
「チートです。強いですよ。」
「……俺、勇者倒せる?」
「難しいでしょうね。」
叶多の覚悟がちょっと萎んだ。
メソメソと泣き言を宣う叶多の顔を見て溜息を吐きながら、鶴見は続けた。
「だから殺すんですよ。」
「は?どういう……。」
「勇者を倒すなんて無理でも、殺すならいくらでもやりようはあります。その為にカササギくんを使うんですから。」
カササギくんを使う。
その言葉の意味を問おうとした時、鶴見が叶多の疑問を遮るように言った。
「続きは後にしましょう。思ったより早かったですね。あれが私たちのホームです。」
鶴見が指さす先には、朽ちかけた城が聳えていた。
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