9.
情けない事に、演習場の入り口付近にある救護室に運ばれてから一時間が過ぎようとしていた。
やっと起き上がる事が出来たので、外に出てみるとグロヴァーさんとレオン殿下が剣術の練習をしていた。
邪魔にならないようにその様子を見ている事にした。
剣を振り下ろす姿勢など、流石に素晴らしい。
一月後の一騎打ちの時は油断していたらやられかねない。
注意しなくては。
暫く経って、私の存在にグロヴァーさんが気が付いてくれた。
「おう、サクラ。もういいのか?」
「はい、心配お掛けして申し訳ありません…。しかもお待たせまでしてしまって…。どうお詫びしたらいいか…」
「なぁに、気にするな」
しかもまだ問題が残っている。
私の生死についてだ。
「私…レオン殿下をまるでソリのようにしてしまったので…やっぱり死刑になってしまいますか…?」
「ガハハハ!!死刑ってサクラ、あまり思い詰めるな。訓練中での出来事だし、タックルされただけで死罪にするほどレオン殿下は心狭くない。ですよね、殿下?」
グロヴァーさんに話を振られ少しムッとした顔をしながらこちらを見たレオン殿下と目が合った。
「大変不本意だったが、そんな事で死罪にはしない。グロヴァーに剣の指導も受けれたしな」
「レオン殿下!!やっぱり慈悲深い!!」
「その慈悲深いって言うのやめろ!
なんか馬鹿にされている気分になる」
少し声を荒げながら言ってきた。
「何でです?本当の事ですもの。慈悲深い事がこの先もあったら言ってしまいますわ」
レオン殿下は少しポカンとした顔をするとそっぽを向きながら勝手にしろ、とだけ言った。
「ところでサクラ、さっき何があったのか説明してくれるか?」
「はい、グロヴァーさん。
とても…不思議な感覚でした…。
先程、レオン殿下の背中が10メートル先位に迫った時、追いつけると思ったんです。そしたらその瞬間…視界がグレーのような色にぼやけてレオン殿下の動きがかなりゆっくりに見えたんです」
「ほう?」
「レオン殿下がどちらに逃げようとしているのかも分かって…仕留めるなら今だと思ってタックルしてたんですね…。仕留めた次の瞬間にはもう動けなくなってました」
「そうか…。やっぱりサクラはタクミの娘だなぁ!!タクミからも似たような話を聞いた事がある」
「お父さんから?」
「あぁ。タクミと一騎打ちをしても直ぐに行動が読まれて勝てた事がないし、オニゴッコしても絶対に捕まらなかった。どうしたらそんな身体能力が高くなるのか聞いてみた事があったんだ」
「そうなんですね」
「そしたら集中すればするほど相手の動きがゆっくりに見えて次の動きが分かるんだと。これはヤマト皇国でもかなり珍しいらしく、タクミはその力の事をガンリキと呼んでいた。但し、かなり体力を使うらしい」
「ガンリキ…」
「今回、サクラは初めてその力を使ったから体力が削られて動けなくなってしまったんだろう」
「そうだったんだ…。お父さんはそんな力があったんですね」
「あぁ。タクミはいろんな技を持っていた」
なんか複雑だ。
それってお父さんの力のお陰で殿下を捕らえたって事?
考えていた事が顔に出ていたのか、グロヴァーさんが頭をガシガシ撫でて来た。
「この力はきっとサクラの役に立つ。凄い事じゃないか!!大切にしろよ」
「…はい」
そんなやり取りをしていたらレオン殿下が口を開いた。
「で、次のオニゴッコは行うのか?それとも不戦勝か?先程までまるで生まれたての子鹿のように足がガクガクしてた奴はもう走れないのでは?」
レオン殿下は明らかにこちらを見下ろしながら愉快そうに言ってきた。
おう、言ってくれるじゃないか!!
「先程は失礼いたしました。ガンリキとやらに目覚めてしまったようで。
試合!!やるに決まってます。私は負けたくありませんので」
「人を待たせておいてそんなに強がらんでも…
まぁオニゴッコはやってやるが再び無様な姿は見せるなよ」
「勿論」
「お、いいな。じゃぁ今度はレオン殿下が追いかける方でサクラが逃げる番だ。サクラはもう本当に走れるか?無理しなくてもいいんだぞ?」
「大丈夫です、走れます」
「そうか…。
それじゃぁ第二試合よーい始めっ!!」
グロヴァーさんの掛け声と共に走り出した。
ガンリキとやらを使ってしまうと体力の消耗が激しいらしいのでどうにか使いたくない。
これ以上レオン殿下に見下されるのはご免だ。
どうせなら私が殿下を見下したい。
で…
どうやってコントロールするんだろう?
さっきは勝手に発動しちゃったし。
集中しなければいいのか?
勝ちたい気持ちがこんなにもあるのに集中しないって意外と難しい。
そんな事を考えながら走っていたら演習場の真ん中辺りまで来ていた。
ここに居れば四方八方どこにでも逃げられるからここでレオン殿下の動きを観察しよう。
とにかく、私は10分間逃げ切らなくてはならない。