6.
コンコン
二人が我に返ったのはノックの音だった。
どれくらい睨み合ってたかは分からないけど目を逸らしたら負けな気がしてしたくなかった。
レオン殿下の方もずっと逸らさなかったし。
ノックの音に気が付きさすがに睨み合いをやめドアの方を見た。
「入れ」
レオン殿下がそう言うとドアを開き入って来たのは白髪頭をふんわり七三で分け、鼻下の白い髭を丁寧に整えた男性だった。
丸渕の小さな老眼鏡を掛けている。
男性はピシッと黒のジャケットで身なりを整えているので恐らく講師だろう。
「おやおや、まだ来るのが早いようだったかな」
男性は少し戯けた風に私達の様子を見て言った。
「構わない。丁度話も終わった所だ」
「左様でしたか。それじゃぁ授業に…そうそう、その前に。貴女がサクラ・ヤマガミですね。私は外交官をしております、ロジャー・ヴァーニアスと申します。主に世界情勢や外交についてレオン殿下に教授してます。どうぞよろしく」
「ヴァーニアス様、初めまして、サクラ・ヤマガミです。外交についてとても興味があるのです。これからご指導よろしくお願いします」
一礼する私の様子をみてロジャーさんはフォッフォッフォと笑っていた。
一礼をして笑われたのは初めてで思わずロジャーさんの顔を見た。
「いやぁね、こんな老いぼれ爺でも沢山の人々と出会っていると目が肥える訳で。サクラ、期待していますよ」
そう微笑むとロジャーさんは私たちを席へと促した。
ロジャーさんは席に着いた私達にそれぞれ一枚の大きな紙を配った。
その紙には世界地図が書かれていた。
「我が国ノースアーロノア王国は海に面したとても豊かな国です。ノースアーロノアがあるこの大きなアゼラン大陸にはおよそ40の国がありますね。サクラ、ここまではよろしいかな?」
「はい」
「隣国はブルーニア。
そうそう、先日ブルーニアまで仕事で足を運んでね、チョコレートという新しいお菓子を王妃様に献上したのですよ」
あのお茶会の日に食べたチョコレート。ロジャーさんからの献上品だったのか!!
「チョコレートといえば最近新しい大陸が発見されましたね。ご存知かな?」
「ガディーナ大陸だ」
チッ、先を越された。
「ここでしか収穫出来ないカカオという植物の豆をすり潰して作られたのがチョコレートです。まぁこの話は置いといて。まだ見ぬ新しい大陸や島がまだまだ沢山あるだろうと言うことが最近分かってきました」
ロジャーさんはニヤリとこちらを見た。
「サクラのお父上である、タクミ・ヤマガミの証言です。彼が住んでいたというヤマト皇国はこの地図にはありません。まだ発見されていないのです。
彼が住んでいたヤマト皇国は東西南北を海に囲まれた島国で四季に恵まれ黄金に輝く建物や左右対称の素晴らしいフジヤマと言う山があったそうだ。
いろんな国を見て回って来たが今までそんな国はなかった。是非私が生きている内に発見したいものだ」
ロジャーさんは遠い目をしている。
「ヤマト皇国はまだ見つかっていないが彼は存在した。彼を受け継いだサクラの黒の髪、黒い瞳がヤマト皇国がどこかにあるという証拠ですね」
「幻のヤマト皇国の話ではなく、ガディーナや隣国などの近況が知りたい」
どこかツンケンしたレオン殿下が口を開いた。
「おやおや、レオン殿下。少し気が立っているようですな。せっかくサクラと一緒なのだからと思ったんですがねぇ」
「ロジャーはまたすぐ外交の仕事で他国に旅立つだろう。今のうちに有意義な話が聞きたい」
「フォッフォッフォ、それはそれは失礼しました。それじゃぁまずガディーナ大陸についてお話していきましょうか」
そんな調子でガディーナ大陸の事、隣国の事などを中心にロジャーさんの授業は終わった。
今日午前中はたっぷりロジャーさんの授業だったけど午後からは実技でグロヴァーさんの授業だ。
一旦家に帰り、実技用の服に着替える。
上は綿素材のシャツに下はお父さんのニンジャ服を模してお母さんが私に作ってくれた裾がすぼまったズボンに履き替えた。
女子はあまりズボンは穿かないけど動きやすくて気に入っている。
グロヴァーさんの指導は結構ハードなので動きやすい物がいいとお母さんに相談したらすぐに作ってくれた。
ついでに朝ごはんの時と同じパンをかじり牛乳を飲んだ後に家を出た。
今日は初めて王宮騎士団の演習場での訓練だ。
足を踏み入れた事がないので楽しみだ。
王宮書庫に向かうのとは反対側の道から行くと近道になる。
ロイヤルファームの横を通り過ぎ進む。
ロイヤルファームとは王族の方々の食卓に並ぶ野菜や果物を栽培していて、他には家畜小屋や田んぼなどがあり季節によって実りが違ってとても賑やかだ。
今は赤いトマトやキュウリなど瑞々しい野菜が沢山なっている頃だ。
また今度散歩がてら訪れよう。
ロイヤルファームの敷地を過ぎると演習場だ。
近くには厩もある。
どうやら私が1番に到着したようだ。
この辺りは騎士の人達が沢山いるが、私みたいな子供が来るところではないので凄く見られてる気がする。
そんな事を考えていたら遠くから豪快な笑い声が聞こえた。
あ、グロヴァーさんだ。
一緒に歩いていた騎士の人に軽く手を振った彼が近付いて来た。
「悪い悪い、待たせちまったかい?」
「いいえ、今さっき到着した所です」
「レオン殿下はまだのようだな…あ、来た来た」
王宮の方から従者を引き連れ見覚えのある金髪が見えた。
「レオン殿下の指導をするのは初めてなんだよなぁ…」
聞き捨てならない衝撃の言葉を聞いた気がする。
「は…初めてなんですか?」
「あぁ、何度もお会いしたことはあるんだが…レオン殿下の指導は副団長のサファーが担当しているからな。サクラは特別だ。なんてったって戦友の娘だからなぁ」
グロヴァーさん、ガハハハと大笑いしている場合じゃないです。
王妃様、私の教育に力入れすぎじゃありませんか?
「待たせたな、グロヴァー。今日はよろしく頼む」
いつの間にかレオン殿下も到着していたようだ。
相変わらず私の存在は目に入ってないようだ。
「よろしくお願いします。さぁ、早速演習場の中に入りましょう」
グロヴァーさんが中へと案内してくれた。
演習場の中はとても広く、一面砂利だった。
「グロヴァー直々に剣の指導をしてもらえるとは光栄だ」
表情はあまり変わらないものの、太陽の下でレオン殿下のエメラルドの瞳が揚々と輝いて見えた。
「そりゃ残念です、レオン殿下。今日は剣の指導ではないんですよ」
「剣の指導ではない?では一体何を…?」
「今日はレオン殿下とサクラの親睦を兼ねてタクミ・ヤマガミ式訓練、オニゴッコをしようと思うんですよ」
「オニゴッコ!?」
あろう事かレオン殿下とハモってしまった。