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35.

今日はこれから城下へレオンと行くことになった。

一旦家に帰ってワンピースに着替える。

その上に外套を羽織った。

城下へ行く時はいつもフードを被りこの黒の髪を隠す。

城下を歩くとこの黒の髪のお陰で英雄の娘という好奇の目に晒される。

だからと言って特に害があるわけでもない。

寧ろ歓迎されたり握手を求められたり…

この黒がある限り自分の栄誉でもないのに英雄の娘という肩書きだけが重くのしかかる。

だから最近は極力隠すようにしている。


今日はレオンはあくまでも王太子としてではなくお忍びなので庶民風に支度を済ませて私の家に集合する事になった。

使用人が使う通用門は我が家から近く、普段私が城外へ出るときはここを通る。

もし正門を通過したら王族が出掛けることが皆に知られてしまい、城下の人々に広まってしまうので今日は通用門を使う事になった次第だ。


準備を整え庭の椅子に腰掛けレオンを待つ。

それにしてもグロヴァーさんも面白い事を考えたものだ。

王族故に1度も城下で自由に買い物や食事などしたことがないレオンに私が一般常識を教えろと言うのだ。

書類仕事が苦手なグロヴァーさんがもう2週間も前からレオンの外出の届け出を提出していたというのだから気合いの入り方が違う。


暫くするといつもとは雰囲気の違うレオンがやって来た。

今日はシンプルに白いシャツにハーフパンツという庶民の定番スタイルだ。

けれど生地の光沢感を見るに上等の物だと分かる。

レオンに続いてこれまた庶民スタイルのルカさんにグロヴァーさん、サファー様がぞろぞろとやって来た。


「サクラ、待たせたな」



「いいえ。

…ところでルカさんは分かるんですが…もしかして…グロヴァーさんとサファー様も一緒に来るんですか?」


「当たり前だろう。今日は殿下の護衛をするんだぞ。私達が同行しないで誰が殿下を守るんだ!!」

グロヴァーさん、完全に護衛の顔ではなく思いっきり愉しもうとしてる顔でしょう?


「今日は我々も同行しますが、あくまでお忍びです。殿下だと周りに気が付かれぬように配慮しますので城下の町を二人で楽しんでくださいね」

サファー様が優しく微笑む。


「はい。サファー様ありがとうございます」


「まず今日の課題だが…今城下で人気のパフェのお店を探して食べてくること。それ以外は好きに見て回るといい」


そう言ってグロヴァーさんは白いの巾着袋をレオンに手渡した。


「殿下、これはコインが入っているのでお会計は殿下がなさってください」


「…承知した」


「そんなに緊張しないでももしもの時は私が教えて差し上げますわ」

オホホと高笑いしながらわざとらしく上から目線で言った。


「馬鹿にしてるな!教えてもらわんでも出来る!」


そんなレオンのふて腐れた様子もなんだか久しぶりで思わず笑ってしまった。


「ではそろそろ出発しよう」


グロヴァーさんの一声で麗しの王太子殿下の社会科見学が始まったのだった。



通用門を出て城の外側を通り正門の方へ向かう。

正門前は広場になっていて噴水やベンチがあり、周りには高級ブティックなどが並んでいる。

馬車道と歩道がきちんと整備されているのでこの辺りはとても快適に歩ける。

城を背にして広場を抜けて進んで行くと飲食店や雑貨店、食料品を扱うお店などが並ぶ商店街になっている。

露店も並んでいて買い物せずとも見ているだけで楽しい。

しかしこの辺りは王都のど真ん中にあるため野菜1つでもとても高い。

なのでいつもお母さんと買い物に行くときにはこの通りを外れた少し先にある住宅街のお店で買うようにしている。


今日はレオンが一緒だからこの賑やかな表通りを散策してみよう。


「普段の王都はこのような雰囲気なのだな…」


「急にどうしたの?」


「この辺りはいつも馬車でしか通過した事がなかったからな…。沢山の人の歓声はよく聞こえたが…人々が自由に行き交って活気のある姿もまた…いいものだな」


「そうよね。私にとって当たり前でもレオンにとっては非日常なのね。それなら…」

レオンの手を引き歩き出す。


「わっ!サクラ、どうした?」


「いいこと思いついたの!

私のお気に入りの場所へ連れて行ってあげる!!」


「そんな急ぐな、転ぶぞ」


「大丈夫、大丈夫!こっちよ」


安いけどとても美味しい絞りたてフルーツジュースのお店に、私と同じ黒の毛を持つ猫がいる裏道とか色々な物をレオンに見せたい。

そう思うと不思議と足取りが軽くなる。


「ここが絞りたてフルーツジュースのお店よ。最初にレジで注文と会計を済ませてからジュースを搾ってもらって好きな席で飲むのよ」


「レジで注文…?そこで会計…分かった」


「ふふ、私が最初に頼むから大丈夫よ」


店内に入り、正面にあるレジに向かう。

フルーツの酸っぱい匂いが店内に漂っている。


「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ。本日はオレンジのジュースがお勧めです」


「オレンジも惹かれるけれど…私はピーチジュースにするわ。レオンは?」


レオンは一通りメニューに目を通していた。

「……………私はオレンジで」


お、無難な物にしたな。


「畏まりました。お会計はご一緒でよろしいですか?」


「ああ、大丈夫だ」


「銅貨6枚です」


レオンは巾着袋から銅貨を取り出す。


「はいちょうどいただきます。お隣のカウンターでジュースを搾るのでそこで受け取ってくださいね」


「はい」


ジュースを受け取り席へと進む。

後ろにはサファー様と護衛の数人が並んでいて注文している姿が見えた。

護衛の人達の事をすっかり忘れていた。


通りの様子がよく見える窓側のカウンター席に腰を掛ける。

窓の外側にはしっかりグロヴァーさんが背を向け立っていた。


「ねえレオン、ジュースの味はどうかしら?あっ、毒味が必要かしら?」


「作る工程を見ていたからな問題ない」

そう言って頼んだオレンジジュースを飲み出した。


「うん、悪くない。歩いて喉も渇いていたしな」


「そうね。人生初めての会計はどうだったかしら」


「会計も何も問題なかった。次は一人でも出来るぞ」


自信満々のレオンをみてちょっぴり可笑しくなった。


「サクラ、何を笑ってるんだ」


どうやら笑っているのに気付かれたらしい。


「ごめんなさい、なんか可笑しくて。社会科見学は順調ね」


ピーチジュースを飲む。

甘い濃厚なピーチの果汁が口いっぱいに広がる。


「美味しいわ」


「サクラのジュースは甘い匂いがするな」


「ええ、とっても甘いわ。ピーチは初めて飲んだのだけど正解だったわ。

そんなに気になるなら飲む?」


「わ…私がサクラのジュースを飲むのかっ?」


「そうよ。毒味も終わっているしどうぞ」

コップをレオンに差し出した。

少し躊躇していたレオンだけど、いただく、と呟くと一口飲んだ。


「甘い!確かに正解だな」


レオンは意外にも甘党だと私は知っている。

王妃様とのお茶会でご馳走になった激甘ミルクティーがレオンの好物だと聞いた。


「そうでしょう?」


「ゴホンッ!私のも飲むか?」

そう言って自分のジュースも差し出してきた。


「ではお言葉に甘えて」


ゴクンッ


「んん~やっぱ美味しい!!ありがとう」

オレンジの爽やかな酸味と果肉が喉を通る。

コップを返すとレオンは再びオレンジジュースを口に運ぶ。

それを見て気が付いた。


同じコップを使って飲むなんて…

間接キス…!?


私はなんて事を提案してしまったのだ。

そりゃレオンも躊躇う筈だ。

考え出すと急に恥ずかしくなってレオンを見ることが出来なくなった。


「どうしたんだ?顔が赤いようだが…」


「な…なんでもないわ!そうよ!

飲んだらパフェを探しに行くわよ」


「そうだな、では行くか」


急いで飲んでジュースの店を後にした。

ようやく顔の火照りも治まりパフェのお店探しを始めた。


「大人気って言っていたから行列が出来ているのかしら?」


「どこも賑わっているけどな」


色々なお店を見て歩く。

まだパフェのお店はみつかりそうにない。

私もパフェのお店の事は知らなかったので何処にあるのか全く見当がつかない。

その時一軒の雑貨店のウィンドウに目が止まった。

そこには小花のネックレスが飾ってあった。

とても華奢な桃色のその小花は花弁が5枚で前に王妃様からいただいた髪飾りにそっくりな形の花だった。


「可愛い…」


「ん?なにかいい物が見つかったか?」


「あの小花のネックレス…。以前アンバー様にいただいた髪飾りにそっくりで素敵だわ」


「ああ、あの晩餐の日の物か」


「よく覚えているわね」


「母上に散々やられた日だからな、よく覚えている」


「あの日のレオンはとても小さく感じたわ」


「実際に7歳だったからな」


「ふふ、そうね。

でも…銀貨2枚か…。なかなかいい値段するわね。お小遣いを貯めて今度買いに来るわ」


「今私が買えば良い」


「いいえ、それはレオンの社会科見学のお金だから私だけの物に遣っては駄目よ。さ、パフェを探しましょう」


何かレオンが呟いた気がしたけど、腕を引っ張って先に進んだ。


「そう言えば何故サクラはずっとフードを被っているんだ?

今の季節はそこまで寒くないだろう?」


「これは…髪の毛が目立たないように…」

思わずフードを押さえる。


「そうか…サクラの髪は綺麗なのにな」


「…!?」

思わず口をあんぐりと開けてレオンを見上げる。


「はは、驚きすぎだ。本当の事を言ったまでだ」

そう言ってレオンは微笑んだ。


今日は顔がよく熱くなる日のようだ。

フードで顔を隠す。

その時レオンがあった、と割と大きな声で言った。

パフェと書かれた店の看板が視界に入る。


「あ、パフェのお店?本当ね。あったけど…」

店の周りはガランとしていてお客さんが居る雰囲気がしない。

店の入り口を見るとクローズと書かれた小さな看板が掛けてあった。


「なんだ?休みなのか?」


窓から店内を見たがお客さんはおらずどうやらお休みのようだ。


「パフェ…どんなものか食べてみたかったわ」


「まさか休みとはな…」


入り口で呆然と立っていると後ろからグロヴァーさんが小声で耳打ちしてきた。


「今日は特別に貸切にしてます。そのまま入って行ってください」


「え?貸切??」


「貸切にしないと行列で入れないですからね、ほら早く入って」


そう言われるがまま店へ入って行った。

それに続いて今日護衛に付いてきていたルカさんやグロヴァーさん、サファー様に他の騎士の人数名がぞろぞろと店に入って来た。


「いらっしゃいませ、お待ちしおりました、グロヴァー・サイラス様御一行でよろしいですか?」


直ぐ後ろにいたグロヴァーさんが意気揚々とそうです、と答えていた。


席は何故かレオンと二人で座る席に通されてそれを囲むように周りの席に騎士の人達が座った。


隣の席に座っていたサファー様とグロヴァーさんの会話が聞いていないのに聞こえてきた。


「いやぁ、この店いつも大行列で気になってたんだよなぁ」


「確かに!私も城下の見回りでここを通った時いつも気になってました」


「そうだよなぁ!でも並んでいるのが女性ばかりで来たくても来られなかったんだよなぁ」


「団長は奥様といらっしゃれば良かったじゃないですか」


「俺は並べないタチでな、今日丁度良いと思って貸しきってみたんだ!!ガハハハハ」


職権乱用…。

本来の目的はグロヴァーさんが食べてみたかったからか!!


正面に座っていたレオンも呆れ顔でグロヴァーさんを見ていた。


運ばれて来たパフェはいちごやバナナ、ふかふかのスポンジの上に生クリームが乗ったものでとても甘かったけどいちごの甘酸っぱさがそれを抑えていい塩梅になってとても美味しかった。

甘党のレオンも満足そうに食べていた。


意外だったのはグロヴァーさんも甘党だったということ!!

大きなガタイで食べる姿に気付かれないようにクスリと笑ってしまった。


ここの会計はなんだかんだレオンではなくグロヴァーさんがチップを弾ませて済ませてくれた。


帰り道は私の家の足りない食材を買いに寄り道しながら帰った。


通用門に着いた頃には日が傾いていた。


「城下見学どうだった?」


「たまにお忍びで出掛けるのも悪くないな。民の生活を肌で感じるのも必要な事だ」


「レオンが楽しめたなら良かったわ。

パフェは結局グロヴァーさんの道楽だったけれどね」


「そうだな、でもパフェはまた食べたい」


「また食べに行きましょうよ…っていつになるか分からないけどね」


「サクラとならいつでも」


「言ってくれるわね、期待しないでおくわ」


「きっと、いつか」


家が見えてきた。

楽しい時間も間もなく終わりだ。


「そろそろ終わりね、社会科見学」


「そうだな。なぁサクラ」


「ん、何?」


レオンは徐にポケットから黒い箱を取り出す。


「これ今日の記念に」


「今日の記念?何これ…」

レオンから箱を受け取り開けてみる。

そこには先ほど気になっていた小花のネックレスが入っていた。


「これ…どうして…?」


「サクラが野菜やら買い物してる間にこっそり買ったんだ。

初めて二人で出掛けた記念に。

まぁ色々世話になったしな」


そう言ってレオンはネックレスを手に取ると私のフードを降ろし首に掛けてくれた。


「レオン…ありがとう………とても嬉しいわ…。本当に貰っていいの?」


「サクラにずっと身に付けていて欲しい」

レオンは私の髪を撫でながら微笑んだ。


「ありがとう………」

嬉しくてそれ以上の言葉が出て来なかった。


「じゃ、じゃあ私はもう行く。また明日な」

パッと手を私の髪の毛から離すとレオンは後ずさりながら言った。


「あ、うん。また明日」

それに続いて急いで別れの挨拶をする。


レオンが王宮に向けて歩き出す。

護衛騎士達も一定の距離を保って進んでいく。

グロヴァーさんやサファー様も何か言いたげな顔でこちらを見ていた気がしたけどそのまま進んで行った。



ネックレスの小花に手を当てながらその後ろ姿を見えなくなるまで見送った。


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