3.
王妃様とのお茶会から一月が過ぎた。
さすがにすぐに優秀な王太子殿下と肩を並べろというのも無理な話なので3か月の猶予をもらい休みなく勉強漬けの日々を過ごしている。
まだ見ぬ麗しの王太子殿下の顔を悔しさで歪めるのはどれ程気持ちいいだろうか。
今は二月後が楽しみで楽しみで仕方ない。
こんなに心動かされた事は初めてで正直自分でも戸惑う位だ。
特別に王宮書庫の入館を王妃様から許可してもらい、今はここで勉強に勤しんでいる。
優秀な家庭教師のサッシャーさんにみっちり扱かれながら。
もちろん王妃様直々にご指名された家庭教師だ。
非常に有難い状況だけど、なにもかもお茶会の前から用意されていたのだろうと推測出来るくらい環境が整っている。
サッシャーさんはシトリン子爵のご令嬢で、24歳には見えない貫禄の持ち主だ。
王族や貴族、優秀な者しか入学を許されない我が国最高峰のノースアーロノア王国学校では常にトップクラスの成績を納め卒業したという。
焦げ茶色の髪の毛は後ろで纏められ赤渕の眼鏡を掛けている。
彼女の真面目さが外見に滲み出ている。
とても厳しい彼女の授業だがとても分かりやすい。
他人に厳しく自分にも厳しいといった感じだからか素直に彼女の話を聞き入れる事が出来た。
今日の授業はアローニ大戦についてだった。
「今日は貴女のお父様が活躍なさったアローニ大戦についてです。今からおよそ10年ほど前に終結した残虐で無慈悲な戦争についてお話していきましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「アローニ大戦が始まったのは今から20年ほど前。さほど昔の話でもないのです」
サッシャーさんは持っている教本を元に自分の言葉で話始めた。
いつもに比べて熱量が凄い。
一時間ほど間髪入れず話し続けていた。
でもその話が実に分かりやすく私もメモをとりながら真剣に聞いた。
話の終盤になった頃だった。
サッシャーさんの顔が少し哀しげになり話が急に止まった。
いつも厳しい表情を崩さないから小さな表情の変化でもすぐに分かった。
「先生?」
首を傾げながら恐る恐る声を掛ける。
「あぁ、ごめんなさいね。
少し…昔の事を思い出してしまってね」
「昔の事…ですか」
「えぇ、こんな事を貴女に話すのは…
授業には関係のないことなので次に行きますよ」
教本を捲りながら話を逸らされてしまった。
こう秘密にされては好奇心がウズウズしてしまいどうしようもない。
「先生、そこまで仰ったのならお話してください。でなければこの後の授業が上の空になってしまいそうです」
サッシャーさんは、はぁ、と大きく溜息をつくと小さな声でしょうがないわね、と言った。
「今から10年前。私には4歳年上の婚約者が居ました。
私がサクラさん位の頃、親が勝手に決めた縁談だったけど…彼と過ごす時間はとても楽しかったわ。
彼は騎士学校を優秀な成績で卒業した直後即戦力としてアローニ大戦に旅立ちました。
でも死んだ。貴女のお父様が敵将の首を斬る2日前に。
なんであと2日…早く戦争は終わらなかったのか…行き場のない思いが今もまだ…タクミヤマガミの話をする度思い出してしまうのです」
サッシャーさんは今までに見たことがない怒りのような哀しみのような表情をしていた。
「こんな事…授業には関係ないでしょう?」
サッシャーさんはまた溜息をつきながら言った。
「いいえ、戦争は人を傷つけるだけの無意味なものだと言うことが分かります。
残された人はどうなるのか…。
あの…先生は…私のお父さんを恨みましたか?あと2日早く斬ればって」
暫く沈黙が続いた。
余計な事を聞いてしまっただろうか。
その間サッシャーさんから目を逸らさずに待った。
「えぇ、行き場のない怒りをタクミヤマガミに向けた事もあったわね。
だけど今は…
10年経った今は戦争を終わらせてくれた事に感謝しているわ」
「そうですか…」
それ以上なんと答えていいのか分からず思わず下を向いてしまった。
「貴女は王妃様に、レオン殿下の学友にと認められた優秀な人材です。この先とても重要な…我が国の政に携わる仕事に就くのかもしれません。だから…2度と人々が傷つくような争いはしない賢い選択をしていって欲しいのです」
改めて顔を上げサッシャーさんの方を見た。初めて彼女が微笑んでいた。
「はい、必ず」
午前中は机上でひたすらサッシャーさんと勉強していたけど、午後からは実技の勉強が殆どで、おもにダンスやテーブルマナー、剣や護身術、美術や音楽などを学ぶ。
実技は習う科目によって先生がかわるからだいたい日替わりで学んでいる。
お父さんの遺伝の影響か、身体を動かす事は好きだ。
特に護身術はすぐにマスターした。
お父さんの事をよく知っている騎士団長のグロヴァーさんが護身術と剣の稽古をつけてくれている。
茶色のボリュームのある顎髭が特徴的でとても大柄な人だ。
アローニ大戦後、お父さんからニンジャの技を習ったけどなかなか上手くならなかったと豪快に笑いながら話してくれた。
なんでも私のすばしっこさがお父さんと瓜二つらしい。
グロヴァーさんから聞いたお父さんの話をお母さんにしてあげると非常に喜んでくれる。
最近は母娘の会話も増えた気がする。
たかだか7歳の子供に騎士団長がマンツーマンで稽古してくれているのはやはり王妃様の力だ。
こんな貴重な体験はなかなか出来ないので私を見込んでくれた王妃様には今は感謝しかない。
実技は持ち前の運動神経で苦戦することなく進んだ。
でもあと二月…。
麗しのレオン殿下の対面まで気を抜けない日々が続きそうだ。