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2.

憂鬱な朝がやって来たというのにカーテンの隙間から差し込む陽の光はやけに輝いて見える。

昨日はお父さんの命日ということもあってお母さんは特別に仕事を休んでいたけど、今日は仕事の日だ。

元々平民だったお母さんだけど、アローニ大戦で準男爵位をもらったお父さんと共に城で働くことを許された。

地道に仕事を覚えていく一所懸命な姿勢と人柄でいつの間にか王妃様付きのメイドになっていたというのだから凄い。


近くの宿舎に住んでいる顔馴染みのメイドのアニーさんから聞いた話だけど。


肩まで伸びた髪の毛を軽く手で梳かしながら階段を降りる。

もうお母さんは仕事に出掛けたみたいでリビングは静まり返っていた。


ダイニングテーブルの上にパンと目玉焼きとベーコンが乗ったお皿が置かれていた。

いつもの朝ご飯だ。

お母さんの焼くパンはバターの香りがふわっと口の中に広がってとても美味しい。

パンを食べながら今日は何をしようか考える。

お母さんがお迎えに来るまでに支度を済ませて…本でも読んで過ごそうかしら。


普通の7歳児より文字を読んだり計算をしたりするのは長けている自身がある。

平民だと読み書きが出来ない事の方が当たり前らしく、この特技は城で働く人のちょっとした噂になっているらしい。

これもアニーさんから聞いた話だ。


熱心に読み書きを勉強出来たのはただ単に楽しかったからだったと思う。

だけど心の奥底で自分の持っている異質の黒にどうしても引け目を感じていた。

だからなのか知恵をつけたかった。

今は英雄の娘でも未来はどうなるか分からない。

とにかく何があってもいいように学べる物は学んでおきたい。

気にしないようにしていても結局自分自身がこの黒を受け入れられていないんだろう。


暇つぶしだったり少し気分が落ちた時には本を読むに限る。

物語の中に入ってしまえば黒い瞳の事も忘れて何者にもなれるから。


時間が過ぎるのを忘れて読書に没頭しているとキィッと音を立てて家のドアが開きハッとした。


「サクラ、迎えに来たわよ。間もなく王妃様とのお茶会の時間よ」


前髪が乱れたお母さんが部屋へ入って来た。

少し早足で帰って来たのかな、なんて考えている場合ではない。


「もうそんな時間!?」

本に集中し過ぎて気が付かなかった。

急いでドアの方に駆け寄る。

家を出る前にお母さんは櫛で髪の毛を梳かしてくれた。


「サクラの髪の毛はとても綺麗だから下ろしたまま行きましょうね」

そう言って家を出ると手を繋ぎ王妃様の待つ王宮へと歩き始めた。



同じ敷地内といっても王族がお住まいになっている王宮へは遠い。

私が急いで歩いても5分はかかる。

実際にはもっとかかっているかもしれない。

しかも敷地内は余程の事がない限り走ってはいけない。

どんなに急いでいても優雅に早歩きする。

ベテランメイドや執事達の熟練された“音を立てずに早歩きをする技”はまさに神業だと思う。


そんな事を考えているともう王宮に到着していた。

今日はお天気が良いからガーデンテラスでお茶会らしい。



私がそこに着いたときにはもう王妃様は相変わらずの笑顔で着席していた。

ヤバい、王妃様をお待たせしてしまったという焦りが顔に出てしまっていたのか、王妃様は微笑みながら言った。



「サクラに会うのが楽しみで早く来てしまっただけですわ。気にすることありません」


感情はさっぱり読み取れないけど大丈夫そうだ。



「王妃様、お待たせいたしました。本日はお招きくださりありがとうございます」


空のような水色のワンピースの裾をふわりと広げ一礼する。

王妃様にお会いするときはそうするようにとお母さんに教えてもらったのでいつも通り熟す。


その様子を見て王妃様は微笑みながら少し首を傾けて言った。

「サクラと同じ年頃の貴族の令嬢よりもお辞儀が素晴らしいわ」


何を考えているのかは分からないが嫌われてはいないんだろうなと感じる。


それにしても王妃様は今日も美しい。

淡い栗色の髪を後ろに纏めてリーフモチーフでパールの飾りが付いたバレッタは見事だ。

瞳の色に似たグリーンのドレスは金糸で刺繍された蔦模様がアクセントになっていて、袖口のレースに至るまで洗練されている。

全体的に華奢な印象でぱっちりの目に鼻筋は細く通り、ぷっくりとした唇が女神様が存在するならこんな感じなのだろうと思うくらい整っている。


唇の左下にある黒子もなんだか大人の色気を醸し出している。

こんなにも完璧な王妃様にお会いするときはやはりよく分からない緊張感に襲われてしまう。


とりあえず礼を済ませたのでその場で微笑んでみる。


すかさず王妃様が席へと手招きしてくれたので、メイドの方に椅子を引いて貰い着席する。

お母さんも一緒に席に着いた。

お母さんはメイドなのにたまに王妃様のお茶の話相手にと誘ってもらっているらしいので今は特別に驚く光景でもない。


ただ、メイドの方々はただの子供に気を遣わなくて良いのにといつも思うけど、お茶会に誘っていただいた時には王妃様のお客様扱いになるから仕方ないんだろうな、とか捻くれた事を考えていたら王妃様がお菓子を薦めてくれた。


「これは隣国のブルーニアから取り寄せたチョコレートというお菓子よ。見た目は黒くて苦そうだけれど実際は甘くて美味しいのよ。召し上がってみて」


王妃様直々に薦められたら断る訳にはいかない。

小さな四角形に切り分けられた黒い物体を1つ掴むと恐る恐る口へ運ぶ。



溶ける…?

これは…見た目からは想像のつかない…

甘い!!


「凄く…美味しい…です」


どうやら食べ物で感動すると美味しいしか言葉が出てこないらしい。

気の利いた言葉など思いつかない。


私のその様子を見て王妃様はそうでしょう、と言って満足そうに微笑んでいた。


王宮のメイドが淹れてくれるミルクティーもチョコレートと相性がばっちりで口の中が幸せで溢れていたときだった。


「今日、サクラにここに来てもらった理由をお話するわ」


お菓子や紅茶が美味しすぎて大切な話とやらを忘れていた。

お菓子を食べる手を止めて王妃様を見つめる。


「貴女とは何度かこうしてお茶をする事があったけれど…やはり貴女は賢いと思うわ」


ん?

王妃様なんの話してるの?

多分今は凄く情けない顔をしている気がする。

構わず王妃様は続けた。


「私の息子のレオンもね、とても優秀なのよ。優秀で器用で…それ故にやることなすこと完璧に出来てしまうの」


珍しく王妃様は溜息をついていた。

もしかしたら微笑みを崩した姿をみるのは初めてかもしれない。


「レオン殿下が優秀な事はとても有名なので知っております。素晴らしい事かと…」


まだ話の真意が掴めないから慎重にいかなくては。


「素晴らしい事だけじゃないわ。なんでも簡単に出来てしまうのだから自分本位で…感情がなくなってしまうのではないかと心配になってしまうのよ」


ここは黙って聞いていた方がよさそうだ。


「将来は一国の王として国を統治するときにそれでは独裁的な王になりかねないわ。だからこそ子供の内に誰かと共に張り合いを持ち学びながら成長すればきっと人間味溢れる、人々に慕われる…そんな王になれると思うのよねぇ」


王妃様右手を頬に添えながら遠い目をしている。

で…結局何が言いたいのだろう。


「では…優秀な貴族のご子息を傍に置かれては?」


「そうよね、優秀な子息達を置いてみたわ。でも何も波風が立たなかった。レオンのレベルについて行けなくてね、意味がなかったわ」


ここは曖昧に頷いておこう。


「そこで、今度はサクラをレオンの近くに置いてみようと思うの」


ん?

どういう事だろう?

近くに置くとは?

私ただのメイドの娘なんですけど…。



当の王妃様はというと今まで見たことがないくらいの満面の笑顔でこちらを見ていた。


「王妃様、それはどういう意味でしょうか…?」

恐る恐る聞く。


「これからサクラにはレオンと同じ教育を受けてもらいます」


「レオン殿下と同じ教育を…」

独り言のように呟く。


「サクラが隣で同じ授業をしていたらきっとあの子も必死になるはずよ。サクラならレオンの良いライバルになれると思うの。しかも貴女はこの国を救った英雄の娘よ。キチンとした教育を受けるべきです。」

悪戯な笑顔を浮かべる王妃様でさえもやはり美しい。


「私をレオン殿下のライバルにして張り合いを持たせると…?」


「さすが、話が早いわ。サクラなら貴族のしがらみもないしね。

貴女には常にレオンと同じレベル、もしくは頭1つ抜けるくらいの知識と教養、技術を養ってもらいます。それが教育を受けさせる条件です。貴女には出来ると思うからこの話をしているのよ」


確かに勉強は嫌いじゃない。

むしろ新しい事を学ぶのは好きだ。

でも王族と同じ教育となると今までと次元が違う。


「王妃様、私の事を買い被り過ぎですよ」


正直レベルの高い教育にとても興味がある。

でも…。


「ふふ、普通の7歳児の令嬢は買い被るなんて言葉は使わないわ。私、人を見る目はあるのよ。良くも悪くも沢山人に会ってきたもの。サクラのように賢い人は好きよ。大人子供関係なくね」


その表情は心からの微笑みに見えた。


「もしこの話を受けてくれるのならばレオンのお尻を叩く…ゴホンッッ…失礼。そうだわ!!罵ることを不敬罪に問わない権利をサクラに与えるわ。でも行き過ぎはダメよ。

時には罵って、自尊心を傷つけ自分の感情に触れることでレオンの国王としての器を育てたいのよ」


完璧で美しい王妃様の口からお尻を叩くと発言された気がしたけどそれは多分聞き間違えだろう。

というか…罵る権利を与えるだと…?


面白そう…


何だかわくわくしてきた。

今まで感じた事のないこの心臓の鼓動が早くなる感覚はなんだろう。


「私…教育を受けたいです。

どこまでお役に立てるかは分かりませんが…レオン殿下の学友として立派なライバルになってみせます」


完璧王太子のレオン殿下を罵る許可を王妃様から直々に賜ったのだから恐いものは何もない。

なんて楽しそうなんだろう。


今までの人生にこれと言って刺激がなかった。

私は今、人生で1番良い笑顔をしているかもしれない。


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