16.
「いやぁ、良かったぞ良かったぞ。
2人とも特訓の成果がよく出ていた。
お疲れ様」
「わ……私が…ま…負けた…?」
「お二人ともお疲れ様でした」
「サクラ、勝って腰を抜かしちまったか?あぁ!そうか、ガンリキが発動したみたいだな。よくやった!!」
グロヴァーさんのテンションが異常に高い。
私はまだ立ち上がれないと言うのに。
「殿下も今回は負けてしまいましたが、良い学友が出来たじゃぁないですか!
良かった良かった」
「全く良くない!」
ちょっと、私抜きで話を進めないで。
喋れないから仕方ないけど…。
「さぁ、サクラ」
立ち上がれない私にサファー様が手を差し出してくれた。
なんとか手を掴むけど立ち上がれない。
サファー様は心配そうにゴールドの眉尻を下げると失礼、と言って抱き上げてくれた。
「サ…ファー様…あり…が…と…ござ…ます…」
「良いんですよ。私が暫く支えていますからね」
あぁ。凄く笑顔が眩しい。
王族って顔が見事に整っていることが条件なの?
美し過ぎる…。
でも今は残念ながらその顔を堪能するまでの余裕がない…。
「ルカ、あいつを運んでやってくれ」
「畏まりました」
驚く事にレオン殿下が侍従のルカさんに頼んで私を運ぶように指示した。
無言のままビックリしているとレオン殿下がこちらをキッと睨みつけながら言った。
「お前の為ではない。無様な姿をいつまでもここで晒されると私が不愉快なだけだ」
どうしてもまだ上手く喋れないから言い返せないのが悔しいけど、なんとか口角を上げる事に成功した。
言ってやりたい。
負け犬めって…
今は無理だけど。
むしろこの体勢、私の方が負け犬っぽい…。
サファー様に代わりルカさんが私の事を抱き上げると、その様子を見てレオン殿下がさらに指示を出した。
「ルカ、母上の指定している例の場所まで運んでくれ」
「お任せを」
例の場所?
何処だろう…。
そのままルカさんは歩き始めた。
演習場を出ると私の家の方角ではなく王宮の方に歩いている気がした。
王宮?
晩餐は夜でしょう?
私、家で少し休みたいんですけど!!
黙々とルカさんは歩いている。
こうして見るとルカさんも綺麗な顔してるよな…。
いつもは前髪で片方の目が隠れてしまっているから勿体ない。
しかも長身で細いイメージだったけど、結構ガッシリしてて男の人って感じ…。
ジッと見ている私の視線に気が付いたのかルカさんはどうしました?と訊いてきた。
丁度呼吸も整って今なら喋れそうだ。
「グレイス様は…」
「サクラさんはレオン殿下のご学友ですので私の事はルカとお呼びください」
「あっでは…ルカさんっておモテになります?」
あ、質問間違えた。
ルカさんキョトンとしてるし。
「サクラさんからそのような質問が来るとは意外でした」
ルカさんの微笑み初めて見た。
普段無表情の人が微笑むとなんだかドキリとする。
「私は……そのような事はありませんね」
その間の感じ、きっとモテて来たんだろうなぁ。
「ルカさんに微笑まれた令嬢はきっと一瞬で恋に落ちてしまいます」
「そんな事、ありませんよ。私は生涯レオン殿下に仕える身ですので、恋に現を抜かしている場合ではないですからね」
だからその微笑みは反則だ。
「結婚なさらないのですか?」
「レオン殿下のご命令とあれば致しますがそうでなければしませんね」
「そうですか…」
凄い忠誠心だなぁ。
「そうそう、サクラさん。先程の決闘は見事でした」
「ありがとうございます。勝ったもののこんな調子じゃ恥ずかしい限りですが」
「いいえ、きっとアンバー様とヘーゼル様はお喜びになられるかと」
「母にまで敬称をつけなくても…」
「ヘーゼル様はレオン殿下の第2の母ですからね。呼び捨てには出来ません」
「第2の母?」
「ヘーゼル様はレオン殿下の乳母をされていたので…」
「えっ?」
うば…
UBA…
乳母ーーー!?
「おや?もしかしてご存知なかった?」
「今…初めて…知りました」
「ヘーゼル様も相変わらずなお方ですね…」
母よ。
どうでもいいお父さんの思い出話よりもっと重要な事があったではないか…。
いつもいつも!!
肝心な事を教えてくれない。
でも王妃様がお茶会に誘ってくれる理由が今分かった気がする。
どちらにせよ、王妃様はお母さんの事を信用してくださっているって事ね。
「着きましたよ」
考え事をしていたらいつの間にか王宮の中に入っていたようで、白いドアの前にいた。
「こちらは王宮の客間です。アンバー様が、試験の後は疲れているだろうからと晩餐までここで過ごすようにと用意してくださいました」
そう言って中に入ると煌びやかに装飾されたソファーやテーブル、恐らく高価な絵画や彫刻品が置かれた、いかにも高貴な人が使うであろう部屋に通された。
「こんな…豪華な客間で…逆に恐縮してしまいます」
「そう言わずにゆっくりとお過ごしください」
ルカさんはそう言って私をソファーの上に座るようにして降ろしてくれた。
「午後のお茶の後、サクラさんのお支度をする侍女が来ます。その後晩餐の準備が整い次第、またお迎えにあがります」
「た、確かにこの格好じゃ晩餐には参加出来ませんが…侍女の方が私のお支度ですか…?」
「はい、アンバー様のご命令ですので」
「あっ、はい」
王妃様の命令じゃ頷くしかない。
「何かございましたらドアの近くに置いてあるベルを鳴らしてください。
ではごゆっくりお過ごしください」
そう言ってルカさんは私を置いて部屋を出て行ってしまった。
こんな豪華な部屋じゃ落ち着かない。
「自分の部屋のベッドに横になりたかったな…」
「サクラ様、サクラ様」
「んっ?」
目を開けると見知らぬ女性が立っていた。
どうやら私はあのままソファーで眠りについていたらしい。
結局自分の部屋じゃなくても寝れる図太さがあるようだ。
「気持ち良さそうに眠っておいででしたのでお茶のご用意もせずすみません」
「いいえ、お気になさらず」
「本日サクラ様のお支度を仰せつかっておりますマリーです。もう晩餐のお時間が迫っておりますので、お支度整えさせていただきます」
そう言ってマリーさんは無駄の動きなく私の服を脱がせると、用意してくれていたのであろうドレスに着替えさせてくれた。
こんなに丈の長いドレスなんて着るのは初めてだ。
ドレスは薄い桃色で、Aラインのすっきりとした軽いものだった。
マリーさんは仕上げに首に黒いリボンを
巻いてくれた。
「アンバー様がサクラ様の為に用意してくださったドレスです」
髪を梳かしながら教えてくれた。
「王妃様が…」
「はい。では最後にこのバレッタをつけて完成です」
そう言って見せてくれたのは光沢感のある桃色の布で丁寧に作られた五枚の花弁のお花のバレッタだった。
「可愛い…」
「このバレッタはアンバー様がサクラ様にとご自身の手で作られたものなんですよ」
「えっ!?私の為に?」
「はい。サクラ様の御髪の色に合うようにと生地選びからこだわっていたと聞きました」
「そう…ですか…」
驚きでそれしか言葉が出ない。
王妃様が私のために?
嬉しい。
「ふふっ。では早速おつけしましょうね」
マリーさんは優しく微笑むとバレッタをつけてくれた。
コンコン
丁度その時、ノックする音が聞こえてきた。
マリーさんがドアを開けるとなんとそこにはレオン殿下とルカさんが立っていた。
私が衝撃で目を丸くしているといつもの調子でレオン殿下が口を開いた。
「迎えに来た。私は来たくなかったが、母上の命令で仕方なくだ。さっさとしろ」
「まぁ!なんて心優しい学友でしょう」
うん、殿下のお陰でいつもの調子になれました。
立ち上がりレオン殿下の方へ歩いて行くと手を差し出された。
思わずレオン殿下の顔を見るといつものふて腐った顔で言った。
「大変不本意だがエスコートしてやる。そもそもこの私にエスコートされるんだから光栄に思え」
「ふふふ、はいはい。レオン殿下。私はとても幸せ者ですね」
「笑うんじゃない」
そう言って私の手を引き歩き出した。